第77話 聖地奪還戦
レリオウス歴1686年5月。
交渉が決裂したことで、ハイエルフの方針は一致を見た。
ルベルジュの会の後、オークが清浄なる泉から出撃してスリナ砦を襲撃してきたが、砦を任されていたリンスキーの奮戦と妖精王の迅速な援軍により、これを撃退した。オークも来たる決戦の前に余計な損害を出すつもりはなかったようで、すぐさま兵を退いた。
妖精王はスリナ砦周辺に北部のハイエルフの軍を派遣。
砦には念のため補給物資を運びこませ、戦いが長引いた時のために備えた。
そして現在、リングネイトの森全域のハイエルフの兵が結集され、オークが拠点としている清浄なる泉の前方10キロマイト付近に妖精王自らが兵を率いて布陣していた。
その数およそ二五○○。
これも南部の兵力が加わったお陰である。
リングネイトの森に棲むハイエルフを総動員した兵数ではないが、全体の7割程度を決戦に投入したようだ。セレンは、あの森林の中にこれほどの数のハイエルフが暮らしていたのかと今更ながら驚いていた。
ほんの数年前まで森林に囲まれていた清浄なる泉は、オークによって占拠されて以降、大規模に切り拓かれ、今や当時の面影はない。
堅牢な砦とまではいかないが、加工された石を石垣のように積み重ねて1つの街として囲われている。
聖地は既に森の街から石の街へと変化を遂げていた。
妖精王によれば、聖地に作られた街に籠るオークの数は正確には判明していないようだ。セレンは、オークの戦闘員はゴブリンなどを含めても一五○○程度、多くても一八○○以下ではないかと聞かされていた。
ゴブリンは凶暴だが、それ程の力はなく個々の能力は低いため、訓練した兵士が集団になってかかれば、それ程の脅威ではない。
しかしオークはその多くが巨体を持ち、その体から繰り出される膂力は岩をも砕くと言う。まともに戦れば押されることは必至だが、ハイエルフには精霊術がある。
事前の軍議ではやはり精霊術による攻撃が中心になり、各部族の将軍級の者がそれを支援、あるいは敵が崩れれば突撃して敵を討ち取る算段に決まった。
セレンは遊撃隊として暴れまわって欲しいと言われている。
兵を率いる訳ではないので、遊撃隊と言うより遊撃人かも知れないが。
セレンの気持ちも固まっていた。
ジェ・ダとの戦いの後、気を失って危険な状況に陥ったところを助けてくれたネオンのために戦うのだ。
苦難と流浪の末にハイエルフの聖地を奪い取って拠点としたオークたちの気持ちも分からんでもないが、セレンは博愛主義者ではない。無理やり聖地を奪った上、更に森の奥地まで侵攻しようとした以上、それはセレンの信念と正義に反することである。例えオークが自らの正義を主張したとしても、人間には関係ないと言われたとしても、それは揺るがない。セレンに譲るつもりはなかったし、自分の信念と正義を貫いて、今できる精一杯を行おうと考えていた。
正義は衝突し合う。
真剣な顔でジッと聖地を眺めているセレンのことが気になったのか、隣にいたネオンが話しかけてきた。
セレンがいるのは本陣で床几に座っている妖精王のすぐ近くである。
そして中央のテーブルの周りを囲んでいるのは、ゴルセムナを始めとした各部族の族長たちであった。更に妖精王の傍らには他にガリレアとアマリア、そしてホーリスがいる。
前線でファルス族の兵の指揮するのはリンスキー将軍である。
「セレンでも緊張するのね。少し驚いたわ」
「あ、いや緊張はしてないんですけど……。自分の気持ちに折り合いをつけていたと言うか……まぁちょっと考え事をしていただけですよ」
「なーんだ。せっかくお姉さんが緊張を解してあげようと思ったのにー!」
抗議の声を上げるネオンを華麗にスルーして妖精王が真面目な面持ちでセレンに語りかけた。
「すまぬな。元々セレン殿には全く関係のない問題……。我が種族の問題は我ら自身が解決すべきところなのだが」
「いえ、僕が森でオークと戦った時からこうなることは決まっていたんですよ」
セレンは遠い目をして当時のことを思い出していた。
「しかし、やはり気になるのは人間の存在ですね」
「そうだ。我らが感知していない第3勢力が存在している可能性がある」
隠していた可能性も考えられるが、ルベルジュの会に出席したオークキングと取り巻きたちからは天力は感じられなかった。
リングネイトのハイエルフが団結した以上、オークたちを破ることは不可能ではなくなった。しかし、セレンはスキル【第六感】によって何か嫌な予感がしてならなかった。
妖精王が出陣の号令を掛ける。
ハイエルフ軍、二○○○は、聖地清浄なる泉を奪還すべく進軍を開始した。




