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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第2章 妖精の森攻防編

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第78話 一進一退

 合戦の火蓋が切って落とされた。


 初めに攻撃を開始したのは、聖地の南から進軍したコルツァ族のディロード将軍の部隊であった。精霊術士たちが土精霊に働きかけて高く積み上げられた石垣へと干渉する。

 頑丈なはずの石に亀裂が入り、簡単に崩れ落ちたかと思うと、黄色の泥人形マッドゴーレムにも似た土精霊が出現し、オークたちへと襲い掛かった。


 自信を持っていたであろう防御機構があっさりと崩壊したことに驚いたオークたちに動揺が走る。石垣で敵を足止めし、弓や長槍で攻撃しようとしていたオークたちは慌てて開いた穴を埋めようとするが、土精霊の攻撃を受けてたちまち混乱状態に陥った。土精霊がオークたちを足止めしている隙にハイエルフたちはどんどんと街へ侵入していく。


 一番乗りはディロードであった。


「コルツァ族が将軍ディロードッ! 我らが聖地に一番乗りぃ!」


 その大音声にハイエルフたちの士気は上がる。


「てめぇらッ! オークキングはあの中央の砦にいるッ! 一気に攻め掛かれッ!」


 清浄なる泉(ウンディ・ウェル)の清らかなる泉に隣接する形で砦のような建物が建てられている。そこは盛り土によって小高い丘のようになっており、緩やかながら傾斜がついていた。

 駆け上がるのにそこまで苦労するようなものではない。

 ディロードはそこが本拠だと当たりをつけて兵たちを鼓舞した。

 何とかその勢いを止めようと剣や槍を持ったオークたちが次々と姿を現す。

 その部隊と交戦状態になったディロードは歓喜の声を上げた。


「はッ! あっさり落ちちまったら面白くねぇからな! 相手をしてやるからかかってこいや!」


もろいハイエルフ如きがッ! 叩き潰してくれるわッ!」


 ディロードが部隊の統率者だと見るや、オークロードの1人が立ちはだかる。

 ロードと言うだけあって周囲にいるオークよりも一際大きい。

 ディロードはハイエルフの中ではかなりの偉丈夫いじょうふであったが、目の前にいるオークロードは彼より頭2つ、3つ分飛びぬけていた。


「おもしれぇ! この部隊の隊長か? 尋常に勝負ッ!」


 2人の大剣が激しくぶつかり合う。

 大上段から大剣を振り下ろされるが、ディロードはそれを何とか受け止める。


「何ッ!?」


 その巨躯、その膂力から繰り出された必殺の一撃を受けられて、一瞬の驚愕を見せたオークロードであったが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。両者の大剣が交わったまま、オークロードは体重をかけてディロードを押し込んでいく。


 このまま受け続けていればジリ貧である。


「ったく、力()()は強いじゃねぇかッ!」


 ディロードはそう吠えると、フッと力を抜いて半身になりオークロードの右側へと回り込む。力に任せて大剣に全体重を掛けていたオークロードは急に反発力を失って、前方へバランスを崩した。


 それを見逃すディロードではない。

 すぐさま、大剣でオークロードの脇腹を薙ぎ斬った。

 堪らずよろめくオークロードであったが、右足を一歩前に出して踏ん張ると、右手の大剣を思い切り背後に振り払った。

 ブォン!と鋭い風切音がして、更に斬りつけようとしていたディロードに大剣が肉迫する。


「っぶねぇ!」


 紙一重でかわしたディロードであったが、その一撃と音を感じて背中に冷や汗が伝う。あの膂力りょりょくで斬られれば、確実に両断されてしまうだろう。


 だからこそ、踏み込まねばならぬ。

 だからこそ、ここで殺さねばならぬ。


 ディロードは受けに回れば防戦一方となり反撃の機会がなくなると考え、再び大剣を左斜め上から振り下ろしてくるオークロードに体当たりの要領で懐に飛び込んだ。


「ぐぅ……」


 大剣がオークロードの腹に突き刺さる。

 お陰で振り下ろされた大剣もディロードには当たらない。

 力を更に込めて大剣を体の中でかき回す。


「ぐるぉぉぉぉ、ガハッ……」


 オークロードは苦悶の表情を作り、ディロードの攻撃が内臓を傷つけたのか、大量に吐血した。頭から血を浴びながらもディロードがトドメを刺そうとした時、オークロードが吠えた。


「ウグラァァァァァ!」


 オークロードは自らの大剣を捨てディロードを両手で抱きしめたのだ。

 その膂力りょりょくで体を拘束され締め付けはどんどん強くなる。

 背骨が圧し折られてしまいそうな激痛と圧力で息ができない。

 ディロードは苦痛の声すら上げることができなかった。


 部下たちはオークに阻まれて助けに行くことができない。

 ディロードは言葉を発することができず、精霊の力を借りることもできない状態だ。


 最悪の未来を幻視したディロードであったが、オークロードの力が一瞬緩んだのを見逃さなかった。突き刺したままの大剣がオークロードの体内で暴れたのだ。

 その隙に両手を縛めから解き放つと、ディロードはオークロードの両目に自らの指を刺し入れた。絶叫を上げて目を押さえるオークロードの腕から抜け出したディロードは、大剣を体から抜くと、のた打ち回るオークロードの首を掻き斬った。

 どう見ても助からないであろう出血量である。

 まもなくオークロードは白目を剥いて大地に倒れ伏した。


「お前、強かったぜ……紙一重ってぇヤツだ」


 オークロードの壮絶な最期を見たオークたちに動揺が広がる。

 明らかに浮足立っている敵軍を見て、ディロードは自軍を一喝した。


「敵将討ち取ったぁ! てめぇら! 片っ端から叩き斬れぇ!」


 こうしてディロードが図らずも伯爵級はくしゃくきゅうオークロードを倒したことで士気の上がったディロード隊は一気に攻勢へ移り、敵軍を突き崩していった。




※※※




 精霊術士の攻撃によって最前線のオークやゴブリンたちは為す術もなく討ち取られていく。ファルス族の部隊を任されたリンスキーも聖地の東から街の中へと侵入していた。


「殲滅しろ! 全てだ!」


 リンスキーはリスクを冒さず、精霊術士たちを護りながら進んでいた。

 攻撃は呼び出した精霊とそれが操る自然の力に任せ、確実に仕留めていく。

 オークたちが万が一それを突破できたとしても、リンスキーたち剣士によって精霊術士にたどり着く前に殺されていく。

 精霊術なしのガチンコ勝負だったなら、また結果は違っていただろう。

 それだけ術と言うのは規格外の力なのだ。


 火精霊の力によって生み出された火炎が荒れ狂い、街に火が放たれていく。

 水精霊の力によって生み出された水刃で、亜人たちの体が斬り飛ばされ、水球に包み込まれて溺れ死ぬ。

 風精霊の力によって生み出された風の刃にゴブリンの首が掻き斬られ、オークの丈夫な皮膚は斬り裂かれる。

 土精霊の力によって生み出された無数の錐に刺し貫かれて、体が串刺し状態となり身動きできないまま絶命する。


 リンスキー隊の前には阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずが広がっていた。


「おのれぇぇぇぇ! 男なら力で勝負しろッ!」


「卑怯なハイエルフ共がぁぁぁぁ!」


「くそがぁッ! 精霊術な――うわらばッ!」


 リンスキー隊の精霊術を防ぐ手立てのない敵軍から罵声が浴びせられる。

 わざわざ危険の大きい白兵戦に付き合う必要などない。

 リンスキーはあくまで冷静に部隊を統率していた。

 オークたちの罵声が悲鳴に変わっていく。


「ふんッ……危険を冒すことはない。冷静に粛々とオーク共を片付けるぞッ!」


 進軍は速くはないが、確実に敵軍を撃破して制圧していく。

 リンスキーには驕りなどなかった。

 東側の地区は住居が多く遮蔽物しゃへいぶつとなるものばかりで見通しが悪い。

 リンスキーは斥候をバラ撒きながら進んでいた。


「精霊術と剣士団で組織的に戦えば、例え暴力のかたまりのオークと言えども制圧できる。最初からこうすべきだったのだ」


 誰に言うでもなくつぶやくと、リンスキーは積極的に戦おうとしない族長や非戦派の連中のことを思い浮かべていた。


 精霊術――この現界げんかいと呼ばれる世界に存在する術の内の1つ。


 このアドバンテージがあれば、リングネイトの森に引きこもって暮らす必要などないとリンスキーは考えていた。

 彼は保守的な思想を持つ多くのハイエルフとは違い、種族の更なる繁栄を願う先進的な思想の持ち主であった。

 本来ならば、人間――レイラーク王国の機嫌をうかがう必要すらないのだ。


 快進撃を続けていたリンスキー隊が、家屋の密集地へと差し掛かる。

 恐らくはオークがノースデンの人間の手を借りて作っていたのだろう。

 隊列を崩さず、逃げるオークたちを追撃していた先が、この場所である。

 通りは狭くなっており、奇襲するには最適だ。

 リンスキーの脳裏に嫌な予感がよぎる。


「全体、追撃を――」


 リンスキーの命令を言い終える間もなく、ときの声が鯨波げいはとなって押し寄せる。家々の屋根の上からはやが雨のように降り注ぎ、次々とオークたちが斬り込んでくる。


「チッ……。慌てるなッ! 矢避けの風精霊がいるッ! 持ち場を護れッ! 精霊術士は中央に集まって攻撃しろッ!」


 矢継ぎ早に命令を下していくリンスキーであったが、流石に数が多い。

 その上、左右からだけでなく、今まで逃げ惑っていた正面のオークたちも反転攻勢に移っていた。


「クッ……斥候は何をしていた……。オーク如きが小癪こしゃくな真似をッ……」

 

 少なからず動揺が走ったがリンスキー隊の練度は高く、精霊術士を護りながら防衛陣を組んでの戦いが始まった。

 しかし、程なくしてオークロードを筆頭に突撃され、隊列が崩れ出す。

 そして敵味方入り乱れての大乱戦へと持ち込まれてしまった。

 リンスキーはも部隊の崩壊を防ぐべく前線へと駆けつけると手当たり次第にオークを斬り伏せる。


「精霊術で背後を突けッ! 剣士団は気合の入れどころだぞッ!」


 何とか精霊術士を囲いながらリンスキーが戦っていると、目の前に3マイトはあろうかと言うオークが現れた。


「お前が指揮官かッ! 男爵級だんしゃくきゅうオークロードの俺様が討ち取ってくれるッ!」


戯言たわごとを抜かすなッ! 貴様如きに負ける俺ではないッ!」


 リンスキーは兵士の統率には優れていたが、武力を誇るような剣士ではない。

 とは言え、戦いに言い訳は通用しない。


「土精霊よッ! 足を絡み取れッ!」


 剣で敵わないなら精霊術を使えば良い。

 リンスキーは次々と精霊言語を使って精霊へと働きかけていった。


「水精霊よッ! 氷結の錐と化し敵を貫けッ!」


 オークロードは追尾してくる土の塊から逃げつつもリンスキーの方へ突っ込んでくる。作り出した水が氷柱つららのような形状に変化すると、パキパキと音を立てながら凍り付いていく。リンスキーは迷わずそれを撃ち出して自らもオークロードに向かって走った。


 およそ10本にもなる氷柱つららがオークロードに迫る。

 槍を振るってその内何本かを吹き散らすも、流石に全ては避けきれずにその体が氷柱に貫かれる。オークの丈夫な皮膚をも貫いて鮮血がほとばしるが、それでもオークロードは止まらなかった。


 オークはこの突進力が脅威なのだ。

 リンスキーはそれを重々承知していた。

 氷柱による攻撃がオークロードに肉迫した段階でリンスキーは既に火精霊に干渉していた。


 火精霊が火炎を生み出し、オークロードの体を焼き焦がす。


「グルアアアアアアア!」


「やかましいッ!」


 炎に包まれてとうとう足が止まったオークロードに、リンスキーは長剣で斬りつける。一撃で両断するような膂力はないが、チクチクとダメージを蓄積させていけば良いのだ。


 オークロードは槍を振り回して暴れるが、闇雲に振るうだけでは当たらない。

 リンスキーが何度目かの攻撃を仕掛けた時、暴れ狂うオークロードは破れかぶれに予期せぬ刺突を繰り出した。


 ――反応できないッ!


 槍の穂先がリンスキーの胸に迫る。

 苦い物が胸に込み上げてくる。

 槍の突きがまるでスローモーションのように迫り来るのを感じてリンスキーは覚悟を決める。


 が。


 槍の先端はリンスキーの皮鎧の胸の部分を破壊して止まった。

 オークロードを追尾していた土精霊が、その足を絡み取ったのだ。

 そのまま脚を伝い土に覆われていくオークロード。


 肝が冷えて一瞬で汗が止まる。


 オークロードは【刺突】のスキル持ちだったのか、強烈な一撃であった。

 皮鎧がリンスキーをギリギリのところで護ったのである。

 敵が動き出す前に勝負を決めなければならない。

 リンスキーはすぐに動くと長剣でオークロードの首を掻き斬った。


「オークロードは討ち取ったぞッ!」


 リンスキーが長剣を頭上に掲げて大喝すると、ハイエルフたちから歓声が上がった。オークは驚いて逃げる者、残って戦う者など様々であったが、リンスキーの決断は速かった。


「追わずとも良いッ! 多対一で当たれッ! 隊列を組み直すんだッ!」


 各所でハイエルフ軍とオーク軍の一進一退の攻防が続いていた。

 戦いの趨勢すうせいはまだ決まらない。


 勝利の女神がどちらに微笑むのか、まだ誰にも分からなかった。

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