06. すれ違う2人
(どうして私の秘密を知っているのだろう……)
自分の部屋に戻ってからも、あの時何を言えば良かったのか考えていた。私の方が高位貴族なのだから、「失礼なことを言わないで」と言えば良かったのかしら。でもその場で刺繍をしてみろと言われたり、もっと詳しい舞台の内容を聞かれたらボロが出るだけよね。
それに「シャルロット様が私の婚約者を奪おうとしている」なんてカレン様達に伝えても、信じてくれるかしら? 私でさえあの豹変ぶりを信じられないのに。ましてあの場面を見てないなら、なにか勘違いされたのでは? と思われて終わりだわ……。
「レイラ? 大丈夫かい?」
その声にハッとして振り向くと、いつの間にかお父様が目の前に立っていた。私ったらお父様が入ってきたことにも気づかずにいたなんて。それにしてもお父様の表情も暗いけど、なにかあったのかしら。
「だ、大丈夫です。それよりお父様こそ、どうしたのですか?」
「ほら、この前グレッグ君との結婚、どうなってるか確かめろと言っただろう」
そうだったわ! 今日帰ってきたら聞こうと思っていたのに、あんな事があったせいですっかり忘れてた。でもお父様の歯切れの悪さに、嫌な予感がする。
「その、なんだか、グレッグ君には考えたい事があるらしくて、もう少し待ってほしいそうだ」
「えっ……?」
「ちょっと私にもわからんのだが、まあ、すぐにおまえにも話がいくだろう」
「グレッグが私に話を……?」
どういうことなの? とお父様に何度聞いても、「知らない」「わからない」ばかりでどうしようもなかった。シャルロット様のことといい、グレッグのことといい、一気に問題ごとが押し寄せてきてクラクラしてくる。
今日はグレッグが作ってくれたバスオイルも、枕元のサシェも効果がない。何度寝ようとしても瞼にあの時のシャルロット様の微笑みが浮かび、気づけば朝になっていた。
ようやく夜が明けた頃、グレッグに手紙を書こうとしたけど、なんだか心がざわつく。秘密が知られたことの相談もあるけど、結婚のことも直接聞きたい。空は曇り空で今にも雨が降りそうだったけど、どうしてもグレッグに会いたくて馬車を走らせた。
騎士団の入り口に入ると、ここからは1人だ。グレッグと会うのに、こんなに緊張したことあったかしら? 夜の警備を担当していたと聞き宿舎に向かうと、ちょうどグレッグが戻ってきたところだった。ホッとして声をかけようとした瞬間、ドクンと胸が跳ね上がる。
目の前にいたのは、グレッグとシャルロット様だ。
なぜ2人がここに?どうして?
2人の距離はとても近く親密に見える。隠れて見ているとシャルロット様の手がグレッグの胸元にいき、その手をグレッグが掴んだ。そしてシャルロット様がグレッグの胸元によりかかり、グレッグのもう片方の手はシャルロット様の背中にまわろうとする。
シャルロット様はグレッグの胸元に顔をうずめながら、私を見てニヤリと笑っていた。
その瞬間、私は弾かれたように2人に背を向け走り出した。曇っていた空は暗い雨雲に変わり、私の頬を雨粒が濡らしていく。
(いつから……? だってこの前の夜会も、次の日もいつもどおりだったのに)
急いで馬車に乗り家に帰る頃には、土砂降りになっていた。心配したメイド達がすぐにお風呂の準備をしてくれ、お湯につかる。その日、私はバスオイルを使わなかった。
「ねえ、私あての手紙は届いていない?」
2人の逢瀬を見てしまったあの日から、もう5日もたつ。グレッグは毎日手紙を送ってきていたのに、一通も届かなくなっていた。数日後には、彼が必ず一緒に行こうと誘った舞踏会があるのに、ドレスも送られてこない。
お茶を運んできたメイドに聞いてみるも、そのメイドはにっこりと笑って「本日は無いようですね」と言って、足早に去っていった。あら? さっきのメイド、新しい人かしら? それとも領地に行ってるお兄様付きのメイド? 見たことない顔だわ。私がじっと顔を見たら、逃げるように去っていったけど。私ってメイドにも嫌われちゃったのかしら……。
その後舞踏会について私から手紙を送るも、返事はやはり来なかった。そのかわり前日になってようやく、私のもとに舞踏会用のドレスが届いたのだった。