怪我人は怪我人らしく大人しくしているのが常識らしい
白赤城の一室、椿は雪華の応急手当を受けていた。
「どうだ雪華」
「止血は済みましたが傷が深いです。命に問題は無いですが様子を見て蛇杖院へ行った方が良いかと」
手当てをしている雪華の目から涙が零れていた。
「(泣いているのか…まぁ目の前で大切な人が大怪我を負ったのだから無理は無いか)」
「行くならとりあえず今日は此処に泊まって明日にしなさい。この状態で狙われたら次は無いわ」
「ああぁ。そうさせて貰うよ」
「雪華、夕食の準備お願いするわ」
「畏まりました」
「雪華、椿は強い奴だ。心配しなくても直に元気になるさ」
「ありがとうございます」
雪華は涙を拭うと笑顔でお礼を言った。
「それにしても桜、お前は泣きすぎだ」
桜は椿の手を力一杯握り締め泣いていた。
「だって、椿ちゃんが! 椿ちゃんがぁ!」
「別に死ぬ訳でもないんだからその男にそんなにくっ付くな」
「あら、桜を取られてヤキモチかしら」
「煩いぞライア」
「お邪魔の様だから、部屋に戻るわね。行くわよウィグ、ワルキューレ」
茜はキッとライアを睨む。ライアは見透かした様に「ふふ」っと軽く笑いながら二人を連れて部屋を出て行った。
「ウィグ様、大丈夫ですよ。椿さんは直に元気になりますって」
「うん! また遊んで貰うんだ」
部屋には茜と桜が残った。
「全く、桜にこんな事までさせるなんて、早く目を覚まさんか馬鹿が」
茜は椿に拳骨を御見舞する。
「あ、茜様! 怪我人ですよ!」
「怪我人だろうが関係無い。桜を泣かす馬鹿にはこれじゃ全然足りん」
するともう一発拳骨が下される。
「茜、俺Mじゃ無いので勘弁してくれませんか。痛いです」
「煩い、知るか!」
三発目を喰らわせようやく気が付いた。
「目が覚めたのか。だったら最初からそう言え」
「理不尽極まりないです」
「椿ちゃん! 大丈夫ですか!」
「致命傷です。主に頭部が」
涙目で頭痛を訴えると桜が氷を貰いに行きそれを頭に乗せると体を起こした。
「あいつと何を話していた」
「魔軸を壊した犯人についてです。彼女はあの方達と言いましたので、主犯格はおそらく彼女を含め少人数だと思います………」
「思わぬ収穫だな。やっと一歩前進と言ったところか」
「(『妖怪と人間の絆は儚く脆い』俺の事を言っているのでしょうか)」
茜の言葉が聞こえなかったのか黙って俯いている椿に桜が声を掛けた。
「椿ちゃんどうしたんですか? 難しい顔してますけど」
「いや、何でもないですよ。ところでこの後どうするんですか」
「今日は此処で一泊させて貰う事になった。とりあえず明日までゆっくりするといい」
「じゃぁお言葉に甘えさせて貰います」
ベッドから起き上がると確り歩けるか確認する。
「どこへ行くんだ?」
そのまま部屋を出ようとすると引き止められた。
「シャワーでも借りに」
「馬鹿か止めろ。傷口が開く」
「何と言おうと俺は行きます」
思ったよりも体が動く為急いで部屋を出ようとする。
「桜!」
「はい!」
茜の掛け声に桜は椿の服の裾を力一杯に引っ張る。
「桜、放して下さい! 俺はサッパリスッキリしに行くんです!」
「椿ちゃん意味が分かりません~~!!」
綱引き状態で負けじと前進するが騒ぎ声に気付いたのか扉が開く。
「椿起きたんだ!」
椿の目覚めに喜んだウィグが盛大に突進ハグをしてきた。
これにより後ろへと飛ばされたが桜は危険を察知して既に手を放していた為難を逃れた。
「痛い! 痛いです! 締めないで下さい! 折れます折れます!」
「あ、ごめんなさい」
古龍の力は人間には強力すぎる。ライアにとっては嬉しさの表現だったのが人間にとっては粉砕骨折最悪死という位なのだから。
「あ、そうです。ウィグ、ちょっと耳を貸して下さい」
部屋からの脱出方法を閃きそっとウィグに何かを話す。
椿とウィグは桜の側まで歩み寄る。
「すみません桜」
笑顔で謝る椿のこの言葉が合図となり、ウィグは桜を茜に向けて投げ飛ばした。
悲鳴と共に宙を舞う桜を見事にキャッチした茜は二人に怒りを露にするが既に逃げた後だった。
「少しお灸を据えてやらねばな。フフフフフ」
目をグルグルさせのびている桜を抱えながら不気味に笑う茜の姿が残された。
その頃最初の難関を突破した二人は第二関門に突入しようとしていた。
「その傷でシャワーは無理だと思うよ」
「それはやってみなくては分かりませんよ。何事も無理と決め付けるのは良く無いですよ」
ウィグのタオルを借り風呂場を目指す。
「椿さん。もう起きて大丈夫なんですか?」
第二関門誰かとの接触が開始された。
「え、ええまぁこの通り動けます」
「それより…そのタオル。どちらに行かれるのですか?」
何か疑心を抱いたのか目を細めて詰め寄ってくる。
「顔を洗いにです」
「ウィグ様、そのアヒルの玩具は?」
今度はウィグの頭の上に乗っているアヒルに目を付けた。
「これ? お風呂に浮かべるの」
「ウィグ! それはバレるから止めて下さいって言いましたよね!? あ…」
「…椿さん」
「な、何でしょうか」
物凄い笑顔のワルキューレが妙に恐ろしい。
「ライア様と雪華様にご命令を受けておりまして」
「そ、その内容はなんですか?」
「椿様の徘徊を発見したらベッドに戻すようにと」
「だからって何で剣を構えてるんですか!?」
「ライア様より浅い傷程度なら許可を頂いてます。安心して下さい峰打ちにしますから」
刀を二人に向け構えを取った。
「いやいやいや! それ両刃ですよね! 峰なんて無いですよね! ウィグも止めて下さいあの西洋剣士!」
「む、無理! だってあの笑顔見てよ! 目だけが完全に笑って無いよ。完全にお風呂行こうとしてるのに怒ってるよ」
「アヒルなんて持って来るからですよ」
「だってこれ浮かべるの好きなんだもん」
口論をしているとワルキューレが割ってきた。
「辞世の句は残しますか?」
「「…え?」」
この後二人の悲鳴が城全体に響き渡ったと言う。
こうしてあっけなくお風呂へ行こう作戦が終幕した。
「えっと…何が起きたんですか?」
「徘徊者と共犯者の討伐? ですかね」
「何をしたのかは聞かないけども、完全にのびてるわね」
呆然とのびている二人を見つめる桜とライア。そして苦笑いするハンター。
「まぁいいわ。傷口に響くからこのまま寝かせておいて」
ワルキューレは椿をベットに移し、ライアはウィグを引き摺って連れて行った。
夕食時、桜に起こされ食事処へ移動する。
鱈腹食べると、皆にはデザートが来ているのに椿の所には茜が異色と異臭を放つ飲み物を差し出した。
「何ですかこれ。劇薬ですか? 死の宣告ですか?」
「私特製のドリンクだ。今日医者に行けない分これを飲んで体力戻せ」
「俺にも選択権と言うものが―」
「黙って飲め」
茜は無理矢理特製ドリンクを飲ませる。
「あれ? 以外に美味しいですね」
以外や以外。見た目と匂いに反して味はサッパリとしていた。
「長時間倒れられている時間は無いんだ。一種の漢方薬として作ってやったんだ感謝しろ」
「危く最期の晩餐だと思いましたよ」
「この件が片付いたら考えてやる」
「遠慮しておきます」
和気藹々とした夕食も終わり、椿は屋上で煙草を吸っていた。
「椿ちゃん此処に居たんですね」
「あれ程側を離れるなと言った筈だぞ」
腕を組みながら「全く」と言わんばかりの呆れた表情で椿の隣に立つ。
「部屋で吸うと雪華に怒られるんです」
「お前が怒られようが知った事では無いが、考え事か」
「まぁそんな所です」
「何を考えていたんですか?」
「今日一日波乱万丈でしたねと」
「色々あったからな」
「今日初めて茜と会って腕試しされて、怒鳴られてばっかりで、殺されそうになるわで身が持つのでしょうかねぇ」
「茜様は椿ちゃんに冷たいです。もう少し優しくして下さい」
「ど、努力する」
「桜、あれは茜の性格なんだと思いますよ。それに今更優しくされたら気持ち悪くて困ります」
「何だと! 折角ライアからお前の話を聞いて見直したと言うのに全く」
「それで良いんですよ。今日一緒に居て何となく分かってましたから。桜はあんな曲がった性格になってはダメですよ」
本人を目の前に返答に困る桜。それ以前に椿に向けて拳を振り上げる茜を目の前にされては何も言えない。
「椿、これだけは覚えておけ」
頭を摩りながら茜の言葉を聞いた。
「私はお前に期待はしているが信用した訳ではない。それはお前が人間で私は妖獣だからだ。その溝だけは決して消えない」
「俺みたいな人間は信用しない方がいいですよ。寿命が短い分何考えるか分かりませんから。ですが期待にだけは答えられるように善処しますよ」
「椿ちゃん…」
茜の言葉に椿は否定も肯定もしなかった。ただ人間としての価値観や有り方を述べただけだった。
「そんな寂しい顔しないで下さい。俺は俺、やりたいようにやりますよ。今まで通り楽しくいられる様に」
「うん!」
種族は違えど利害一致と言う言葉もある。茜達は事件を解決したい。椿はまたいつも通りに楽しく過ごしたい。根本的なものは何も変わらない笑顔に桜も嬉しそうだった。
「それじゃぁ早めに戻れよ。桜、行くぞ」
二人は一足先に部屋へと戻って行った。