第73話 獅子奮迅
戦場は混沌が支配していた。
ガリレア率いるハイエルフの剣士団はオーク・ゴブリンの連合軍に蹴散らされ、セレンの後方では、支援攻撃を行っていた精霊術士たちにリザードマンの大軍が襲い掛かったのだ。精霊術士とは言っても剣を扱えない訳ではないそうなので簡単に殺られることはないだろうが、事態は一刻を争う。
少しでも早く、1分でも早く、1秒でも早く。
セレンはすぐに能力を使うことを決めた。
〈堕ちた幻影〉
〈憑依:⇒クロム〉
〈 :テルル〉
〈 :ガナッツ〉
〈 :セクター〉
〈 :コーネリアス〉
〈 :ニルファーガ〉
闇よりなお暗い漆黒がセレンの体を包み込む。
力が体の隅々まで行き渡り、あふれ出してくるのが感じられる。
その力を感じたのか、オークロードのジェ・ダがセレンの存在に気付いたようだ。怒りを滲ませた声で叫ぶ。
「あいつだッ! あの人間に全員で掛かれッ!」
それに応えて亜人たちがセレンに殺到する。
しかし、遅い。
セレンは一瞬にして目の前の5体の首を刎ねたかと思うと、背後から襲い掛かってきたオーク3体の胴を薙ぎ斬った上、その首を刎ねた。
中途半端な攻撃は後で後悔することになる。
そんなことはもう勘弁願いたい。セレンは学んでいた。
殺るなら確実に、だ。
2~2.5マイトはあるオークの剣撃は悉くセレンにかわされていた。
まるで剣が自分から避けているかのようだ。
また2体のオークが、セレンを何とか止めようと剣を振り上げるが、そんな攻撃など殺してくださいと言っているようなものだ。
すれ違う亜人たちを確実に地獄に落としながらセレンは走る。
狙いは……オークロードのジェ・ダ。
「セレンと言ったなッ! あれから強くなった俺の力を見るがいいッ!」
「黙れよジェ・ダ。強くなったのは俺も同じこと」
【憑依】スキルは降ろした霊魂と同等の力を得ると同時に、その状態で戦うことでセレン自身の能力を磨き高める。
それを繰り返すことで憑依させた者が持っていたスキルや剣技などの技術も習得することができるのだ。
クロムが死んでからセレンは数々の戦闘をこなしてきた。
つまり今のセレンを作ったのはクロムであり、テルルであり、ガナッツであり、セクターであり、ニルファーガであるのだ。
ジェ・ダの膂力から繰り出される袈裟斬りを軽く受け流したセレンは、大剣の重さを利用して回転すると、驚愕に目を見開いているジェ・ダの脳天に向かって大剣を振り下ろした。
それを受けようと大剣を掲げて両手で支えガードの姿勢を取るジェ・ダ。
遠心力の乗った全力の一撃がジェ・ダを襲う。
【全・力・斬・り】
勝負は一瞬――
次の瞬間、ジェ・ダは大剣ごとその脳天を叩き割られ、上半身が綺麗に下ろされていた。大剣と、それを支えていたジェ・ダの膂力、そしてかぶっていた鉄兜を全てぶち抜いて両断した訳だ。
ジェ・ダは断末魔の悲鳴を上げることもできずに討ち取られた。
それを目撃したオークやゴブリンは恐慌状態に陥って我先にと逃亡を開始した。
蜘蛛の子を散らすように亜人たちは散り散りになっていく。
湿地帯に足を踏み入れてハマって動けなくなる者、川に入って押し流される者など様々な様相を見せている。
セレンはと言うと、そんな敵は最早相手にするはずもなく、リザードマンに奇襲された精霊術士たちを助けるために駆け出していた。
と言ってもそれ程距離が離れていた訳ではない。
すぐに目についたリザードマンから順に叩き斬っていく。
精霊術士たちはアマリアを中心に、剣、槍、斧など多様な武器を装備したリザードマンを相手に円陣を組み、剣を抜いて戦っていた。
円の中にいる者は精霊術を使って攻撃しているようだ。
辺りには水精霊が飛び回っているのがセレンの目に入る。
巻き込まないでくれよと思いつつ、倒れ伏すハイエルフたちの間をぬって素早い動きでリザードマンを翻弄し1体ずつ確実に葬っていく。
「お前らの大将は俺が討ち取ったッ! 大人しく降伏しろッ!」
セレンの大音声にリザードマンの間に明らかな動揺の色が見えた。
しかし彼らは攻撃をやめなかった。
その内に円陣が破られ、中で精霊術を使っていたアマリアが数体のリザードマンに押し倒される。
「きゃッ!」
距離はまだある。
だがセレンは一瞬で間を詰める騎士剣技を持っていた。
【虎狼一閃】
セレンの姿が霞のようにブレて消えたかと思うと、次の瞬間にはアマリアを襲っていたリザードマンを薙ぎ斬っていた。
後には頭部を失って崩れ落ちるリザードマンの死体。
「怪我はないかッ?」
「えッ……はい……ありがとう……助かりました……」
セレンの問いに尻もちをついていたアマリアは少し呆けたような声で答えた。
彼女は何故かポケーッとした表情をしていて、その瞳は少し潤んでいる。
余程の恐怖を感じたのかも知れない。
セレンはそう判断すると、武器を片手に襲い来るリザードマンと斬り結びながらアマリアに指示を出す。
今は緊急事態だ。
指揮官がどうのと言っている場合ではない。
セレンの指示に従ってアマリアは無事なハイエルフと共に精霊樹の雫で傷ついた仲間を癒していく。
まだ、リザードマンと剣を交わしているハイエルフが見える。
セレンはすぐに駆けつけると一刀の下に斬って捨てた。
「後は任せて後ろへ下がれッ!」
リザードマンは一○○はいただろうか。
その半数近くを葬ったセレンは未だに戦意を失わない彼らに向かって吠えた。
「俺は剣聖クロムの子、セレンッ! 死にたい奴はかかってこいッ!」
剣聖の名を出したところで亜人などに通じるはずがないと思っていたセレンであったが、ここで1体のリザードマンが近づいてきた。
他の者とは違い鎧をまとっており、武器は三叉槍を持っている。
その体躯も他のリザードマンとは一線を画している。
人間とは全く違う顔なので表情は読めない。
セレンは警戒度を引き上げた。
「お前はあの剣聖クロムの子だと言うのか?」
「そうだ。貴様は父様を知っているのか?」
「そうか……。この強さなら嘘とも言いきれぬか」
「戦る気があるなら相手になってやるぞ?」
「もう戦う気はない。しかし、何故クロムの子がハイエルフに味方する? 元はと言えばオークの領域に踏み込んできたのはそちらなのだろう?」
「貴様が何を聞かされたかは知らんが、オークに上手く乗せられたようだな。先に戦いを仕掛けてきたのはオーク、そして手を組んだノースデンの人間たちの方だ」
「そうか……。どちらの言い分が正しいのか判断できん……。しかし勝てない戦はせん主義でな」
セレンは緊張した場の雰囲気が少し和らいだ気がした。
「それは殊勝な心がけだな。そちらが引くなら俺もこれ以上殺す気はない」
「よかろう。しかしガイ・ズめ……謀りおって」
その言葉には怒りが籠っている。
彼は踵を返すと他のリザードマンたちに撤退の号令をかける。
「待て。貴様は何者だ? 何故、父様のことを知っている?」
さっさと引き上げようとするリザードマンにもう1度問うと、顔だけをセレンの方に向けて言った。
「俺はコルニエ沼に棲むギルナード。クロムには討伐されかかっただけだ。それだけの関係だ」
そう言い捨ててギルナードは仲間をまとめ、川の下流の方へ去って行った。
コルニエ沼はジオナンド帝國の西部にある大きな沼地である。
憑依させたクロムの記憶を探ると、地理の知識として知っているだけだった物に加えて、そこにリザードマンが棲んでいることなどの情報が浮かんでくる。
相手は亜人である。
だが、ギルナードはこれまで戦ってきた亜人とは違っていた。
彼だけ青色の光に包まれていたのだ。
そしてセレンにはその揺蕩う光の正体を知っていた。
天力である。
亜人の中にも手練れの天力能力使いがいるかも知れないと言う現実にセレンは身が引き締まる思いがした。




