お家に帰れない
これは、亜空間を行き来していた一人の青年の物語。
三魔界。それは下層界、中層界、上層界、一つ一つが地球の様に出来た球体が串団子の様に並んでいる星。人や妖怪、魔族や神々が住まう為魔界と名付けられた。地球とは違い文明が遅れた世界。そこに一人の青年が居た。
「さて、もう少しですね」
引越しの準備の為何日も掛け少しずつ荷物を運んでいた。それがようやく終わりの見えた時だった。結界術の門を開き、扉を押しても開かない。
「? 引き戸でしたっけ」
押しても引いてもスライドさせてもピクリともしないドア。暫く悩んでいると一人の少女が慌しく訪ねて来た。
「椿! 大変なんです!」
「クダン、こっちも今大変なんです。門が開かないんですよ~」
「! 異界の門にも影響が出ているんですね。とりあえずハクタク様が椿を連れて来てくれとの事でしたので一緒に来てください」
「俺まだ浮遊術使えないんですけど、ハクの所まで結構時間掛かりますよ」
「それなら大丈夫です。もう直来ますので」
すると一人の女性の姿が視界に入った。
「茜、来ましたね」
「貴方が椿ですね。ハク様もなんでこんな人間に頼み事をするんだか」
椿の顔を見るや否や納得の行かない顔をする。
「えっと… 誰です? 狐に見えるんですけど」
「九尾の狐で茜だ。それよりクダン様、この人間本当に大丈夫なんですか?」
「理由は私もまだ聞いてないので早速連れて行きましょう」
椿を引き連れ表へ出ると、クダンが左腕を掴んだ。
「え? もしかして俺連れ攫われる様な荷物的運び方されるんですか」
「私一人では重いですし、最短で行くにはこれしか無いんです」
「高度からして落ちたら死にますよね! 嫌ですよ!」
「椿なら落ちても死にません」
「クダン様、私もこんな男に触れるのは御免ですよ。何かうつりそうですし」
「人を感染源みたいに言わないで下さい。俺だってこんな根性の悪そうな女狐に連れて行かれたくはないですよ」
温厚な椿でも相性と言うものが有ったのか、初対面の茜と口論していた。
その最中、クダンは椿の部屋を物色しある物を見つけた。
「緊急事態ですから縄梯子で妥協してくれませんか茜」
「………それなら」
渋々妥協案を承諾した茜は「何故こんな人間が」等とぶつぶつ文句を言っていた。
「やっぱり飛ぶ確定なんですね」
こうして縄梯子に掴る椿と、それを運ぶクダンと茜。何とかハクタクの所へ到着した。
「ハクタク様ただ今到着しました」
声を掛けると奥からハクタクと幼女が出て来た。
「茜様お帰りなさい」
「桜、留守番ありがとう」
桜は茜の側まで歩み寄ると頭を撫でられ満足そうな表情をしていた。
「ところで椿はどうしたの?」
「あの人間ならあそこですよ」
茜の指差す方向には敷地の片隅で吐いている椿の姿があった。
「慣れない浮遊感のせいでさっきから気持ち悪いと訴えてましたので」
「桜、水を用意しておいて貰えない」
ハクタクの呼び掛けに返事をすると桜は水を取りに行った。その間クダンは椿の門の事をハクタクに話した。
「椿、大仕事になりそうなの。協力してくれない?」
「今引越しの最中で大変なんですけど」
「はい、お水」
「ありがとうございます」
胃の中の物も無くなりまともに動ける様になると、水を一気に飲み干し椿も会話に参加。
「どうせ門も開けないんだから。それに今回は椿じゃなきゃダメなのよ」
「と言うと?」
「隠している積もりの様だけど、その霊刀が必要なのよ」
「別に隠しては無いですよ。腰に挿す習慣が無いだけです」
「どこで手に入れたかは知らないけどその刀が今回の件を解決出切るかもしれないのよ」
「怨霊や妖怪も確かに殺せる刀ですけど、それなら私がそれを使えばいいのでは?」
「それが出来ないのよ。扱う人間が刀を選ぶんじゃないの。刀が主人を選ぶのよ。その刀は椿を主人として認めている。椿の霊力と刀の霊力が共鳴しているのがその証よ。それに椿がそうしてまで持ち歩いているのは理由があるんでしょ。貸してくれないわよ」
「見透かされている様でなんですけど、これだけは渡せませんね」
「なら協力しなさい。ちゃんと報酬もだすから」
「はぁ、分かりました」
門の扉も開かない為、椿は渋々ながら協力する事にした。