第98話 戦後処理
妖精王ノルヴィーレの前には、オークキングのガイ・ズが縛られて跪いていた。
その左右にはセレンやネオン、ゴルセムナ、ディロードなどが顔を揃えている。
リンスキーなど他の将軍たちは残敵の捜索や掃討、または本陣となった中央砦前広場の周囲を守備に回っており、衛生兵たちは怪我人の回復を図っている。
聖地、清浄なる泉に妖精王がいるのは、中央砦が落ちてオーク軍が離散したためである。
セレンが魔神バファルを滅ぼして、漆黒司祭ネビロスを討ち取り、それを喧伝したことでオーク軍は潰走した。
中央砦にはリングネイトの森に棲むハイエルフ族の旗が掲げられ、激闘を繰り広げていたオークやゴブリンがそれを見て大いに士気を下げたのだ。
セレンが無双してオークたちを片っ端から斬り殺したことで、オーク軍が恐慌状態に陥ったせいもある。
ガイ・ズは市街地でハイエルフ軍と交戦していたところを捕縛された。
さすがのオークキングも部下や兵が逃げ出した状況では孤軍奮闘も虚しく、精霊術で絡め取られてしまったのだ。
今は後ろ手で両手を縛られた上、膝を着いて頭を押さえられながらも上目使いで妖精王の方を憎々し気に睨みつけている。
そしてたった一言だけ、はっきりと告げた。
「殺せ」
さてどうしたものか、と妖精王は顎鬚を撫でながら周囲を見渡した。
セレンはどこか儚げな目をしてガイ・ズを見つめている。
ネオンは厳しい視線をガイ・ズに送っている。
ゴルセムナは目を瞑ったまま、動かない。
ディロードは複雑そうな表情でそっぽを向いている。
妖精王は、この場にいる者たちの感情をひしひしと受け止めていた。
セレンは他種族の問題だからとガイ・ズの処遇については口を出さないだろう。
彼は魔物は滅ぼすべきと言う考えの持ち主らしいが、それにしては魔物に対する憎しみのような感情を感じ取ることはできない。
基本的には、自分の問題は自分で片づけるべきと言う考えを持っているようである。今回の助太刀はあくまでネオンへの恩を返すためだと言うことだが、それにしては先頭に立って多くのオークたちを葬り去っている。
どこかちぐはぐとした印象を拭いきれない。
恐らく、本人の中で何か葛藤があるのかも知れない。
ネオンの考えは単純だ。
彼女は好奇心旺盛で何事も受け入れる寛容さを持っているように見えるが、敵対する者には一切容赦しない。
一体誰に似たのか、頑固にも程がある。
彼女は上に立つ者としての思考回路が出来あがりつつある。
これだけハイエルフ族に打撃を与えたガイ・ズを許すと言う選択はしないだろう。敗軍の将として処刑すべきだと言い出すのは間違いない。
ゴルセムナは長い平和な時代を生きてきたからか、長命であるが故か、誰に対しても情が深い。だが、今のリングネイトのハイエルフ族の総意を理解できない程、馬鹿でも愚かでもない。強硬に助命を主張することはないだろうと思われる。
ディロードは豪快だが情に脆いところがある。
ルベルジュの会にも出席したこともあり、ガイ・ズに同情的であるように感じられる。彼は会談の場にて、ひたすら料理を貪っているだけに見えるが、注意深く目の前の敵対者たちを観察していた。
恐らくあの時、ガイ・ズが発した言葉も聞き逃してはいないだろう。
その他の族長や実際戦った兵士たちの考えは『オーク死すべし』。
これで間違いないだろう。
聖地を奪われ、森林を切り拓かれ、愛する者を奪われたのだ。
「端から選択肢など有り得ぬか……」
妖精王は誰に言うでもなくボソリと呟いた。
処刑は当然としても、今回の件の原因や背後関係を聴取する必要がある。
口をつぐんだままガイ・ズをジッと見つめていると、セレンが発言を求めておそるおそると言った感じで挙手しているのが目に入る。
妖精王が発言を許可すると、セレンは遠慮気味に話し始めた。
「今回の争いですが、ノースデンの〈義殺団〉はともかく漆黒司祭のネビロスや魔神バファルとの関係について聞き出す必要があるかと存じます。ガイ・ズさんの処遇はその後でも良いのではないでしょうか?」
セレンの発言にガイ・ズを取り囲むように座っていた者たちが俄かに騒がしくなる。
「そうだ! 魔神が絡んでおるなど前代未聞だッ!」
「しかし魔神は魔力がないと顕現できないのだろう? 本当に魔神がいたのか?」
「漆黒司祭の正体とその目的は何だと言うのだ?」
妖精王は右手を挙げて騒ぐ者たちを制すと周囲をぐるりと見回して意見を募る。
「セレン殿のご意見はもっともである。何か聴取したいことがある者は発言せよ」
次々とハイエルフから詰問を受けるガイ・ズ。
ガイ・ズは始めは黙秘を貫いていたものの、捕虜となったオークの助命と引き換えに知っていることを話すと言う条件を呑んだ。
ガイ・ズが供述した内容は以下のようなものであった。
〈義殺団〉からの接触がなくなった頃、清浄なる泉に漆黒司祭と名乗る男が1人の従者を連れてふらりと現れた。
ガイ・ズはようやくノースデンの人間の準備が整い、それを伝えるための使者が来たと思ったが、彼らは〈義殺団〉とは無関係であった。
漆黒司祭たちが何者なのかは分からない。
彼らはハイエルフの殲滅に力を貸すと言い放ち、戦い方を教授した。
ハイエルフを喰えば力が得られる上、滅ぼせばハイエルフの妙薬や秘宝が手に入ると言い放ち、オークたちを煽動した。
〈義殺団〉はハイエルフを生かして捕らえるつもりだったようだが、漆黒司祭は全て殺すつもりだったようだ。
漆黒司祭が使っていた術は漆黒術と言うらしい。
ガイ・ズの供述が終わり沈黙が訪れる。
妖精王が静かに語りかけた。
「最期に言うことはあるか? 何か思い残したことはあるか?」
「いやない。人間なんぞの口車に乗せられた自分が愚かだった」
簡潔な答えにハイエルフから罵倒の声が飛ぶ。
謝罪をする気がないのかと怒声が浴びせられる。
対してガイ・ズは口を開くことはなかった。
「そうか……」
俯いて微動だにしないガイ・ズにハイエルフの剣士が近づく。
妖精王はセレンが現れなければ、逆の立場になっていただろうと陰鬱な気分になる。助かったのに素直に喜べない自分に困惑しつつ、妖精王は剣士に命令を下した。
「斬れッ!」
こうしてオークキングのガイ・ズは処刑され、その骸は妖精の森で晒されることとなった。血や穢れを嫌うハイエルフからすれば、まず有り得ない苛烈な処置であった。それ程、リングネイト、特に北部のハイエルフたちの鬱憤は大きかったと言える。
将来の禍根を残さないためにも、捕虜のオークたちも処刑すべきだと言う意見が出たが、妖精王はそれを却下した。
敵対したとは言え、ガイ・ズは理知的なオークであったし、潔い最期であった。
もしかすると人間と関わらなければ、敵対することもなかったかも知れない。
それに妖精王の名に賭けて約束を反故にする訳にはいかない。
下手を打てば、明日は我が身である。
妖精王はハイエルフの将来を想い、小さくため息をついた。




