第63話 森の情勢
ノースデンを出たセレンは、南の街ミッドフェルへ向かわずにリングネイトの森へ入った。もちろん、ネオンとの約束があったからだ。
一刻も早くミッドフェルにいる仲間たちと合流したかったが、恩を返さぬままこの地を去る訳にもいかない。
この森はもう何度も来ている勝手知ったる場所である。
その足取りは軽い。
ノースデンの〈義殺団〉壊滅以来なので、結構な期間空いてしまったがオークとの確執はどうなっているだろうかとセレンは心配になる。
何度も訪れた狩場を通り、どんどんと森の奥へと入って行く。
時折、獣がひょっこりと顔を出すが、セレンを見ては一目散に逃げて行く。
「まぁ獣からしたら俺は天敵みたいなものだからな」
セレンは苦笑いしつつ少し傾斜のついた森の中の山道を進んで行く。
以前に迷わないようにつけた目印は既に無くなっていたが、経験なのか記憶のお陰なのかセレンの足が止まることはない。
最奥部――妖精の森に近づけば、森が放つ幻想効果で入ろうとする者は惑わされてしまう。ネオンはセレンが来れば分かるらしく、案内役を迎えに寄越してくれるため問題はない。彼女がどうやってセレンの接近を感知しているのかは分からないが。
セレンはもうすぐ目的地だと考えていたが、その目は視界の悪い森の中に蠢く亜人の姿を捉えた。先に見つけられたのは、【広域探知】、気づかれなかったのは【忍び足】の効果のお陰だろう。
音を立てないように繁みに身を隠し、様子を確かめようとそっと覗き見る。
もちろん【気配遮断】は使用済みだ。
これは初歩的なスキルだが、一般的な獣やごく普通の人間や亜人程度には効果は大きい。逆に言えば、ただ者でない存在があれば、簡単に看過されてしまうとも言える。
そこにはゴブリンとオークがいた。
数までは把握できないが、多くの人員が投入されているようだ。
亜人の群れは森の木々を切り拓いて砦のような物を造っている。
ハイエルフからしてみれば、とても許せる行為ではないだろう。
彼らの胸中は如何ばかりか。
セレンは、亜人たちと一戦交えるとしてもネオンに状況を確認してからでも遅くはないと考えた。面倒だが、ここは迂回することにしてセレンはその場から離れた。
セレンが約束の場所にたどり着いたのは、それから体感で1時間程経った頃であった。迂回したはいいが、亜人たちは他の場所でも砦を築いていたのだ。
こうやって徐々に支配領域を広げていき、妖精の森の中心地リーンフェルを追いつめて行くつもりなのだろう。
しばらく大樹の下で待っていると、案内役らしきハイエルフがやってきた。
今回もいつもと同じハイエルフのようだ。
セレンは彼とはここへ来る度に顔を合わせているため、既に仲良くなっていた。
名をホーリスと言う。
「お久りぶりですね。セレンさん」
「お久しぶりです。皆さんお元気ですか?」
「ええ、度々小規模な衝突は起きますが、死者もでていませんし、皆至って元気ですよ」
「それは良かったです。変わったことはありませんでしたか?」
「うーん。特には……亜人たちが砦を造っているのでこちらも精霊の力を借りて防御拠点を構築しているくらいでしょうか」
セレンは精霊と言う存在はどう言う物なのか考えていた。
ハイエルフ族やエルフ族も、精霊の一族らしいが、彼らは精霊の力を借りると言っていることから、より上位の存在であるのかも知れない。
一応、ゴブリンやオークも精霊から堕ちた存在だと言うことなので精霊の一種と言えばそうなのだろう。ネオンたちは決して認めないだろうが。
そして妖精王と呼ばれる存在だ。
リングネイトの最奥に棲むハイエルフ族の長であると言うが、セレンはまだ会ったことはない。リーンフェル周辺に暮らす南北の6部族――ファルス族、ネート族、エネフォーラ族、コルツァ族、テリーヌ族、ライラ族の中から妖精王は選出されるらしく、現王はファルス族であるネオンの父親であると言う話だ。
セレンとホーリスは話しながら森の最奥を目指した。
その間に大樹が変形した木々が要所要所に存在しているのをセレンは目にする。
ホーリスが言うには精霊の力で木々変質させ、防衛機構に変化させているらしい。
所謂、要塞のような物である。
森林に棲む精霊が木々をそのように扱うことに思うところはないのか、セレンとしては気になったが敢えて触れないでおくことにした。
やがて見覚えのある集落へ到着する2人。
木の板で集落全体が囲ってあり、鋭く削った木の杭が外向きに並んでいる。
内部は程よく間伐がなされており、麗らかな日光が降り注いでいる。
大樹の洞を棲み処にしている者、地面に木の家を建てて暮らしている者と様々である。
取り敢えず、変わりがないことにホッとするセレン。
久しぶりにセレンはやって来たのだ。
妖精の森、このリーンフェルの地へ。




