第9話 止まない襲撃
それからと言うもの、刺客は次々と襲撃してきた。
毎回毎回クロムに無残にも殺されているのだが、セレンはいい加減、刺客が絶滅危惧種になるのではないかと思った程だ。
しかし、殺しを生業にしている者は案外と多いらしい。
今日も襲撃があった。
しかし、この日はいつもの襲撃とは毛色が違っていた。
敵が正面切って攻めて来たのだ。
標的はクロムだけではなく、神官や一般市民にまで及んだ。
襲撃者が雪崩れ込んできたのは、本殿。
一般市民が祈りを捧げに来るところだ。
「チッ! 衛兵共は何をしてたのッ!?」
普段は神殿の奥で執務や神事を執り行っているメリッサまでもが先頭に立って戦闘に加わっている。
神官たちにとっては戦いなど本職ではない。
メリッサの命令で直ちに神殿の奥へと非難させられた。
その代りに神殿騎士が敵軍相手に奮戦していた。
ラディウス聖教国の神殿騎士と言えば、悪魔や魔神とすら戦うと言う勇敢な騎士だ。持っているスキル次第だが、剣技や騎士剣技、中には聖剣技を扱うことが出来る者もいる。
剣技は物理的な技、騎士剣技は理の力で自然現象や使用者の力を捻じ曲げたり強化したりする技、聖剣技ともなると様々な属性が付与された強力無比な技となる。その名の通り神聖属性により悪魔や魔神を滅することすら可能である。
ことは突然起こった。
刺客はおよそ五○程で神殿に侵入したかと思うと、神官たちを始め礼拝に訪れていた一般市民までも虐殺し始めたのだ。
これまで、このような狼藉に及ぶ者などいたことなどない。
神官たちは動揺し、民衆は恐慌状態に陥った。
前代未聞の出来事に、報告を受けたメリッサや騒ぎを聞きつけたクロムが駆け付けるまでに多くの犠牲が出てしまう事態となってしまう。
「賊徒共ッ! 地獄に落としてあげるわッ! かかってきませい!」
メリッサが人が変わったかのように神聖術を連発して敵を吹き飛ばしている。
そんな中、クロムも当然のように参戦していた。
「神殿騎士は一般市民を護れッ! 敵は全員俺が葬るッ!」
クロムの大音声で標的が出てきたのを知り、敵兵は色めき立つ。虐殺を止めてクロムに殺到する敵兵であったが、そのほとんどが一刀の下に斬って捨てられる。
それに怯む敵兵であったが、リーダーらしき男が全員を鼓舞する。
本殿には怒号が木霊した。
「お前らッ! 悲願達成のためだッ! 死んでも殺せッ!」
「うおおおおおお!!」
最早、敵兵は死兵と化していた。
【閃烈剣】
敵の中にも騎士剣技を使ってくる者がいた。
しかし、クロムには全て見えているようであった。
閃光のような剣の一閃を完全に見切って剣撃を弾くと、剣技も使わずに間合いを詰めて首を刎ねる。
セレンは母のテルルの傍で剣を持って戦闘を見ていた。
目の前で繰り広げられる凄惨な事態にセレンの体の震えは止まらない。
これは恐怖によるものなのか、武者震いなのか。
「か、母様……父様の姿を追いきれません」
「クロム様はスキルも使っています。剣技だけでなくスキルも使えば敵う者などおりません」
テルルとセレンは別の部屋にいては尚更危険だと判断され、神殿の本殿にいたのだ。
「動きを止めろッ! すがり付くのだッ!」
敵のリーダーは無慈悲なことを平然と言ってのける。
セレンは仲間なのにどうして?と心に疑念が湧いてくるのを感じていた。
その指示の通り、次々とクロムに敵兵が襲い掛かる。
最早、剣を使ってではなく、タックルをして倒そうとする者やクロムの大剣に貫かれてもなお、しがみつく者までいた。
軽快な動きで敵兵を翻弄していたクロムであったが、流石に死を恐れずに彼を抑え込もうとする敵兵にじょじょにその足が止まって行く。
「ふははッ! 鈍ったなぁ剣聖よッ!」
そこへ敵のリーダーが騎士剣技を発動した。
【剛剣突貫】
硬質な岩をも砕き貫く強烈な突きである。
敵リーダーが持つ大剣がブレて残像のようにクロムへと向かう。
大剣が描く軌跡はさながら天駆ける彗星のように幻想的であった。
「父様ッ!」
セレンの悲鳴に近い声が重なる。
クロムも不覚を取ったのか焦りの舌打ちをする。
「チッ!」
【大盾】
その時、テルルの声が響き渡った。
彼女が自身の持つ【大盾】スキルをクロムに向けて発動したのだ。
敵リーダーの放った突きの騎士剣技はその大盾に阻まれてクロムには届かない。
セレンが目を凝らすと、クロムの前には青白い壁のようなシールドが出現していたのが見えた。
「何ッ!?」
敵リーダーは目を剥きだして驚愕する。
その隙を見逃すクロムではない。
【真球倒撃】
必殺の一撃を防がれた敵リーダーの驚愕の声が口をついて出る中、クロムは柔剣技を発動する。その瞬間、クロムにまとわりついていた敵兵たちがまるで転がされるように、そして振り払われるように地面に倒れ伏す。
球体すらも倒すと言う柔の概念を持つ剣技の一つだ。
「貴様は死なせん」
突きを防がれて地面に着地する瞬間を狙ってクロムが大剣の柄の部分を思いきり叩きつける。敵リーダーはそれに吹っ飛ばされて神殿の壁に強かに打ち据えられて気を失った。
「よしッ! 畳み掛けなさいッ!」
決着が着いたのをその目で確認したメリッサが神殿騎士に号令をかける。
残兵が掃討されるまで左程時間は掛からなかった。
こうして大規模なクロム襲撃は終わった。
それは暗殺と呼べるものではなく、最早、ラディウス聖教国の面子すら潰す襲撃であった。民間人や神官にも死者が出たこの事件は、ラディウス聖教国の威信を低下させ、新たな火種を生み出すこととなったのである。