第58話 貫き通す者
ノースデンの警察機構コパンの1番隊隊長、ニルファーガはただひたすら混乱していた。
――何だ?
何なんだこのガキは。
何故、スラムの子供風情がこんな情報を知っている?
記憶を喰う天力だと!?
それだけじゃあない。
記憶を喰う能力使いなのだとしたらこの強さは何だ?
それが本当だとしたら何なんだこの戦闘力は。
記憶喰いの能力に加えて
ここまで強力な攻撃系の能力を持っているとでも言うのか?
俺だって天力能力使いなんだぞ?
いくら俺の攻撃系能力の使い勝手が悪いとは言え、
こんなガキに俺が手も足もでないなんてことがあってたまるか!
しかもこいつの能力がまるで分からない。
使っているのは騎士剣技とスキルだけのようだが、
肝心の能力を使っている感じがしない。
天力を感じるのに、能力のヒントすら掴めない。
せっかくこの街でコパンとして力をつけ、
〈義殺団〉と良好な関係を築くことができたのだ。
ミスリルの鉱山都市ノースデン。
この莫大な富をもたらす都市を裏から操ると言う俺の野望が潰えてしまう。
こいつは危険だ。
消さねばならない。今ここで消さねばならない。
このままでは――
ニルファーガは動かない部下に見切りをつけて、セレンへと斬り掛かる。
セレンは剣技や騎士剣技が使えるようだ。
離れていてはまともに喰らってしまう可能性が高い。
そんなニルファーガの考えなどセレンはお見通しであった。
焦りから不用心に間合いを詰めてくるニルファーガにセレンが聖剣技を放った。
【氷結破裂錐】
ニルファーガの目の前に突如として、氷柱のような氷の華が咲く。
「チッ! また騎士剣技かッ!?」
本当は聖剣技なのだが、ニルファーガは騎士剣技だと思っていた。
当然、ニルファーガはセレンから何かしらの攻撃があることは予想していた。
剣技やスキルは予兆があってから発現するまで時間が掛かるものも多い。
ニルファーガは体を投げ出すようにしてかわそうと試みるも錐の何本かに脚を貫かれる。ゴロゴロと転がりながら、そして脚の激痛に耐えながら体勢を立て直すと天力で傷口を強化して走る。
ニルファーガの狙いは零距離で〈悪魔の睨み〉を放つことだ。
セレンの動きはそれ程までに常軌を逸していた。
高々11歳の子供がして良い動きではないが、流石に近接からの悪魔の瞳による攻撃をかわせるとは思えない。
【地錐突撃】
――またかッ!
今度はニルファーガの足下から黄色い靄のようなものが発生したかと思うと、地面から円錐状の物体が現れて鋭く天を衝く。
体を捻って寸でのところで身をかわすニルファーガ。
それでもかすった部分の皮鎧が削り取られる。
内心ヒヤリとしたニルファーガが前を向くと、そこには大剣を水平に構えて飛び掛かるセレンがいた。
「くっそぉぉぉぉ!!」
セレンの横薙ぎの一撃を両刀を交差して防御したニルファーガは、地面に足をつけたまま弾き飛ばされる。
同時に天力で具現化していた短刀は崩壊して粒子へと変わって行く。
再び、両手に短刀を創り出すニルファーガであったが、セレンは次々と攻撃を畳み掛けてくる。ギリギリのところでセレンの剣撃を受け流していたニルファーガは、とうとう自らの能力を発動した。
〈悪魔の睨み〉
ニルファーガの言葉を受けて周囲に四角錐の物体が出現した。
その物体には全てを見通すかのような大きな瞳が張り付いている。
既に、監視に回していた天力は解除して、全てを〈悪魔の睨み〉に注ぎ込んだ。
その瞳の数は4つ。
ニルファーガの周囲を飛び回りながら、セレンへ向けて光線を放つ。
光線と言ってもその色はコーネリアスのものと同じ闇のような黒。
セレンもニルファーガの攻撃系の能力を警戒していたのか、軽やかな動きでそれらをかわし、大剣で弾いて消滅させる。
「撃ちまくれッ!」
「これが貴様の切り札かッ!」
「4つの瞳から逃れられると思うなッ!」
ニルファーガは4つの瞳と神経を同調させていた。
瞳の攻撃と連携すれば、流石のセレンも苦戦は免れないはずである。
そう考えたニルファーガであったが、その期待は一瞬にして崩れ去る。
能力発動時に仕掛けた同時攻撃により、セレンの額が十文字に斬り裂かれる。
だが、それだけだった。
絶えず瞳から放たれる光線をかわしながらもセレンの動きに変化はなかったのだ。あっと言う間にニルファーガに近接すると、下から大剣を払い上げる。
その一撃は重い。
まともに受けては先程の二の舞である。
何とか威力を受け流すか、かわし続けるしかないのだ。
ニルファーガ自身の体を盾にすることで瞳の攻撃から身を守りつつ、セレンの攻撃が飛ぶ。重い大剣をまるで自分の手足の如く扱った連撃が迫り来る。
中段突き。
払い上げ。
袈裟斬り。
刃を返しての左逆袈裟斬り。
右横一文字で短刀の防御を崩し。
足払いからの――刺突。
ニルファーガはセレンに翻弄され続けていた。
ガードは既に突破され、言葉の通り、地面に足が着いていない状態であった。
セレンは、こじ開けた懐に入ると勢いを殺さぬまま鳩尾に大剣の柄を叩き込んだ。
「ガハッ!」
大きく吹っ飛ばされるニルファーガであったが〈悪魔の睨み〉が間に入ったお陰でセレンの追撃を免れる。
しかし、代償は大きい。
ニルファーガが血を吐きながら立ち上がった時には悪魔の瞳は4つ共消滅していた。
――マズい、攻撃が来る。
朦朧とする意識の中でニルファーガは自身を鼓舞し続けていた。
――殺られる訳にはいかない。
セレンの天力が高まる。
――築き上げてきた物が。
【雷轟神聖撃】
――崩れ去る。
ニルファーガに聖剣技が決まった。
「ガァァァァァァァ!」
凄まじいまでの轟音がこの場にいた全員の耳をつんざく。
と同時にニルファーガの絶叫も。
神が天から落とした裁きの雷撃をまともに喰らいニルファーガの意識が途切れそうになる。
ニルファーガは辛うじて立っている状態だ。
「ア……ガ……」
「終いだ」
セレンは大剣を鞘に収めると、腰を落として居合の構えを見せる。
そこへ、コパン一番隊の副隊長ノーアが叫びながらセレンとニルファーガの間に割って入った。
「待てッ! 待ってくれッ! 〈義殺団〉の件は俺が調べる。だから隊長は殺さないでくれッ!」
セレンは居合の姿勢を解かぬまま、上目使いでノーアをねめつける。
「お断りだ。俺はセクターさんの仇を討つと決めたんだ。もう甘っちょろい自分に戻る気はないッ!」
「君の言っていることが本当だとしても、やっていることは私刑と変わらないッ! 証拠を掴んで裁判に掛けるべきなんだ」
「そんなことは自覚しているッ! だが俺の中では既に明らかな事実なんだッ! これはあんたの国を敵にしてもやるべきことなんだよッ!」
「止めるんだッ! 復讐は何も生まないッ!」
「得られる物があるッ! 為し遂げないと前に進めないことがあるッ! 通さなければならない筋があるッ!」
「待ッ」
【気合一閃】
その瞬間、全てが終わりを告げた。
止めに入るノーアをかわし、ニルファーガの脇を一瞬で駆け抜けたセレンは抜刀した大剣を再び鞘へと戻す。
セレンはようやく大地に倒れ伏した首のない死体に向かって言った。
「俺を子供風情と過小評価したことが貴様の敗因だ」
その瞳には軽蔑の色がはっきりと浮かんでいた。




