12. 乙女騎士のピンチ
舞踏会当日に彼女を迎えにいくも、緊張して顔が見られない。レイラもどこかよそよそしい態度だ。手紙の返事がないのが彼女の答えかもしれないと思うと、気軽に彼女に話しかけることができなかった。
(今日のプロポーズは、断られるかもしれないな……)
城に着くと今日もレイラは男の視線を釘付けにしていた。俺が牽制するためギロリと睨むと、近くにいた男達はそっと視線を外す。しかしチラチラと遠目にでもレイラを見ようとする者がいた。その様子を見ていると嫌な考えが頭によぎって、思わずため息をつく。
彼女が他の男を選べば、俺こそが彼女を遠目に見ることになる。選ばれないというのは、そういうことだ。それでも俺は授与式を終えると、レイラにプロポーズをするため人混みをかき分け探し出した。
(レイラ! どこだ? )
しかし優勝した俺に一言でも話そうと人が集まってきて、レイラの姿が見つけられない。キョロキョロと彼女を探していると、誰かに袖をくいっと引っ張られた。
「グレッグ様、レイラ様は迷惑していますよ」
「は?」
俺の袖を馴れ馴れしく引っ張り話しかけてきたのは、先日騎士団まで訪ねてきた令嬢だった。
(たしかシャルロット嬢だったか。この令嬢はいきなりなんてことを言うんだ!)
親しくもないのに挨拶無しで話しかけるその態度に苛立ちを感じる。しかしシャルロット嬢の言葉を否定しようとした瞬間、一番聞きたくない言葉が耳に入ってきた。
「レイラ様は好きな人ができたみたいです」
心臓を直接グシャリと潰されたように、一瞬息が止まった。しかし俺は騎士団の「戦う時は敵に弱っている所を見せるな! 堂々としろ」という教えを思い出し、紳士的な顔を取り繕って返事をした。
「そんなことありませんよ。私達はすぐに結婚しますから」
にっこりと微笑み心の余裕を見せたつもりが、シャルロット嬢は「あれぇ?」とマヌケな声を出し小首をかしげて俺を見ている。
「だってグレッグ様が手紙を出しても返事を書かないなんておかしいです。絶対に好きな人ができたんですわ!」
(どうして知ってるんだ? 誰に聞いたんだ?)
かわいらしい顔をしているが、内側から醜悪さがにじみ出ているようだ。外見と中身のチグハグさに、言いようのない気持ち悪さを感じる。
「それに聞きました! レイラ様は女主人として大切な社交に興味ないって。レイラ様ったら、社交を全部グレッグ様に任せて寝ているだけなんて。グレッグ様かわいそう……」
今にも零れそうな涙を目に溜め、こちらを見上げている。俺があまりの不気味さに呆然としていると、彼女はそっと俺の背中に手を置き、もう片方の手である場所を指差した。
「詳しいことはあちらで話しませんか? ここは人がいっぱいいるから、聞こえちゃいますよ」
彼女が指差した方を見ると、小さな灯りしかない庭園のベンチがあった。秘密の話をするにはうってつけの場所だが、たいがいは恋人や愛人と使う場所。そんな場所に、なぜ俺を誘う? いくらレイラに関する話とはいえ、淑女としてはしたないだろう。
「私ならレイラ様と違って、グレッグ様の趣味もわかってあげられます。小説や観劇も一緒に楽しめますし、女主人として社交も完璧ですわ」
(一度はレイラ詐欺に引っかかったが、二度はない! )
カッと頭に血が上り、気づけば大きな声で叫んでいた。
「君は婚約者のいる男性を、暗がりに連れ込むのが趣味なのか?」
「え?」
「俺と君は趣味が合わない。俺が好きなのは一途に相手を愛するヒロインだ。君のように婚約者を裏切るようなことをすすめるのはロマンティックではない!」
シーンと静まり返った会場に、俺の言葉が響き渡った。ほぼ全員が俺達の方をじっと見つめている。こそこそと話し始める者もいて、会場はざわめき始めた。
しまった! レイラを侮辱するようなことを言われて、思わず大きな声を出してしまった。俺のことはどうでもいいが、レイラに何か影響が出ると困る。あせっているとシャルロット嬢が、わざとらしく顔をゆがめ泣き始めた。
「わ、わたしぃ、そんなつもりじゃあ……」
(どうしたらいい? ここで彼女を慰めると、俺達に恋愛関係があると思われそうだ……)
シャルロット嬢が泣き始めたことで、まわりはいっそう俺達に注目し始める。焦れば焦るほどうまい解決策も思い浮かばず、ただ立ちつくすことしかできない。
(誰か助けてくれ!)
そう思った瞬間、カツンとヒールの音を大きく響かせて、女性が2人割り込んできた。