05. 完璧令嬢からの糾弾
まあ……! 彼女、グレッグお気に入りの「乙女の……」のヒロインに似ているわ。健気な雰囲気をもったその令嬢は、シャルロットと名乗った。あら、名前まで似ている気がする。彼女は私が挨拶すると、花が咲いたように笑い、会えた喜びを熱心に伝えてくる。良かった。悪い人じゃなさそうね。ホッと一息つきお茶を飲むと、カレン様が興奮気味に話しかけてきた。
「そうそう、レイラ様! 昨日の事、噂になっていますわよ」
「噂? なんでしょう?」
「昨日グレッグ様に、ケーキを食べさせてあげたでしょう? その仲睦まじさったら、うらやましいかぎりです!」
「あ、あれは……」
私がとまどって声をつまらせていると、ケイティ様も目をキラキラさせてこっちを見ていた。
「私も聞きました! グレッグ様がレイラ様のために、たくさん本をプレゼントしていたとか!」
「まあ! 本当に素敵! 私の婚約者なんて、最近デートにも誘ってくれなくて……」
「私も同じですわ! 私の婚約者なんて誰か別の女性に会っているらしくて、婚約解消もありそうですの」
「「それに比べてグレッグ様は素敵だわ〜!」」
どうやら昨日の事はあっという間に、噂として広がっているようだ。なんだか恥ずかしくなって、思わずハンカチで口元をおさえる。
「あら! レイラ様の刺繍、素敵ですね」
「流行りの色使いで、さすがです!」
グレッグが作ってくれたとは、口が裂けても言えない。それでもこの刺繍が褒められるのは、グレッグが褒められているようで嬉しくなる。
「刺繍といえばシャルロット様ね! 本当にお上手ですから」
「そう言っていただけると嬉しいです!」
カレン様に褒められて頬を染める姿は、物語のヒロインのように目を引いた。派手な顔立ちではないけれど、不思議と目で追いたくなるのは天性のものなのでしょうね。
「シャルロット様はお菓子作りもお上手で、こちらのクッキーもお持ちくださったの」
「良かったらレイラ様もぜひ!」
すすめられたクッキーを一口食べてみると、甘さ控えめでふわりと紅茶の香りが広がり、本当に美味しかった。キャラメルがかかったクルミが、良いアクセントになっている。私が褒めるとシャルロット様は大喜びしていた。その姿もとても愛らしく、表情がくるくる変わるので見ていて飽きない。
(……グレッグと話が合いそうね)
そのあとのお茶会もグレッグが予想していたとおり、昨日の舞台や少女小説の話題が続いた。本当にグレッグの手紙で、予習したかいがあったわ! 少し忘れかけたところはあったけど、無難に過ごせたはず! なんとか今回もやり過ごせたことにホッとした頃、お茶会もお開きになった。
ようやく帰れると足取り軽やかに歩いていると、隣りにいたシャルロット様が「きゃっ!」と小さく声を上げ、しゃがみこんだ。
「大丈夫ですか?」
ドレスの裾でも踏んでしまったのかしら? そう思って手を差し出すと、シャルロット様は頬をほんのりと赤らめ私の手につかまった。
「……ですね」
「え? ごめんなさい。聞こえなかったわ」
シャルロット様は私の手を支えにゆっくりと立ち上がると、誰もが目を奪われるような微笑みで、予想していなかったことを話し始めた。
「レイラ様は、嘘つき令嬢ですね」
「え?」
「刺繍もできない、ドレスも選べない、舞台も寝ていて本当は見ていないでしょう? 今日お茶会で話したことはぜーんぶ嘘!」
いったい何が目の前で起こっているのか、さっぱりわからない。シャルロット様の表情は、先ほどと全く変わらない。話す言葉が聞こえなければ、私達は楽しく談笑しているように見えるだろう。
実際に前を歩いていたカレン様とケイティ様はこちらを振り返った後に、そのまま館の方に歩いていってしまった。彼女の変わりぶりに驚き、差し出した手を引っ込めようとするも、反対にギュッと掴まれてしまう。
「でも私は本物です。刺繍も、お菓子づくりも上手で、そのうえ可憐で美しい。あなたの様な怠惰なニセモノじゃないの」
「……な、なにが言いたいの?」
ようやく絞り出した言葉も無かったかのように無視され、シャルロット様は嬉しそうに話を続ける。私は自分の耳に響くほど、胸がバクバクと鳴るのを聞いていた。
「ほーんと! 生まれつき、お金があるって得ですよね〜」
クスクス笑うシャルロット様は、つかんでいた私の手をグイっと引っぱり、耳元でささやいた。
「私、あなたみたいな人、大嫌いなんです」
今までと違う憎しみが込められた声色で呟かれ、背筋にゾワリと冷たいものが走る。
「は、はなして!」
握られた手を強めに引くと、彼女はフッと笑って手をはなす。私は強く引っ張ったせいで後ろによろめき、立っているだけでやっとだ。風がざわざわと強く吹き始め、言い知れない不安が襲ってくる。
「あなたより私の方が、グレッグ様にピッタリですね。私なら彼を本当に理解してあげられる。ニセモノのあなたより、私の方がグレッグ様を幸せにできるわ」
シャルロット様はフンと嘲るように笑った。しかしそれも一瞬のことで、彼女の表情はまたかわいらしい令嬢に戻る。呆然と立ちつくす私の前で、彼女はそれはそれは美しいカーテシーをして、「ごきげんよう」と去っていった。