11. 乙女騎士の苦悩
「レイラちゃんの家から結婚はどうするのか? 計画を言っていいのか? と手紙が届いたけど、どうするの?」
「えっ! レイラのお父さんから?」
しまった! そういえば両家の親には「武術大会で優勝したら」と言っていたんだ。優勝したことは伝えたが、プロポーズする具体的な日を伝えてなかった。俺はあわてて母に次の夜会でプロポーズをすることを伝え、レイラのお父さんにも手紙で伝えることを約束した。
「まったく! 結婚式の準備は、勝手に進めとくわよ!」
そう吐き捨てて部屋に戻った母だが、足取りは軽かったな。あれは明日からそうとう張り切って結婚式の準備を進めるに違いない。
とにかく明日はレイラとデートだ! 10日後の舞踏会の約束も取り付けないといけない。それに男らしいところを少しでも見せて、気分を盛り上げておかないと!
――それなのに、帰る時に雷が鳴るなんて!
俺の一番怖いものがレイラとのデート中に襲ってくるとは、予想していなかった。まだ遠くで鳴っているみたいだが、俺はどうしてもこの音を聞くと勝手に体が震えてしまう。見かねたレイラが俺を呼び寄せてくれ、俺も何の気なしに隣に座る。
……しまった! これはダメだ! レイラも子供の頃のように慰めているだけなのだろうが、体は大人だ。昔とは違う。自分の顔に彼女の胸が当たっているのがわかり、思わず息を止めた。
(わざとなんだろうか。これは騎士として忍耐を鍛えられているのか?)
レイラの胸元からふわりと薔薇の香りがする。あ~これは確かサイラス社の新作石鹸だな、なんて現実逃避でもしなければ理性がキレそうだ。俺はすかさず寝たふりをして過ごすことを決めた。それなのに。
レイラが自分のふくよかな胸に、俺の頭をぐいっと押し付けた。ふわんと柔らかい感触が頭に当たるのを感じる。
「……!」
その、俺達は? 婚約者なんだし? 両家の親は早く結婚してもらいたがってるし? レイラも男に胸を押し付けるということは? どういうことかわかってる、はず……!!
ほんの少し薄目を開けると、目の前に彼女の胸の谷間が見えた。ゴクリと喉を鳴らしそうなのを必死で抑えていると、しっとりと柔らかそうな胸の谷間に、つーっと汗がひとしずく流れていくのが見えた。
(ダメだーーーー!!)
彼女はいつも苦手なことも頑張って、淑女であろうと努力してきたんだ! それを俺の欲望で台無しにしてしまうなんて、身勝手すぎる! それに俺にだって、結婚式も初夜も素晴らしいものにしたいという夢があるんだ!!
俺は再びギュッと目をつむり、寝たふりを続行した。きっとレイラは俺のことを、弟くらいに思っているのだろう。だいたい雷を怖がる男に、恋心なんて生まれるわけがない。そう彼女から見た俺の立場を実感すると、グサリと刺されたように心が痛んだ。
そうだ! レイラとの結婚式やドレスについて考えよう! 暗い気持ちを振り払うようにそう決めると、クライトン家に着くまで一睡もしなかった。それどころか完璧な結婚式プランとドレスのデザインを思いつき、満足感と興奮で目はギラギラしている。
早くこのプランを母に伝えて、プロポーズを成功させよう! ドレスの布もありとあらゆる物を準備し、仕立て屋も予約済みだ。なんとかレイラと夜会の約束を取り付け、俺は足早に帰っていった。
次の日の訓練にはかなり力が入った。雑念を振り払うためにも、ブンブンとすごい音をたてて剣をふる。よくよく昨日の事を考えてみたら、レイラはキスなら許してくれた雰囲気だったんじゃないか? と後悔している。何が初夜だ。俺はまたモヤモヤを払うためにも、夢中で剣を振った。
それでもあの日の帰り際、元気がなかったレイラのことが気にかかる。しかも日課である手紙を送っても、返事が来ない。レイラは文章は短くても、その日の内に返事をするんだが……。どうしたんだろうか。
次の日にはシャルロットという名の令嬢が来た。話したことは無かったが、レイラのことで相談があるというので面談を許可する。それなのにレイラのハンカチの刺繍がどうとか、たいした話をしないじゃないか! 俺はレイラに関することだと飛びついてしまうから、両親にいつかおまえはレイラ詐欺にあうと笑われていたが、本当かも知れない。
それにしても彼女は話す時の距離が近い。ものすごく不快だ。間合いを詰められるのは騎士の職業的に危険を感じるから、やめてほしいのだが。
初対面の令嬢でなおかつレイラの知人だと思うと、きつく注意もできない。どうしたものかと思っていると、彼女がスッと俺に近づき、「わあ!ここにも家紋があるんですね」と俺の胸元を触ろうとした。
レイラのことを考えていたせいで一瞬反応が遅くなる。それでも胸元にさわろうとしてきた手を掴んで阻止した。
それなのにシャルロット嬢はわざとらしくよろけ、俺の胸元に突進してくるじゃないか! 騎士をしていると相手の動きが意図的なのか判断できるのだが、今回は絶対にわざとだ。俺はそれを瞬時に見抜き、気づけばシャルロット嬢の襟を後ろから強引に掴み引き剥がしていた。
「ぐえ!」
「騎士に断りもなく近づくと、大変なことになります」
彼女からカエルの様な声が聞こえたが、無視してギロリと睨むと「こわぁい……」とクスンクスン泣き始める。少し焦ったがタイミングよく雨が降ってきたので、近くを通りかかった騎士仲間に送るよう頼んだ。
(結局あのシャルロット嬢は何しに来たんだ? レイラに確認してみよう。もしかしたら知人でもないかもしれない)
前回の手紙に返事がないのも気がかりだ。体調を崩したか? と思ったけど、レイラのお父さんの手紙からは元気で過ごしていると書いてあった。じゃあ、俺の手紙にだけ返事していないのだろうか……
舞踏会が近いこともあり城の警備で忙しい。しかも夜間の警備になってしまい、直接会いに行くことができなかった。それでも何度も手紙を送り、ドレスも届けたが返事はない。
もしかして俺はフラレてしまうのだろうか。好きな男ができたのだろうか。一気に血の気が引き、不安が襲ってくる。最後に会ったのは、あの雷の日。あんな醜態をさらしたのだから、きっと愛想をつかしたのだろう。本当の男らしさを持ったやつの方がいいに決まってる。
俺はしょせん、見かけだけのニセモノだ。