協力者は大切だよね
三人は時間が掛かるがとりあえず歩いて行ける白赤城へと向った。
「ライアとウィグに会うのも久しぶりですね」
久し振りに会う友達と遊ぶ様な気持ちで椿は歩いていた。
「知り合いなのか?」
「まぁ、色んな所でアルバイトみたいな事してましたから」
「お前、人間が妖怪と仲良くなれると思っているのか? それとも何か企んでいるのか只の馬鹿か」
「言い争うのも面倒なのでそう思ってくれても構いませんけど…」
「なんだ? はっきりしないな」
「いや、何でもないですよ」
茜の引っ掛かる言葉に反論するのも面倒になった椿は何かを言おうとしたが言っても無駄だと分かったので言葉を濁した。
「でも椿ちゃん、ハク様と仲が良いですよね」
「ん? まぁ色々お世話になりましたから。それより桜のその耳は犬ですか」
「私は狛犬です。因みに種は狼です」
「狐にとって犬は天敵ですから、大きくなったら茜より強くなれますよ」
「本当!?」
「おい椿、私を馬鹿にしているのか」
茜が殺気交じりの目で睨んでくるが、椿の言葉に桜が目を輝かせて茜に問う。
「茜様! 私も強くなれますか?」
「ああぁ、なれるよ。たから頑張って修行するんだぞ」
「(つい今し方まで凄い睨まれてましたが、桜の問いかけに満面の笑みで答えてますよ。やっぱり俺茜と相性悪いのかもしれませんね)」
椿は溜息を吐きながら二人の後ろを付いていった。
数時間ほど歩き白赤城へ到着すると、メイド服の小さな女の子が出迎えてくれた。
「椿様、お久しぶりです」
「雪華も元気そうで」
軽い挨拶をすると桜も雪華と友達の様に挨拶を交わす。
「雪華、早速で悪いがライアと会わせてくれ」
「誰も通すなと言われていますが、椿様がご一緒ですのでお通し致します」
雪華に案内され客間に通された。
「単刀直入に聞く。雪華が誰も通すなと言っていたが何を警戒している」
「疑っているのでしょう。魔軸の破壊に関係していないか。だから変に出歩いて容疑をかけらない様に篭っているのよ」
「なら何か証拠はあるか」
「…無いわね」
「証拠になるか分かりませんけど、私が証拠です!」
古龍の血族であるアーサー姉妹も強者の部類に入る。よって茜達が探る容疑者の候補でもあった。疑いを最小限に抑えようと外出を控えていた。しかし証拠が無いライアは何も提示出来なかった。緊迫した空気が流れるがそれを打ち破る様に話を聞いていた雪華が声を上げた。
「わ、私は椿様に命を助けられた身です。その椿様が私を一人前に育ててくれると信用してアーサー家をご紹介して下さいました。厳しくも優しく、辛くても楽しく、それをお嬢様と椿様に教えて頂きました。お嬢様は椿様を裏切る事なんてしません!」
まだ子供の雪華が涙目で茜にそう訴えた。物的証拠は無いが想いの証拠を叩き付けた。
「将来が楽しみな子になりましたね」
「そうね。あんな真っ直ぐな思いを伝えられる人はそう居ないわよ」
椿とライアは感心するかのように雪華を見ていた。
「茜、ここは疑いを掛けた貴方が謝るべきですよ」
「だが椿―」
「逆の立場になってみて下さい。桜が同じ事をしても突き進めますか」
「うっ…すまなかった」
「いいわよ。疑いが晴れただけでも良かったから」
「それにライアが嘘を吐くのはウィグのおやつも食べて雪華のせいにするくらいですし」
「ちょっと椿! 今はそれ関係ないでしょ!」
「じゃぁ雪華を連れて散歩でもしてきますね。続きは茜に任せます」
「逃げたわね。全く」
椿は危険を感じて雪華と一緒に部屋を出て行った。
「桜、人間で言うと桜も年が近い。一緒に付いて行ってやってくれ」
「分かりました」
桜も席を立つと「椿ちゃん私も行きますー!」と後を追いかけて行った。
ライアと二入きりとなった茜はとある疑問を投げかけた。
「お前みたいな高貴な血族の龍がなぜ椿の様な人間と仲良くやっているんだ?」
「私達がここに来たのは七年位前なのだけど、来る切っ掛けとなったのはその数ヶ月位前だったわ」
ライアは龍族であった為に過酷な現実であった過去の事を話した。
龍の血肉は人間には神に成れるだの最強の力を手に入れられるだのとの言い伝えがあり龍狩りに遭っていた話。各地を転々としてもその事実は変わらず繰り返された事。下層界でも同じ目に遭った事。だけど下層界では違った。助けてくれた者が居た。
「和服で白髪の男だったわ。狂気に満ちた人間達を彼は一人残らず斬った」
「白髪? 確か風の噂でサタンを封印したと聞いた事があるな」
「その人かどうかは分からないけど、その男は何処か寂しい目をしていたわ。そして私達に『己が欲の為に狂気に落ちた人間の最期は必ず無残な死を迎える』と言った」
ライアは懐かしむ様にその男との会話を茜に話した。
「貴方も人間なのでしょ。私達を殺さないの?」
「興味無いです。それに龍を殺して力や名声を得るよりも、貴方達の様に苦しくても抗い立ち向かう力の方が好きですので」
「助けてくれた事は感謝するわ…」
「もう此処には居られないですよね。なら中層界に行くといいですよ。そこなら今より平和に暮らせますし、貴方達の様な兵の妖怪が居ますので仲良く出来ますよ」
「どうしてそこまでしてくれるのかしら? 私が逆に襲うと考えないのかしら」
「それを望んで無いから今までそうやって安息の地を求めてきたんですよね。それに貴方の眼はまだ先の光を見据えている。それは諦めてないんじゃないですか」
「貴方もとんだお人よしね。その提案受けてあげるわ」
「きっと今度は本当の笑顔で生活出来る事を。それじゃぁ閻魔様に目を付けられるので逃げますね」
男はそのまま何処かへと行ってしまった。その後中層界へ行き椿との出会いも話してくれた。
「何故か彼の言葉は信用出来た。信用出来たからこそ今はこうしていられるのよ。椿もそう。私達を龍としてではなく、一人の人として接してくれた。だから私は椿の事も信用しているし困っている事があれば手を貸してあげるわ」
「椿に悪い事を言ってしまったな」
「貴方の事だからどうせ妖怪と人間が仲良く出来ると思うなみたいな事でも言ったのでしょうけど」
「正にその通りだ。椿は私達妖獣、妖怪を一人の人として見ていただけなんだと思ってな」
「力ある妖怪は人間達に必ず恐怖を与えるものね。だけど今は椿の御蔭で警戒されずに人里を歩く事が出来るわ。まぁその前から弱い妖怪とかは人里に住んでいる者もいるから、争いを持ち込まない条件さえしっかりしてくれれば何の問題も無いって事だったわよ」
「あいつはあいつなりに考えていたって事だな。さっきの事は悪かったな。本題に入ってもいいか」
「協力しろって言うんでしょ。椿もこの件に絡んで手を必要としているのなら此方としては喜んで協力させて貰うわ」
この言葉に茜は僅かに笑って見せた。
「どうしてそこで笑うのかしら」
「いや、高貴な血族の龍が椿という人間に手を貸すと言う言葉に可笑しくなっただけだ」
「貴方は知らないようだけど、椿の人望を甘く見ない方が良いわよ」
「ああぁ、期待させて貰うよ」
その頃、椿、雪華、桜の三人は城内探検真っ最中。
「茜のガン飛ばしは容赦ない目付きでしたね。怖かったですよね全く。でも茜も悪気があったのでは無いので許して下さいね。あれでも多分子供には優しい筈ですので」
桜には常に優しく接しているので子供は好きなのだろう。
椿は雪華の頭を撫で優しく慰めていた。
「うん。大丈夫」
雪華は椿と手を繋いで隣を歩き出した。
「う~」
一連の光景を見ていた桜は唸り声を上げた。
「どうしたんですか桜」
「い、いや、私も椿ちゃんと…て、手を繋ぎたいなって」
「どうぞ」
椿は優しく微笑むと空いている手を桜に差し出した。桜は無邪気な笑顔で手を取った。
子供としての本能なのか、雪華の一連もあったのか、椿は優しいお兄ちゃん的存在になっていた。
「ところでお兄ちゃんどこに行くのですか」
「今の内にあまり入れない部屋に行ってみますか」
椿の提案で入った事の無い部屋へと足を進める。
「雪華ちゃん、さっきは椿ちゃんの事様で呼んでたけど」
「こうしている時はいつもお兄ちゃんと呼んでいるんです。ライア様やウィグ様の前、お客様とご一緒のときは様と呼ぶ様にしています」
「体裁もありますし、こーゆー時は羽を伸ばしてるんですよ」
「桜ちゃんこそ椿ちゃんって呼んでいるではないですか」
「好きなように呼んで良いって言われたから」
「お兄ちゃん、ロリコンですか?」
「俺まだ犯罪者になりたくないです」
そうこうしている間に目的の部屋に着いた。
雪華が先陣を切り扉を開ける。それはシンプルな部屋だった。
「誰の部屋ですか」
「ライア様のお部屋です」
「それってまずくない?」
「濡れ衣の恨みです」
そう言うと雪華の鋭く光った眼はタンスに向いていた。椿と桜は各々興味有る所を見て回る。
「これ、懐かしいですね」
「椿ちゃん若いです。隣の女の子は雪華ちゃんですか」
「雪華がここに来た頃の写真ですよ」
椿は机の上に置いてある写真を見ていた。笑顔で写っているライアとウィグ。その間に椿と雪華が居た。
「(この時には笑顔を取り戻したんですね)」
さっきまでのガサゴソと景気の良い音が鳴り止むと雪華が清清しい顔で「ここにはもう用がありませんので外に行きましょう」と二人を連れ出した。
「雪華ちゃん何してたの」
「服に少し悪戯を」
フフフと不敵に笑う雪華を見て桜は追求するのを止めた。
外の広場にあるテーブル付きの椅子に腰掛ける。
「雪華、ちょっとキッチン借りますので二人で遊んでいて下さい」
二人は「はーい」と返事をすると椿は再び中へ戻って行った。
暫くするとトレイでお菓子を持ってきた椿はそれをテーブルに置いて二人を呼ぶ。
「ケーキ作りましたので食べませんか」
流石女の子とだけあって素早い行動でこっちに走ってきた。
「はいお兄ちゃん、あーん」
雪華はケーキを椿の口元まで運び食べさせた。椿もお返しに同じ事をする。
「つ、椿ちゃん。はい、あ、あーん」
何を張り合いたいのか桜も雪華の真似をしてしまった。
「ありがとうございます。じゃぁこちらも」
桜の対応に答え、椿も同じように返す。
「あら、私達の分は無いのかしら」
「椿貴様、何羨…何をやっているんだ」
話が終わったのかライアと茜も広場に姿を出すと、椿達の行動を見たのか羨ましいと言おうとしたが言葉を呑み緊張感の無い椿を叱った。
「見ての通りケーキを食べてるんですけど文句言いたそうでしたのでいらないなら茜の分は持ってきませんよ」
「!? た、食べるに決まってるだろ」
一瞬「え!」と困った様な表情を見せたが、逆切れされた。
椿は二人の分も取りに行くと五人でテーブルを囲んだ。
「ん! 美味しい。どこで売っているんだ?」
一口分口に含むと余の美味しさに味わいながら飲み込む。
「買うなら人里のハマグリって所よ」
「不定期販売売り切れ御免のスイーツか。よく手に入れたな」
「あれ椿ちゃんが作ってたんですか?」
「いや、俺はレシピ提供者です」
「はぁ!? 椿何で黙ってたんだ!」
正面に座っていた椿に当然の様に怒鳴る。
「今日が初対面で何言ってるんですか。てか何でまた怒られるんですか」
「茜様、出る度に買いに行くんですけど毎回買えないんです。その時の落ち込み様ときたら声も掛けられませんでした」
「茜さんも女の子なんですね」
「私だって甘味は好物だ。それと雪華、さっきはすまなかったな」
「気にしていませんので大丈夫ですよ」
先に食べ終わっていた椿は煙草を吸いに席を立つと、城の外へ足を運んだ。
「随分嫌われてましたけど茜の少し違う一面も見れましたね」
煙管に火を点け思い出し笑いをしていると、殺気が漂って来る。
「椿、久しぶりね」
辺りを見回すと正面にフードを被った少女が現れた。
「誰ですか」
煙管をしまいその少女と対峙する。
「そんな事はどうでもいいわ。死ね!」
少女は誰も出てこれ無いように白赤城全体に結界を張ると、大鎌を構えて向ってきた。
「速い!」
斬撃をギリギリでかわし、背中にあった壁が斬り崩れた。
「前より弱くなったのかしら」
体勢を立て直した椿だったが一瞬で背後を取られる。
「(間に合わない! なら相打ちです)」
体を反転させながら後方に跳ねると同時に居合い切りを放つ。
「くっ…」
「うっ」
椿の居合い切りも少女の腹部を掠めた。しかしリーチが長い分椿は左肩付近から右脇腹付近まで切り傷を負っていた。
「流石の反射神経と攻撃速度、人間がこの速さに追い付くなんて大したものね」
「はぁはぁ…褒め言葉として受け取っておきますよ」
傷が響いているのか息が上がっていた。
皆が奥の方からこちらに走ってくる姿が見える。
「椿! 大丈夫か!」
「椿ちゃん!」
「ライア様どうにか出来ませんか!?」
「強力すぎて破れないわ」
ライアと茜が結界の破壊を試みているが一向に壊れない。
「その結界はちょっとやそっとじゃ壊れないわよ」
「魔軸の破壊は貴方が主犯ですか?」
「違うわ。私は貴方に復讐したくてあの方達に付いているだけよ。話は御仕舞い。死合いを始めましょう」
椿と少女の激しい撃ち合いが始まった。
閉じ込められた四人は椿が勝つ事を祈るしかなかった。
大鎌の斬撃が体を掠めるが負けじと斬り掛かる。そんな攻防戦が続くと一本の剣が少女目掛けて飛んできた。
「ちっ、帰って来たようね」
剣を避けるとその方向を見た少女は舌打ちをした。
「人の屋敷の前で戦闘とはいい度胸してますね」
「椿! 大丈夫!」
ウィグが慌てて駆け寄ると椿に肩を貸す。
「大丈夫ですけど、どこに行ってたんですか」
「見回りついでに買い物ですよ。しかし椿さんともあろうお方が酷い有様ですね」
「ほっといて下さい」
ワルキューレは地面に刺さった剣を抜くと少女に構えた。
「一応三対一ですよ。それでもやりますか」
「私が本気を出せば三人まとめて殺してあげてもいいけど、時間切れの様ね。今後もゲームを楽しんで頂戴」
少女は確実にこの後何が起こるか知っている口振りをした。
「一つヒントをあげるわ。妖怪と人間の絆は儚く脆い」
振り向かずに一言言い残すとそのまま姿を消したのだった。
「俺、身体持つんですかね」
椿は壁に寄り掛かると再び煙管に火を付けた。
「椿さん! 煙草なんて吸ってる場合じゃないですよ!」
「さっきまで冷静でしたのに急に慌てないで下さいよ」
「あれは隙を見せないためです! そんな事より手当てですよ!」
「わかって…ます…よ…」
少女が消えて間も無く結界も解け四人も椿の側に駆け寄るが、そのまま意識を失い倒れてしまった。