第90話 刹那の間
「グラァァァァァァァァァ!」
雄叫びを上げ、大剣を片手で掴みながらセレンに迫るゴル・ド。
元より2人の距離は近い。
ゴル・ドがセレンの間合いに入るのに時間は掛からなかった。
【乾坤一擲】
キンッ!
セレンは大剣を鞘に収める。
澄んだ音だけが辺りに木霊した。
「ァガッ!?」
その瞬間、ゴル・ドの巨躯が2つに別れて床へと転がる。
ゴル・ドは自分がどうなったのか把握することも出来ずに絶命した。
鞘から解き放たれたセレンの大剣はゴル・ドの体の右脇腹から入り、左肩辺りから出て鞘へと戻ったのだ。
ネオンを始めとした周囲のハイエルフたちは何が起こったのか理解が追いついていないようで、全員が呆けたような顔をしている。
「伯爵級でこれか……。タイマンなら負けはないな」
「あ? えッ!?」
我に返ったのかネオンの口から困惑の声が漏れる。
一方のディロードはセレンが何かした瞬間にあの傲慢だったオークロードの命の灯が消えたのだと言うことは理解したようで、ネオンに光精霊による回復を受けていたのも忘れたのか、セレンの下へ駆け寄るとその背中をバンバンと叩いた。
何から何まで豪快な男だ。
「坊主ッ! すげぇな! 瞬殺じゃねぇか! 何が起きたのか分からなかったぜ!」
「ちょッ! 痛いですよ! 痛ッ! 痛いってのッ!」
セレンが少しキレかけるとようやくディロードによる肉体言語は終わりを告げた。しかし、まだ興奮が覚めやらぬようで部下と思しきハイエルフたちと騒いでいる。
アマリアはまだポカンとした表情だ。
どこかへ行ってしまって帰ってこない。
「はッ!? ちょっとセレンってば何をしたのよッ!?」
「居合ってヤツですよ。所謂、抜刀術ですね」
「いあい? ばっとうじゅつ?」
「まぁ剣術の一種みたいなもんです。遠い東の国、トーア帝國で発達した剣術らしいですよ」
「知らない国ね……。まぁよく分からないってことは理解したわ……」
スッキリしないながらも何とか納得してくれたようだ。
ネオンはどこか遠い目をしている。
理解するのを諦めただけかも知れない。
「そんなことより、先に進みますよ。ちょっと……ちょっとディロードさんもいつまで騒いでんですか!」
「そうよッ! 騒いでる場合じゃないわ! 敵に未知の術を使う存在がいる。倒さないと味方の被害は増える一方よ」
「おお……そうですな。やはり未知の術が絡んでるんですかい? おどろおどろしい術にやられてたんで皆びびちまってたんでさぁ。あんな禍々しい力の波動は初めてだぜ……」
「ハイエルフの皆さんはそこまで分かるんですか?」
砦の外でネオンも言っていたが、ハイエルフは何かを感じているようだ。
セレンには今のところ何も感じられない。
「人間でも分かるはずだぜ? まぁ俺たちはいつも精霊力を使い精霊に干渉して共に暮らしているからな。感知する能力で言えば俺たちの方が優れているかもな」
「なるほど……となると……」
「確実にこの砦の中にいるわね。未知の術士が」
セレンの言葉をネオンが引き継ぐ。
そうと分かれば突撃あるのみだ。
「とにかく友軍を救うには敵大将を仕留めるしかねぇ。俺たちは中央砦攻略中に市街地に伏せていたオーク共に背後を突かれたんだ。砦内に兵は少ないはずだぜ」
「おし。じゃあ行きましょう!」
先程までとは打って変わって真剣な顔になったディロードにセレンも同意の意志を見せる。
「ええ……ってアマリア! ア・マ・リ・アッ! いつまで呆けてるのよ。行くわよッ!」
「はッ!? 私は何を……」
案外、面白いところもあるアマリアを見てセレンは思わず破顔した。
ネオンはやれやれと言った表情で彼女を見つめるが、彼女もまたすぐに真剣な顔で全員に向かって指示を出した。
「あまりの出来事に意識が飛んでいたようね。とにかく先を進むわよッ!」
その言葉に全員の威勢の良い返事が狭い部屋に響き渡った。




