第55話 殴り込み
〈義殺団〉のアジトはスラム街の中心地に堂々と存在している。
それは最早アジトと言うべき物ではなく、敷地は高い塀に囲まれ邸宅は地方の弱小貴族のそれなどとは比較にならない程、立派な造りをしていた。
反社会団体がこうも堂々と大邸宅を構えているのに、ノースデンの警察機構コパンは動くことはない。
実際、彼らは狡猾であった。
レイラーク王国直轄地であるノースデンに送り込まれてくる代官は、そのほとんどがファーストコンタクトで籠絡される。
こうも簡単に籠絡されるのは、彼らが元々〈義殺団〉に好意的と言うことだけでなく、その接待には金が惜しみもなくつぎ込まれていることもあるが、何より弱小貴族なら簡単に潰してしまえる程の力を持っていることが大きいだろう。
ノースデンに赴任した代官は任期を問題なく全うしたいと考えている者ばかりである。〈義殺団〉がノースデンのミスリル利権に喰い込むべく、この土地に進出してからまだそれ程時間は経っていないが、代官の身としては多少のことに目を瞑っても互助関係を築く方が良いと考える者が多いのであった。
〈義殺団〉は元々、隣国ネクスサンド王国との戦争時に結成された義勇兵的な組織である。
レイラーク王国の王都ノルドライクにいた、クルセイドと言う男が率いる任侠集団が各地に檄を飛ばし、現在の〈義殺団〉が誕生、押されていた戦局を覆すに至った。
レイラーク王国が、何とかネクスサンド王国との戦争を痛み分けに持ち込めたのは〈義殺団〉のお陰だと言うのが、王都における一般国民の認識であった。元々、脛に傷を持つクルセイドが力を持ったことに難色を示す者も少なくない中、レイラーク王国は〈義殺団〉と良好な関係を築いていく道を選択した。
救国の英雄となった彼に民衆からの人気を考慮したことも大きい。
現在の〈義殺団〉は、麻薬であるケッシーの実の栽培から薬物売買、奴隷狩り、奴隷売買など、ありとあらゆる犯罪に手を染めている。レイラーク王国が彼らを取り締まらないのは、それらを国内で行っていないからと言う理由が大きい。
言うなれば〈義殺団〉は、レイラーク王国公認のマフィアなのである。
セレンは今、スラムには似つかわしくない大邸宅の門の前にいた。
「ここを潰せば〈義殺団〉は終わる。俺の手で全て終わらせる」
門前には見張りの兵すらいない。
まさか正面から馬鹿正直に殴り込んでくる者がいるとは思ってもいないのだろう。
「ハッ!」
気合一閃、檻状になっている鉄の門を斬って敷地へと侵入する。
敷地へ入ったと言ってもすぐに邸宅があると言う訳でもなく、周囲には広大な土地が広がっており、芝生が敷き詰められている。
厳冬期と言うことで、セレンの視界には寒々とした白色しか映っていない。
それでも綺麗に手入れされた芝生や木々は庭園のように美しい。
セレンは大邸宅へと通じている大きな道をゆっくりと歩いてゆく。
薄らと積もった雪にその足跡が残る。小さな足跡だ。
「ふふ……ブーツも新しい物に変えなくちゃな」
足を踏み出す度にギュッギュッと雪を踏みしめた音がする。
昼過ぎだと言うのに、辺りは静寂に包まれており、喧騒の1つも聞こえてこない。
セレンはあっさりと邸宅の大きな扉の前まで来ると、少し拍子抜けしながらも扉を押す手に力を籠めた。
ギギギと木がこすれ合う音が響く。
扉を開くと、中には1人の男がズボンのポケットに手を突っ込んで柔和な笑みを浮かべていた。
腰には一振りの大剣。
セレンはお構いなしに中へ入ると、少し大きな音を立てて扉が閉まった。
「俺が来ることを知っていたな? お前が〈義殺団〉のトップか?」
「ご名答。俺の名はクルセイド。話には聞いていたが、中々キレる子供のようだな。それに腕も立つと言う」
「だからどうした。今ここでお前の命脈は断たれる訳だが、何か言い残すことはあるか?」
「ふ……ッ、怖いな……。言い残すこと……か。ではこう言う話はどうだ? 坊主、俺たちの仲間になれ」
「それこそ有り得ん話だ。それ位理解しているだろう?」
「そうだな。まぁ言ってみただけだ。気にすんな」
淡々と問答のように会話を続ける2人であったが、セレンは周囲から無数の圧力を感じ取っていた。玄関は大ホールになっており、正面に大きな階段が2階へと螺旋状に続いていて、吹き抜けのような感じになっている。
クルセイドは階段途中の段上に佇んでいた。
そこかしこに〈義殺団〉のメンバーが潜んでいることは間違いないだろう。
セレンは腰の大剣の柄に手を掛けた。
既に〈堕ちた幻影〉を使って、クロムの霊魂は降ろしてある。
雑魚程度なら能力を使うまでもないだろうが、敵は〈義殺団〉のトップ。
念には念を入れる必要がある。
セレンとしては自力のみで戦えないのは悔しいことこの上ないが、こればかりは仕方ない。セレンは仇討ちのためまだまだ死ぬことは許されない。
居合技を使って一瞬で決める。
腰を落とすセレンを前にクルセイドが天力能力を発動する。
〈舌氣狂言〉
【乾坤一擲】
それに遅れることわずかなタイミングでセレンが居合技を発動する。
目にも留まらぬ速度でクルセイドへ迫るセレンに、クルセイドの大音声が襲う。
「動くなッ!」
しかし、セレンは止まらない。
「何ッ!?」
驚愕に目を見開くクルセイドは、慌てて剣で防御しようとするが、間に合わない。大剣で斬りつけられ、クルセイドの左腕が宙を舞う。
セレンの狙いは首であったが、少し距離があったのとクルセイドがよろめいたせいもあって叶わなかったのだ。
「がぁッ!」
クルセイドは苦悶の声を上げてよろめき、バランスを崩すが何とか体勢を立て直す。必殺の一撃を防がれたセレンは、すぐに追撃へと移る。
長引けば何が起こるか分からない。
セレンは先日の戦いと同じ轍を踏みたくなかった。
2人が斬り合いを演じていると玄関ホールや2階から〈義殺団〉のメンバーが次々と現れる。
その数はとても数えきれない。
「セレンッ! 止まれッ!」
再び、クルセイドが絶叫するが今回もまた虚しく声が響くのみであった。
クルセイドはセレンの横薙ぎの一閃を【パリィ】で弾き飛ばすと、距離を取ろうと階段を駆け上がる。それを追ってセレンも【韋駄天】を使い、一気に距離を詰めるが後一歩のところで〈義殺団〉のメンバーが割って入る。
間一髪でセレンの追撃から逃れたクルセイドは蒼白な顔で自問自答している。
「何故だ……? 何故俺の力が効かない?」
「何か知らんが、お前の能力は効かないみたいだな。覚悟はいいか?」
セレンの冷酷な言葉にクルセイドは一転、怒りを滲ませた声で部下たちへ号令をかけた。
「全員、かかれッ! 殺れッ!」
セレンを遠巻きに囲んでいた者たちはそれを聞いて一斉にセレンへと襲い掛かる。ヤクザ者だけあって、どの顔も強面揃いである。
その顔はどれも殺気に満ちており、士気も高い。
こうして大階段と玄関ホールでのチャンバラ劇が始まった。
「ガキが調子に乗ってんじゃねぇぞッ!」
大男が大声で威圧しながら斬り掛かってくる。
子供なのだから大声で怒鳴り付ければ委縮するとでも思っているのだろうが、セレンがそれで怯むはずもない。
刃を交えることもなく、しなやかな動きで大男の剣をかわし、腹を薙ぎ斬った。
更に他の男の動きを計算に入れつつ、大男の背後に回るとトドメの一撃を入れる。セレンは能力使いに限らず、斬り結んだ者には確実な死を、と言うことを強く心に刻みつけていた。流石にこの大男は無理であったが、可能な限り首を刎ねるのが最善である。
次々に階段の上の段から、下の段から男たちが迫り来るがそこに圧力はない。
ガナッツに比べたら鎧袖一触である。
――そして数十分後
セレンの傍に立っている者は誰もいなかった。
2階のホールから、声が聞こえてくる。
畏怖の混じった声が。
「お前……本当に11歳か?」
セレンが2階の方へ顔を向けると、失った左腕の断面を天力で保護しているクルセイドが茫然として立っていた。階段は死体と鮮血で覆い尽くされている。
そこは一面の赤。
敷かれていた絨毯は血を吸って紅に染まっている。
「セレン……それ程の力があれば天下も夢じゃあない。もう一度言おう。俺の部下になれ」
クルセイドの声は震えている。
それは歓喜か恐怖か。
「ガナッツ程度が組織のNo2では、そんなこと夢のまた夢だよ」
「No2だと? フフフ……ガナッツがそう言ったのか? 〈義殺団〉の拠点はノースデンだけではない。ガナッツよりも強い奴などまだまだいるぞ」
「!?」
セレンは勘違いしていた。
この街の〈義殺団〉を潰せば全てが終わると考えていた。
困惑の言葉がセレンの口からついて出る。
「〈義殺団〉は潰せない……?」
「そうだ。それに例えトップの俺が死んでも〈義殺団〉は動き続けるだろう」
セレンが動くと因縁が増えていく。そんな状況に思わず失笑が漏れる。
これでクロムに加えてセクターの仇も取らねばならない。
義務ではないが、そうすることが煉獄に囚われた2人を解放し、弔うことになるのだとセレンは信じていた。
「そうか……ならば全て潰すまで」
「残念だ。お前はスラムで終わる器じゃないと思ったんだがな」
二階のホールにいたクルセイドが剣を構える。
セレンはその余裕の表情に少し違和感を覚えながらも、階段を上って行く。
その時、玄関の大扉がゆっくりと開かれた。
ギギギと摩擦によって起こる音にセレンの視線が動く。
そこには邸宅に進入してくる複数の男たち。
そしてその中の1人が朗々と響く声で叫んだ。
「そこまでだ! 〈義殺団〉の団長クルセイドを逮捕しに来た。大人しくお縄につくんだな」
第1章はラスト4話!
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