物事に当たるには平常心と冷静さとマイペースに無理なくすることが大切
その頃、暇を持て余すニコチン中毒者は一行を引き連れ白赤城へと来ていた。
「話は分かったわ。ワルキューレ、貴方も椿達と一緒に行きなさい」
「ご命令とあらば」
「命令なんてしないわよ。そもそも貴方も大事な友人として一緒に行きたいと思っているのでしょう。だから命令なんてしない。貴方の気持ち次第よ」
「私は椿さんに色々な事を教わりました。その恩返しとまでは言いませんが私も必要とされているのなら一緒に戦わせて下さい」
騎士の如く片膝を付きライアに頭を下げるワルキューレ。ライアは軽く微笑み「当然よ」と返した。
「それでも従者として私達と共にいると言った時は追い出してやろうと思っていた所よ。椿は私達の大事な友人。足手纏いに成らない様にするのよ」
「感謝致します」
騎士としての礼儀なのか、戦地へ赴く騎士の習わしなのかは分からないが、普段とは違う口調でライアに感謝の意を通す。
「椿、聞いていた通りよ。必ず連れて帰ってくるのよ。足手纏いになっていたらお仕置きしてやるんだから」
「そんなのあんまりですよ」
椿は苦笑するも「ありがとうございます」と頭を下げる。
そしてそのまま作戦会議へと移る。
ハクタクの話だと以前の戦いは戦力は大きかったらしいが、今の戦力を確認出来て無い以上こちらも戦力を増やして行くしかない。だが、戦力を増やすにも時間と手段が必要になる。この二つを果たすのに必要な条件を考える事になった。
良い案が出ないまま時間だけが過ぎる。取り合えず休憩する事にして椿は屋上へと煙草を吸いに向った。
すると入り口前で少女が叫んでいる姿が見える。その隣に見覚えのある妖獣もいた。
「閻魔の世羅です。ダーリンいますか」
呼ばれる声に屋上から声を掛けると「皆さんに大事なお話があります」となにやら焦っていた。
世羅を招いて皆が集った。
「所で何で飛鳥がいるのかしら」
視線は先に飛鳥に向く。少し離れた妖怪・妖獣の楽園、言わば妖怪達だけが住む町がある。その名も妖楽町。彼女はそこに住んでいる鷹の妖獣。
「ハクさんに椿さん達のとこへ行ってと頼まれたんです。その途中で天地さんと会いまして、会った途端に『私と一緒に来なさい。さもなくば今此処で三途の川を渡る事になりますよ』なんて脅して来るんですよ。話を聞くと行き先が一緒なので脅され損でしたけど」
「行き先が一緒だ何て知りませんでしたし。それにハクに頼まれたと言うことは考えている事は同じですね。そんなことよりダーリン、お話して置きたい事が」
世羅は下層界で何が起きているのか話し、椿達も情報を共有した。飛鳥を連れてきた世羅とハクに頼まれた理由は同じだと言うことも分かった。
「飛鳥は隠れる、逃げる、騙すに長けている詐欺鳥みたいなものですが顔は広いので役に立つかもしれません。余りに最低な妖獣でしたのですっかり忘れていました」
「椿さん私はサギ鳥じゃなく鷹ですよ。そこ等辺の詐欺鳥と一緒にしないで下さい」
「飛鳥のせいで何度酷い目に遭った事か…次やったら鍋にしますからね」
「そうなるとこれで二つ共解決したな」
戦力を増やす為の時間と手段。この二つが可能なのは飛鳥だった。これに気付いたハクは、魔軸修復前に飛鳥の所へ寄り白赤城へ行ってくれと頼み、途中で会った世羅も飛鳥の人脈を知っていた為強制連行して来たのだった。
「椿さんが何を遣らかしたかを広めるのにネタが尽きませんからね」
ニシシと不気味に笑う飛鳥に両手で頭を抱える椿の姿があった。
「その噂が変な方向に変化して行くので困るんですが、この件は飛鳥にしか頼めません」
椿の目は真面目そのものになり飛鳥を見据える。飛鳥も話を聞き、状況が状況なだけに顔付きも変わる。
「ええ、分かっています。あの戦は私も参加した身、天地さんの話からすると状況はあの当時とほぼ同じです。出来うる限り尽力を尽くします」
世羅も椿も意外に確りしていた飛鳥に胸を撫で下ろした。
だがもう一つ問題があることに飛鳥は指摘する。
「しかし、もう一つ問題がありますね。魔軸を二本壊して天変地異を起こし犯人探しをさせ、兵の妖怪達を疑心暗鬼にさせる。人里騒動でも動いた妖怪はいない」
「何が言いたいんだ」
「誰が犯人か分からない以上迂闊に動けなかったと言うのもありますが、これがもう一つの問題です。あれ以来大きな戦はありませんでした。何か起きてもハクさんや焔耶さんが解決してきました」
「それが何だ?」
「平和ボケですよ。きっとまた誰か解決してくれると言う思い込みがあるかと。現に貴方方以外は動いてないのでしょう」
「言われて見ればそうですね」
「それにあの時の戦を知る者は殆どいません。人海戦術で集めるには逆に足手纏いになりかねない。何とかこちらの兵を集めます。小数精鋭にはなりますがあの時よりも数段腕は上がってますので間違いは無いかと。ですが人数は必要なので声も掛けてみます」
「下層界にあの大群の死霊が集っているとなると、下層都市の妖怪達も黙ってはいません。幸い彩魏とダーリンは交流がある様なので戦力に足せるかと思います」
「それなら大丈夫そうね」
「なら、準備が整い次第下層界へ向いましょう。今は飛鳥が戦力を整えるまで待機と言う事で。世羅、貴方も彩魏の所へ行くのでしょう。宜しく伝えて置いて下さい。飛鳥もすみませんが頼みます」
「ダーリンだけに重荷を背負わせないですよ。協力してくれる様言って来ます」
「私も噂を広げてきますので何か良いフレーズ下さい」
急な無茶振りにも関わらず、椿はニヤリと当然の様に不敵に笑う。
「地獄の乱闘パーティー無料ご招待。集合場所は地下都市って言う事で」
「椿ちゃん、平和主義者だったんじゃ…」
「この期に及んでそんな事言ったら茜にどやされます」
「ですが強ち間違っても無いのでそのフレーズで行きましょう」
世羅と飛鳥はそれぞれ役目を果たしに白赤城を後にした。
「あの二人が戻るまでは待機と言う事か」
「世羅が言うには既に結構な軍勢が揃っているわ。待てても数日が限度ね」
「時間が無いのはあの二人も分かっています。ですがあの二人なら二日もあれば大丈夫でしょう。それだけの事はやってのける人です」
「随分信頼しているのね」
「世羅は交渉上手です。俺と彩魏が知らぬ仲じゃないのなら早く整えられます。飛鳥は最低な人ですが遣ると言ったらどんな事でも全力を尽くしますので」
椿は皆にはバレ無い様時折胸を押さえ少し苦しそうにしていた。
「暫く何もする事が無いのなら二人が戻るまで此処にいなさい」
そんな椿を見たライアが二人が戻るまでの間泊まっても良いと言う。
「お言葉に甘えてそうさせて貰います」
部屋から出る椿は待機していた雪華に寝室へと案内して貰った。
「………」
ライアはどこか浮かない表情をしていた。茜はそれに気付き声を掛けるが「何でもないわ」と言い残し何処かへと行ってしまう。
「今はゆっくり休むか。桜も今は自由に過ごすといいぞ」
椿の様子を見ていた桜も茜の言葉に「はい」と覇気の無い返事を返して何処かへと向う。
「ライアも桜も気が付いている様ね」
「ああぁ。だが時間が足りないのも事実だ。椿もそれが分かっているから何も言わないし平然を装っているのだろう」
「椿さんに何かあったんですか?」
椿と一緒に居た三人も変化に気付いたがワルキューレだけがそれに気付いていなかった。
「私達と同じ位強いと言っても彼は所詮人間よ。いくら丈夫って言っても限度や限界があるし、妖怪と違って人間の身体は脆いわ。連日の死闘で死んでも可笑しくない位の重症。それでもああやって動かざるを得ないのよ。だけどその負担はかなりのもの、身体が悲鳴を上げている状態って言うのかしら」
「だから今、二人が戻るまでの時間休養させるしか無いんだ。少しでも戦いでの体力を戻す為にな」
「ですが、その状態で戦うには下手をすると…」
「そこ等辺は椿が一番分かっている。だが死ぬ積りも無いだろう。しぶとさは折り紙つきだ。簡単には死なんさ」
「その為の約束だからね」
ワルキューレも納得すると一つ頼み事をした。
「でしたら私にも一つお願いがあります」
二人は軽く微笑むと言葉を待った。
「この戦いが終わったら、一枚写真をお願いしたいのです。私達五大元素の使い手で。写真の題を挙げるとすればそうですね…奇妙な共闘ですかね」
ワルキューレは笑顔でそう答えると、二人も笑っていた。
「私達が記念写真なんて中々面白い事を言うわね」
「だが悪く無いな。確かに奇妙な面々だしな」
この戦いが終わり、笑顔で最高の一枚が撮れる事を願って提案した頼みは以外にも二人にうける。だがこれで五人に帰ってくる理由が出来た。
その頃、ライアも出かけていたウィグに事情を話し準備を始めていた。
「私達は椿に恩があるわ。椿があの白髪の男、鷹鬼としてもよ」
「椿は私達とも仲良くしてくた。友達もいっぱい紹介してくれた。今の私達はあの頃の私達じゃない、楽しい世界を教えてくれたんだもん。お姉ちゃん、私も椿の為に頑張る!」
「当然よ。私達を怒らせるとどうなるか思い知らせてやりましょう」
二人も下層界へ向う決意を固めた。誰のためでも無い、初めて信頼出来た恩人の為に。
数時間が経ち、寝室で寝ていた椿が物音に目覚める。
「すみません、起こしてしまいましたか?」
「いえ、丁度目が覚めた所でしたので」
体を起こす椿は、さっきよりは体調が良くなっていた。
「椿ちゃん食欲はありますか? 雪華ちゃんと二人で特製料理を作ったんです」
「食欲ならありますよ。折角なので頂きます」
桜から話を聞いた雪華も元気が無かったが、いつもの様に笑う椿の顔を見て雪華も桜も喜んでいた。
食事が運ばれて来ると椿は言葉を失う。
「え、えっと、俺まだ人間辞めてませんよ」
鼈の姿煮、蝮のソテーに鼈と蝮の生き血ブレンドのドリンク。まだ何種類か皿が並んでいるが、どれも鼈と蝮のオンパレード。
「酷いですね。これはお兄ちゃんに元気になってもらう為に作ったんですよ」
「見た目より中身で勝負です。椿ちゃんファイトです」
「見た目じゃ勝ち目無いの分かってますよねこれ!。しかも余計な所まで元気になるんじゃないですか!?」
「食べてくれないと椿ちゃんが狂乱して私と雪華ちゃんを襲ったって茜様に言いますよ」
「お兄ちゃんなら歓迎ですけど今は悲鳴を上げますよ」
「わ、分かりました。頂きます」
訳の分からない脅しをされ、恐る恐る口に運ぶと以外にも味は確りしていて食が進む。見た目は明らかに惨敗しているが「中身で勝負」は圧勝の域だった。
二人はハイタッチを交わし喜びを表現している。そこに椿は「食べますか?」と尋ねると、二人も見た目には敵わないらしく「遠慮します!」と盛大に首を横に振った。
簡単に完食すると二人は食器を片付ける為部屋から出て行った。スタミナ料理の御蔭と満腹もあり、椿は煙草を吸いに出る。
ケースを取り出しシャカシャかと中身を確かめるとまだ音がする。
「(この分だとまだ大丈夫ですね)」
懐に仕舞うと代わりに煙草を取り出し煙を吸う。天に向かって吐き出した白い煙を眺めていると、片付け終わったのかトレイを持った雪華と桜が声を掛ける。
「やっぱり、部屋に居ないと思ったら此処でしたか」
「椿ちゃんは食後は必ず煙草吸いに行くって言ったじゃないですか」
二人は椿の隣に歩み寄り、雪華はカクテルを渡す。
「食後に飲み易い酸味を利かせたサッパリ仕立てです」
「流石雪華、分かってますね」
雪華はトレイを下ろすと「仕事がありますので」と軽く頭を下げ業務に戻った。
受け取ったカクテルを口に含み味わって飲み込むと、「はぁ~」と深い溜息を漏らした。
「茜様が見たらきっと怒るんだろうな」
「きっとじゃなく絶対ですよ。少しくらい桜や雪華みたく気遣いや優しさを持てないんでしょうかね。あれじゃぁ嫁の貰い手どころか婿も逃げるでしょうね」
途端に後頭部に衝撃が走る。
「悪かったな優しさの欠片も無い行き遅れで」
後頭部を押さえ振り返ると、拳を振り下げている茜の姿があった。
「行き遅れまで言ってませんよ。精々相手が大脱走位ですよ」
「どっちも同じだ!」
今度は頭頂部に振り下ろされる拳は見事に的中する。
「全く、心配して来て見れば部屋には居ないし」
「幼女二人連れてお楽しみだったのかしら」
「妃華璃が言うと冗談に聞こえないので止めて下さい」
「椿さんは怪我人なんですよ。お酒なんて飲んでないで今位は休養して下さい」
「酒は妙薬って昔から言うでしょう」
「椿ちゃん、それは飲兵衛か鬼の言う言葉だと思います」
「じゃぁ俺は飲兵衛で鷹鬼ですから問題無いですね」
「椿さんは飲兵衛でもありませんし鷹鬼ってあだ名ですけど」
のらりくらりと言葉をかわす椿は楽しそうだった。
「今こうしていられる時にゆっくり好きな事をして過ごして置きたいんですよ」
椿はどこか覚悟を決めている表情に見えたが、その顔はいつも皆といる時の笑顔だった。
「そうですねぇ、後で皆さんで人里に甘味を食べに行きましょう。茜の奢りで」
「はぁ!? 急に何を言っているんだ。しかも何でまた私の奢りなんだ」
椿の急な提案に茜も驚いたが、自分の奢りに納得がいかない。
「いつもいつも人の頭平気でポンポン殴って何を言ってるんですか。慰謝料を求めます」
「お前がろくでも無い言動しかしないし、いつも私を怒らせる様な事ばかりするからだろ。自業自得だ馬鹿が」
「それは茜が短気で気が短くて直に手が出るからでしょう」
「だったら足なら文句は無いな」
「はいはいそこまでよ。茜も茜よ椿の口車に乗せられて喧嘩なんて。椿も笑ってないで喧嘩するなら二人の時にしなさいよ全く」
「妃華璃なら止めてくれると信じてましたのでね」
呆れた顔で止めに入る妃華璃。それを止めると分かってワザと言い合いを始めた椿は笑っていた。
「ですが茜様と喧嘩をする人間なんて椿ちゃんが初めてじゃないですか?」
「私も、茜さんが喧嘩をする相手って妃華璃さんだけかと思ってました。しかも妃華璃さんが茜さんと喧嘩してない所も初めてです。案外良い関係なんだと思います」
そして桜もワルキューレも笑い出す。
「分かった解った。奢れば良いんだろ奢れば」
「珍しいわね茜から折れるなんて。どういう風の吹きまわしかしら」
渋々折れる事になった茜に少々驚く妃華璃も笑っていた。多分殆ど一緒につるむ事の無い皆がこうして楽しく笑い合える事に可笑しいのかもしれない。
ライアに出かける旨を伝え五人は仕度をする。その時にワルキューレの頼み事を椿と桜にも話すと二人は快く承諾してくれる。
人里の甘味処へ着くと各々好きな物を頼む。人の奢りだと分かると遠慮無しに注文しまくる椿に茜はキレる。何故なら六品食べて更に追加したからだ。
「椿どんだけ注文する気だ」
「え、あと三品ほど」
「お前は何だ? 蟻なのか? まだ蟻の方が可愛気があるぞ」
「デザートは別腹って言いませんでしたっけ?」
「椿さんの場合完全に主食に近いと思います」
「栄養偏っちゃいますよ?」
「俺の栄養源は糖分で出来ています」
「店主! こいつに砂糖持って来てくれ!」
「茜、見っとも無いわよ。奢るって言ったのは貴方なんだし諦めなさい」
見っとも無いと言われ我に返る茜は椿を睨んでいた。
「え、えっと、ワルキューレ、席変わってくれませんか」
窓側奥から椿、桜、ワルキューレ。向かいの窓側奥からは茜、妃華璃と言う席順。真正面の椿は茜の威嚇染みた眼差しを正面から受ける。
「嫌ですよ。確実に八つ当たりされますし。椿さんが遠慮も無しに頼むのがいけないんですよ」
「そうだワルキューレ、私に八つ当たりされたくなかったらもっと言ってやれ」
「(言うんじゃなかった)」
その通りだと腕を組む茜に矛先がワルキューレに向き半泣きになりながら己の言葉を後悔した。