第71話 大砦攻略戦
セレンたちが早朝からオークの砦への奇襲を開始して、時は経ち、太陽が随分と高い位置へと移動していた。
順調に砦を落としていったセレンの部隊は、今までとは明らかに異なる砦へと到着していた。近くの川から引いた水堀に囲まれており、中が見えないように板塀が立てられている。唯一、見えるのは、板塀よりも高い櫓で、全方位をカバーしている。
川に加えて湿地帯も存在することから攻める場所が限られてくると思われた。
「チッ……大きいな。中に二、三○○はいるんじゃないか?」
「そうね。今までの小さな砦にいたのは約三○~五○くらいだったと思うから……」
ガリレアの憂いを含んだ言葉にアマリアも同意している。
これまでの戦いでハイエルフ側に犠牲者は出ていない。
怪我人が少しいる程度だ。
セレンが初めてネオンと出会った時に倒したオークの被害はとても甚大で、オークは長い期間攻勢に移れなかったと彼女から聞いている。
リングネイトの森の北部に棲むハイエルフの兵力は、およそ一五○○程と妖精王が言っていた。今回の作戦に限られた戦力しか投入できない辺り、ハイエルフ族の間も一枚岩ではなさそうだ。
オークが短くない期間、大人しくしていたのは、いくらオークの繁殖力が異常で、その成長も早いからと言っても流石に短期間で体勢を立て直すのは無理だったのだろう。今頃になって大量の砦を築き、攻勢に出たのも森林以外に棲むゴブリンやオークをかき集めた結果らしいとネオンと妖精王から聞いていた。
「あの湿地帯が厄介だな。力押しでは厳しいか……?」
セレンも自問自答している。
これまでの戦いでセレンは天力能力を使わずにオークたちを葬り去っていた。
自身でも手応えを感じており、オークの二、三○○程度、能力なしでも戦えるだろうと思っている。
それでも籠られたら厄介だ。
1人で潜入して殺戮の限りを尽くしても良いのだが、この地をめぐる戦いにセレンがでしゃばり過ぎるのもどうなのか。
それに確かにセレンは亜人や魔物は人間の敵で殺すべき存在だと教えられてきた。
しかし敵対したから止む無く殺すのと、積極的に殺しにいくのとでは大きな違いがある。セレンはここのところの心境の変化に少し戸惑いを覚えていた。
ちなみに世界には様々な知的生物が存在するが、人間に友好的なのはエルフ族とハイエルフ族、ドワーフ族、そして一部の獣人や他種族と人間とのハーフくらいのものである。
「この砦は昔から?」
「いや、昔は朽ちた古い砦跡があっただけだ。こうなったのは人間たちがやってきてからだろう」
ガリレアはわざとらしく"人間"の部分を強調して話すが、セレンは特に相手にしない。どうやら最近になって補強・改築された砦のようだが、むしろ偵察に出ていた斥候が何をしていたのかと問い詰めたい心境であった。
その人間とやらは、ノースデンの人間――〈義殺団〉だろう――で間違いなく、ハイエルフたちの身柄と土地を奪うべく入れ知恵したのだろう。
「籠られては犠牲が出るでしょう。まず精霊術士が火の精霊に働きかけて砦に火を放つのはどうでしょうか?」
「……なるほど。それでオークたちをあぶり出す訳ね?」
アマリアはセレンの意図をすぐに汲み取ったようだ。
「まぁそう言うことです。最初の奇襲から時間も経っていますし、僕たちの存在と戦力はバレているでしょう。敵兵がガリレアさんの予想通りなら優位と見て討って出てくるのではないでしょうか?」
「いいだろう。俺たちの力を見せつけてやろうじゃないか」
ガリレアも乗り気になり、不敵な笑みを浮かべている。
「剣士団はあの隘路に配置しよう。あそこなら囲まれない」
砦が川と湿地帯、水堀に囲まれる中、まともな道は1つしかない。
ガリレアが指差したのは、唯一出入口である跳ね橋がある場所であった。
そうと決まれば話は速い。
セレンがいち早く動こうとすると、ガリレアがそれを制した。
「もう砦をいくつも落としてきたことだしセレン殿もお疲れだろう。ここは俺たちが先頭に立つ。貴殿は我が隊の後ろで見ているがよかろう」
「しかし敵軍の数は多いのでしょう? 僕も前線で戦いますよ。余計な犠牲者を出したくない」
「こちらには精霊術がある。火を放った後、出てきたオーク共に術で攻撃を仕掛ける。近くには水もある。火、水、風、土、どの精霊による攻撃も可能だ」
アマリア曰く、水精霊はどこでも呼び出せるが近くに水場があれば、その力は増大すると言うことだ。
「ここは功を争っている時ではありませんよ。協力して当たるべきです」
「協力はするさ。セレン殿には精霊術士の護衛をしてもらう」
「護衛ですか……まぁ構いませんが、これだけの規模の砦です。オークロードなんかの幹部級がいてもおかしくない」
「そんなことは理解している。だが、鍛え抜かれた精鋭である我々を抜ける者などいない」
「オークの上位種の突破力をナメてはいけませんよ」
「くどいッ! これは確定事項だッ! 指揮官は俺なのだッ!」
ガリレアはそう言い放つとセレンに背を向けて剣士団の方へスタスタと歩いて行ってしまった。
まさに取りつく島もない。
セレンはガリレアとの間に深い溝があることを痛感するのであった。




