第7話 ガリランド神殿にて
亜人や魔物に襲われたのは1度や2度だけではなかった。何故か大規模な襲撃あった上に、盗賊団にも襲われて一行はようやく聖地アハトに到着した。
結局、襲撃は全てクロムが中心となって撃退した。
結果はクロムの強さをメリッサを始めとしたラディウス兵たちに再認識させただけであった。セレンも自分の予想の軽く上を行くクロムの強さに興奮を隠せないようで、クロムを見る目が以前より増して尊敬の念の籠ったものになっている。
アハトの街のトップであるメリッサの帰還である。
罪人がいると言うのに、お迎えは盛大なものであった。
罪人護送用の馬車から降りたクロムとテルル、セレンは今日から過ごす部屋へと通された。そこはクロムが考えていたよりも広く、ベッドを始め、家具類も罪人が使うものとは到底思えない上質なものであった。
セレンも……そしてテルルさえもクロムと同じ思いなのか、少し驚いたような表情をしている。
「テルル、セレン、今日からここで過ごすことになる。色々と不自由なことも多いだろう。すまんが我慢してくれ」
「父様、僕に不満はありません。父様の無罪が証明されるまでここで修行に励みます」
セレンは無邪気にはしゃいでいる。我が子ながら良い子供に育っていると思う。
これもテルルの教育によるところが大きいだろう。
事実、2人の兄よりは大人しいが、セレンは真面目で正義感も強い。
家庭教師は皆、同じ人物をつけていた。違いが出るとしたら母親の差であろうとクロムは思っていた。
クロムはふとテルルの様子を窺うが、セレンの言葉に満足しているのか柔和な笑顔を浮かべている。
「そうか。流石は俺の息子だ」
クロムはそう言うとセレンの頭を乱暴に撫でた。
「な、なんですか父様!」
セレンは坊ちゃん刈りの頭を乱されて一生懸命直そうとしている。
「それじゃあ、ちょっとメリッサ様のところへ行ってくる」
クロムがそう告げて部屋の扉を開けると、修道女が目の前に飛び込んで来た。
彼女は慌ててトレイをひっくり返さないようにバランスを取る。
恐らく、飲み物を差し入れに来てくれたのだろう。
待遇が良いのはメリッサのお陰であるのは間違いないように思えた。
クロムは、司教であるメリッサの部屋の場所を知っていた。
何度もこの地を訪れたことがあるからだ。
彼女の部屋へ到着するまでに神官や修道士などとすれ違ったが、誰もが黙礼をしてきた。
ここには尊大な態度を取る者はいない。クロムが罪人であるにも関わらず、だ。
クロムは思わず、ふふッと笑みをこぼしてしまう。
そしてメリッサの部屋の扉を力強くノックする。
この部屋の扉はかなり重厚な造りをしており、強めに叩かねば中に響かないのだ。
「どうぞ」
「クロムです。失礼します」
部屋の主はすぐさまクロムを迎え入れた。
そして無骨な造りのソファーに座るよう促した。
場所が場所だけあって、豪華な造りではなく座った感じも決して柔らかいものではないが全く問題はない。
戦場には快適な環境などないのである。
もう数えきれない程の戦争を経験しているクロムとしては、その辺りに関しては無頓着な方であった。
「ようやく腰を落ち着けて話すことができますね」
メリッサがそう言いながらクロムの対面に座った。
ラディウス聖教国の神官の中でも高位の者しか身につけることのできない紫色の神官服がとても似合っている。
そして彼女の綺麗に纏められた金髪がしゃなりと肩にかかる。
「私の無実を信じて頂き感謝致します」
「良いのです。帝國の要である貴方があのような狼藉に及ぶはずがありませんから」
深々と頭を下げるクロムを制しつつ、メリッサはクロムの目を真っ向から見つめると断言した。
クロムも彼女の蒼い瞳をジッと見つめ返す。
信じてもらえると言うのは本当にありがたいことだ。
「それでは事件の詳細を話して頂けますか?」
立会人であったメリッサはクロム本人からは何も聞き出せていなかったのだ。
事件の経緯などは法廷で聞かされたものが全てであった。
「……はい。あの時……私は第2皇子殿下の使いを名乗る者から呼び出しを受け、彼の部屋へと赴きました。部屋へと通された私の目に飛び込んで来たのは、帝國兵に囲まれた殿下の姿でした」
「帝國兵が? 彼らは生きていたんですか?」
メリッサは既に聞いている話であったが、事件の概容を聞き取って行く。
疑いを掛けられた本人から聞くことが大事なのだ。
「ええ。見た瞬間、何か違和感のようなものを覚えましたが、抜剣した兵士が殿下へ襲い掛かったので私も咄嗟に剣を抜いて、兵士を斬り捨てました。その後は取り乱す殿下を護りながら掛かってくる兵士を全て倒しました」
「第2皇子殿下に変わったところはありませんでしたか?」
「あまり殿下に拝謁する機会はなかったので良く分かりませんが、今思えば何となく取り乱し様が激しかったように思います」
「兵士たちは貴方を見ても全く怯まなかったのでしょうか?」
「そうですね……。恐れることなく襲ってきたように思います」
その言葉にメリッサは納得のいかないような顔をして顎に手をやった。
国内外に勇名を轟かせているクロムの強さを知らない者などいないと言っても過言ではない。
「おかしいですね。王城内にいる帝國兵で貴方の顔と実力を知らぬ者などいないでしょうに……」
「ふむ。確かに私に勝てると考える者などほとんどいないでしょう」
これは傲慢でも驕りでもない。
クロムの経験からくる絶対の自信を基にした厳然たる事実であった。
「それで全員を斬り伏せた後に、モンステッラ殿が駆けつけてきたと言う訳ですか?」
「その通りです。モンス……ラムダーグ卿が衛兵と共に部屋に入ってきて、その後、近衛兵もやってきました」
この点についてはクロムもタイミングが良過ぎるように感じていた。
もしかしたらモンステッラすらも第2皇子の部屋に誘導されていた可能性もある。彼の証言では、王城内を衛兵を連れて歩いていると、剣撃の音が聞こえたと言うことだ。
「殿下の怪我に関してはどうですか?」
「私が見た限りでは怪我はなかったように思います……。それに兵士の剣にも血は付いていなかったかと。断言はできませんが」
「なるほど……。やはり貴方はハメられたのかも知れませんね。モンステッラ殿が見た状況は、混乱する第2皇子殿下の前に血がべっとりと付着した抜き身の剣を持った貴方がいて、その周囲には護衛と思しき帝國兵が倒れ伏していた、と言う感じでしょう」
「そう見えるでしょうな。オマケに使いの男がラムダーグ卿に助けを求めたのが決定的だと思います」
「確か、その使いの男は後日姿を消したと……。貴方の政敵に当たる人物に心当たりはおありですか?」
「私は権謀術数には疎くて派閥とは距離を置いていましたからな……。強いて言えば、セルニグア王国との交渉を取り持っていたことくらいでしょう」
クロムが言っているのは、レリオウス歴1670年にジオナンド帝國が南西にあるセルニグア王国と一戦交えた後の話だ。
和睦の条件としてセルニグア王国の姫を帝國に嫁がせることになったのだ。
この戦争は、セルニグア王国の事実上の敗戦であり、姫を人質として取られた上での従属的同盟の形になったのである。
最初は帝國の第3皇子に嫁がせる話だったのが、皇太子が美姫として名高いジェローラ姫を半ば奪い取る形で婚姻関係を結ぶことになったのだ。
「やはり、セルニグア関連ですか……。彼の国の姫殿下が皇太子殿下に嫁がれて皇太子妃殿下となった。それを取り持った貴方が皇太子派だと思われて罪を着せられた。つまり真犯人は第2皇子殿下、もしくはその派閥の者でしょう」
「こんなことになるのが嫌で政治とは極力、関わらぬようにしていたんですがなぁ……」
クロムは遠い目をして、どことなく他人事のように言った。
そんな彼を見て、メリッサもフフフと微笑む。
「貴方は皇帝陛下の信頼も厚く、その発言力は大きかったですからね」
「陛下の下で働けなくなったのは残念でなりません」
「恐らく、減刑は皇帝陛下の意向も反映されていたでしょう」
実際、皇帝の命令があればクロムは直ちに復帰することができるだろう。
それだけ現ジオナンド帝國皇帝の力は強い。
強引に法の力をねじ伏せることも出来なくはないのだ。
貴族諸侯からの反発さえ気にしなければ。
事実、今回も貴族の強烈な突き上げがなければ、クロムは罪を問われていなかった可能性すらある。
「ええ、生きてさえいれば何とかなるものです。いずれ汚名を雪ぐ機会も来るかも知れません」
クロムの目にはまだまだ強い意志が宿っていた。
そこには将来に対する不安などまるで感じられない。
「そうですわね。ここはラディウス聖教国の聖地……しばしの休息だと思って英気を養ってください」
「ありがとうございます。これからお世話になります」
「ええ、我が国の名に懸けて貴方たち一家の安全を保障致します」
メリッサはクロム一家を快く受け入れると共に、でき得る限り力になると宣言したのであった。