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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第2章 妖精の森攻防編

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第95話 屈辱の魔神

 魔神デヴィルバファルは焦っていた。

 人間離れした動きを見せる目の前の人物に、何とか動揺を気取られないようにするのが精一杯であった。


 ――男爵級だんしゃくきゅう魔神デヴィルの俺が人間に、しかも子供如きに押されるだとッ!?


 既に左腕は大剣によって持っていかれ、体はどんどん傷つけられていく。

 ネビロスから供給される虚無力アイナネムによって辛うじて超再生が始まり、傷を癒していくが、その間にもどんどん斬り込まれて傷が増えていくのだ。

 とてもじゃないが再生が間に合わない。

 魔神デヴィルの本来の力の源は魔力グラマヌスである。

 それがあれば、超再生の速度も今とは比べものにならない程になるはずだが、ないものねだりをしていても仕方がない。


 ――クソがッ! ガリレアはまだかッ!


 バファルは眷属化してダークエルフとなったガリレアにまで頼らなければならない事実に自身のプライドは砕け散りそうになる。

 セレンの持つ大剣は並の武器ではないとバファルは気付いていた。

 左腕が斬り飛ばされる前からだ。

 大剣から伝わってくる圧倒的なまでの神聖力ラディガス古代竜エイシェントの力、更には虚無力アイネナムすら感じられるのだ。

 人間が持つには規格外の物である。

 武器だけではない。

 剣の腕も一流で隙がないのだ。

 ネビロスへ繰り出された初撃の剣技ははたから見ていて防ぐことはできた。

 正面から相対してみると、見切れる速度ではない。

 これでは自身の肉体を通して僅かに借り受けている虚無力アイネナムを叩き込むことすらできない。


 バファルの今の力ではセレンの大剣を受け止めることすら難しい。

 と言うより、例え全力の持ってしても男爵級の魔神デヴィル程度ではセレンの封剣ゼクスナーガを受け止めるなど不可能なのだ。

 魔力グラマヌスを結集して防御したところで、あっさりと斬り裂かれてしまうのがオチだ。ただ魔力グラマヌスがあれば、魔術を使用することができるので、防戦一方になると言うことはないだろうが。


 ――こんなところで滅びてたまるかッ!


 上位魔神の命令で人間の一勢力と手を組むことになった時には、人間如きと共闘することへの屈辱感と反感にさいなまれた。

 漆黒の神をあがめると言う人間たちと魔神デヴィルの利害が一致したためだが従いはするものの納得できていた訳ではなかった。


 バファルは、セレンと言う子供と相対した時点でこの地での敗北は確定的だと判断していた。このまま行けば滅ぼされるだろうが、バファルが逃げたとしてもネビロスが殺されてしまえば、彼の虚無力アイナネムを借りて現界げんかいに顕現しているため、魔界へと再び堕ちることになる。現界げんかいに残って完全な滅びを待つのか、逃亡して魔界に堕ち生き長らえるのか。


 選択の余地はない。


 どう考えても一度魔界に戻って、次の機会を待ち、漆黒教団の虚無力アイナネムで受肉して現界げんかいへ再降臨した方が良い。


 分かっている。分かってはいるのだ。

 

 しかしプライドが邪魔をして引くに引けない状況に陥っているのであった。


「ガキがッ! 何故ハイエルフなどに味方するッ!」


「恩を受けたからだ。それに魔物が敵となれば戦わない理由などないッ!」


 バファルがチラリと視線を向けた先では、瀕死のディロードと光精霊の力で回復を試みているネオンの姿があった。


「それに裏に怪しげな術を使う人間と魔神デヴィルがいるとなれば尚更だッ!」


「ガァァァァァァァ!!」


 セレンが神聖力ラディガスが付与された大剣で魔神デヴィルバファルの胸を貫いた。

 地獄の炎に焼き尽くされるような痛みが体内で暴れ狂う。

 咄嗟に大剣を握って引き抜こうとするが、触れた右手さえも焼きただれてしまった。


「貴様らは何を企んでいるッ!?」


「ガァッ!」


 バファルはそれに答えずに一声吠えると、漆黒の翼から羽を撃ち出した。

 それは闇の弾頭のとなり、横殴りのゲリラ豪雨の如くセレンへと降りかかる。

 魔力グラマヌスではなく虚無力アイナネムでの反撃だ。


「チッ!」


 セレンはファバルから大剣を引き抜いて、後退しつつ弾頭を弾き飛ばす。

 流石に数が多過ぎて何発も喰らってしまうセレン。

 今は魔力グラマヌスの籠っていない物理の弾丸であるが、人間の脆さを考えると十分な威力のはずだ。


 ほんの少しだけ溜飲が下がったバファルであったが、闇の弾幕が消えた後には平然と佇むセレンがいた。


「何ッ!?」


 もう何度目になるか分からない驚きにファバルは震える。


「加護の力か……?」


 セレンはバファルに聞こえないような小声でポツリと呟く。


「何なのだッ!? その武器は一体何なのだッ!?」


「知る必要はない。死んでいく者には……だったか?」


 取り乱すバファルにセレンは無慈悲な言葉を掛けるのみ。

 最初の堂々たる態度はどこかへ消え去っていた。

 バファルが負った傷の再生はまだまだ終わりそうにない。

 さげすんでいる人間に追い詰められたことにバファルの心は屈辱にまみれていた。

 このような感覚は堕天フォールダウンした時以来である。

 どす黒い感情が渦巻きながらも万策尽きて、ただセレンを睨みつけるのみのバファルの耳に、ネビロスの叫び声が届いた。


「バファルッ! 援護しろッ!」


 どうやらハイエルフ如きに苦戦しているらしい。

 バファルはチラリと視線を移しただけで、再びセレンを睨みつける。


 ――撤退だ。完全に滅びる訳にはいかない。


 その時、セレンが地を蹴った。


霹靂閃電へきれきせんでん


 【韋駄天】を遥かに凌ぐスキルで一気に間合いを詰めたセレンにバファルが反射的にカウンターの右ストレートを繰り出す。

 セレンの素早さを把握していたバファルは即退散と言う訳にはいかないことは理解していた。一撃だけでも与えてその隙に逃げるしかないと考えたのだ。


 しかし。


 バファルにとって計算外だったのは、最初に見た剣技が遅いと思える程の速度で間合いを詰められたことであった。

 残っていた右腕が斬り飛ばされ、地面に落ちる前にちりと化し消滅する。

 折れかけていた心に更なるヒビが入る。

 激しい憎悪で精神を鼓舞して奮い立たせたバファルは、部屋唯一の出口へと飛んだ。既に転移する力もなければ、砦の壁をぶち破って逃げることすらも難しい状態にまで追い詰められていたからだ。


「水精霊よッ! けがれを払い全てを浄化してッ!」


 必死で逃げるバファルの背後でネオンが精霊術を使用する。

 確認する時間などない。

 バファルは精霊術の一撃に耐え切って逃げることに全神経を集中する。

 そこへ背中に尋常ならざる激痛が走った。


「グァァァァァァァァ!!」


 口からは惨めな絶叫がついて出る。

 痛がっている場合でない。

 後ろを振り返っている場合ではない。


 しかしバファルは見てしまった。

 大きな水球に背中と翼が融けるように崩壊していく様を。

 目の前にまで迫ってきていたセレンの姿を。


「人間如きが人間如きが人間如きがぁぁぁぁ!!」


 それが男爵級魔神バファルの最期の言葉となった。

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