第52話 Vsセクター
セレンはゆっくりとコーネリアスに向けて歩き出した。
ガナッツと同様、天力は感じられる。
ガナッツの黄色の天力とは異なり、その色は闇。
「やる気マンマンだねぇ……」
未だ、傍観者のような口調でそう言うコーネリアス。
セレンは警戒しつつも、変わらぬペースでコーネリアスとの距離を詰めていく。
2人の距離が10マイト程まで近づいた時、コーネリアスが天力能力を発動した。
〈人形遊戯〉
コーネリアスの体を闇が包み込み、彼の両手から黒い糸のようなものが伸びていき、近くに置かれていた大き目の木箱と繋がった。
すると木箱がガタガタと音を立て始め、蓋が開いたかと思うと、中から素早い動作で何かが飛び出した。
――人形遊びのコーネリアス
セレンは先程のガナッツの言葉からそれが人形だと判断した。
それはだらんと脱力したような格好をして頭を垂れていた。
しかしコーネリアスが両手で何かを操るかのような動作をすると、それはゆっくりと頭を上げて戦闘の体勢を取った。
それを見て衝撃を受けるセレン。
「な、何……!?」
その声はかすれており、表情はまさに驚愕に歪んでいた。
それもそのはずである。
今、セレンの前に立ちはだかっているのは、救出したはずのセクターだったのだから。
だらりと脱力したような感じで地面に立つセクターの口から呻き声が漏れる。
セクターの命の灯が消えていないことに安堵しつつ、セレンはすぐさま踵を返すとリオネルたちの下へと向かった。
不安と焦りが心に広がっていく。
セレンは訝しげな顔をするリオネルたちの前を通り過ぎると、台車に乗せられているはずのセクターの顔を確認する。
そこに寝かされていたのは全く見ず知らずの男であった。
「いつの間に……?」
セレンの小さな呟きを聞き逃さなかったコーネリアスは少し自慢げに告げた。
「いやね。そこらにいたおっさんを痛めつけて【偽装】スキルを使ったんだよ。見抜けなかったでしょう?」
「どう言うことだ?」
リオネルはセクターの顔を知らない。
訳が分からずに尋ねてくる彼にセレンは苛立ちを隠せない。
それが強い言葉となって表れた。
「この人はセクターさんじゃない! 全く知らない人だ……。あの男の前にいるのが本物だ」
セレンがコーネリアスの方を振り返ると、その部下と思しき男たちが倉庫の奥から現れる。天力能力の名前からセクターを操って攻撃してくる戦い方だとセレンの頭は瞬時に弾き出した。
セレンとしては、セクターをスルーしてコーネリアスに直接攻撃したいところだが、そうはさせないための部下なのだろう。
「ヒャア……。相変わらず趣味のワリー野郎だぜぇ……」
「まったく持って同感だッ!」
ガナッツがボヤいているのを聞いて、セレンはフッと鼻を鳴らす。
――まさかガナッツと同じ感想を抱くとはな!
セレンはダッシュしてコーネリアスとの間合いを一気に詰める。
セクターが手にしている武器は剣だ。
普段、セクターが扱い慣れている銃ではない。
天力能力によって、それがどう影響してくるのかは判断できない。
相手の能力が分からないので、戦いに及ぼす影響が不明だがとにかくやってみるしかない。
予想通りセクターがコーネリアスの前に立ちはだかる。
持っていた剣を振りかざし斬り掛かってくるセクター。
――取り敢えず武器を破壊するッ
タイミングを見計らって大剣を叩きつけようとした瞬間、セレンに直感が走る。
それに従って大剣の軌道を強引に変えようとすると、セクターの動きが人間では有り得ない程の速度でセレンの大剣に自ら当たりに行く。
ギリギリのところで大剣を逸らすことに成功したセレンはホッと胸を撫で下ろす。これもスキル【第六感】のお陰かも知れない。
「ふふふ……よくかわしましたね」
セレンは理解した。
この男は遊んでいる。そしてセレンにセクターを殺させようとしている。
「正気か? セクターさんが死んだらもう僕を止める者は何もないんだぞ? お前ら全員、鏖だ。」
「そうなったら次の人形を作るまででしょう。ほら、まだ後ろにお仲間がいらっしゃる」
リオネルたちは先程出てきたコーネリアスの部下数人との交戦を開始していた。
今のところは奮戦しているようだが、所詮は大人と子供、形勢はどんどんと悪くなっていくだろう。
幸い、ベアリアルの天力能力〈運命の3人〉で敵は翻弄されている。
彼があんな能力使いだとは知らなかったので嬉しい誤算と言える。
再び、セクターへ相対するセレン。
恐らくセクターを助けるには、操られている彼を傷つけることなく、コーネリアスと繋がっている闇の糸を斬り離す必要がある。
セレンは大剣に天力を付与して、何とかセクターの背後に回ろうとする。
コーネリアスもその目的を理解しているのか簡単には回り込ませない。
セクターとセレンの剣と大剣が交差、激突し火花を散らす。
セクターは銃の使い手であり、剣の扱いはそれ程上手い訳ではないが、コーネリアスの能力のせいなのか、中々の剣捌きでセレンの攻撃を弾いていた。
――能力を底上げできるのか!?
コーネリアスはかなり操り人形の扱いが粗いようで、セクターは人間では到底考えられないような動きをしている。その度に彼の口から苦痛の声が漏れるものだから、セレンはとても見ていられない。
一刻も早く解放してあげなければならないと立ち回るが、敵の連携攻撃によって思うように動けない。セレンとしては剣技を使って一掃したいところだが、セクターを巻き込む訳にもいかないし、もしコーネリアスを狙ってもセクターの体で防御されるかも知れない。
セレンの前後左右から剣撃が飛んでくる。
それでも当たらなければどうと言うことはない。
まとめて殺れないならば1人1人確実にしとめるまでだ。
セレンは同時攻撃を軽やかなステップでかわすと、1人、また1人と斬っては捨てていく。この特別な大剣に天力を乗せてぶった斬るのだから半端な装備で防ぐことなどできようはずもない。
セレンの戦闘力が予想以上だったのか、コーネリアスの怒声が彼の部下へ飛んだ。
「お前らッ! ガキの1人も倒せないのかッ!」
――お前だってそうだろうがッ!
セレンが心の中で吠える。
コーネリアスの怒声に僅かな焦りがにじみ出ているのを敏感に感じ取ったセレンは勝負を賭けた。
天力を足に集中させると、瞬間的にセレンの俊敏性が跳ね上がる。
そこへセクターが割り込ませるコーネリアス。
だが、大剣の強さもセレン自身の勢いもコーネリアスの操作を上回っていた。
セレンは大剣をセクターの剣に思い切りぶつけると、そのまま押し込みつつ左膝蹴りの動作に入る。
刹那。
「うぅ……。セレンか……?」
セレンの体が硬直する。
それを見逃すコーネリアスではなかった。
セクターの剣が、力の抜けたセレンを一気に押し返し、横薙ぎの一閃を放ったのだ。
大きく後方へ飛び、距離を取るセレン。
「セクターさんッ!」
「セレン……。無事じゃったか……」
「セクターさんッ! 今すぐに助けます。待っていてくださいッ!」
「いいから逃げるんじゃ……」
セクターの目は薄らと開いている。
その声は苦しそうだ。
コーネリアスの能力は意識まで操る類のものではないのだろう。
その時、トリップしていたはずのガナッツが動き出した。
「コーネリアスぅ……。まーだ時間掛かんのかぁ……いい加減交代しろやぁぁヒャア……」
ガナッツは右手1本で短くなった槍をくるくると回しながらセレンの方へ近づいてくる。左腕が肩口から斬り飛ばされたにも関わらずその表情は愉悦に染まっている。
セレンは唇を噛んだ。
誇り高きクロムの霊魂を【憑依】させながら、コーネリアス戦にここまで時間を掛けてしまった不甲斐ない自分を責めた。
ガナッツ1人なら勝てるだろうがセクターが操られている以上、共闘されるとなると厄介だ。残るは、ガナッツとコーネリアス、操られているセクター、そしてその部下3人である。
セレンは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐いた。
それを何度も繰り返す。
「僕は誇り高き剣聖クロムの子、セレンだ。何者にも負けない……負ける訳にはいかないんだッ!」
そう言うが速いかセレンは一気にセクターに、その背後のコーネリアスへ向かって駆ける。
〈無限槍〉
ガナッツの天力能力によりセレンの前に円錐状の槍が出現する。
セレンはそれを軽くかわすと、大きくガナッツの方向へ飛ぶ。
不意を突かれたガナッツは器用にも右手だけで槍を操り技を繰り出した。
【二段突き】
流石に右手だけではそれ程の連撃を放つことができないのか、上下二段の突きがセレンに迫る。
が、セレンはそれを物ともせずに剣技を放った。
【垂直斬り】
セクターの背後に。
狙いはセクターに繋がれた闇の糸だ。
これを断ち斬れば傀儡は解けると踏んだのである。
まさか攻撃がこちらに飛んでくるとは思いもよらなかったようでコーネリアスが狼狽し、慌ててセクターを下がらせる。
しかし間に合わない。
闇の糸は見事に断ち斬られた。
まさに言葉通り、糸が斬れたかのようにその場に崩れ落ちるセクター。
「小癪なッ!」
コーネリアスが再び天力能力を使う前に斬り捨てるべくセレンは【韋駄天】を発動し一息にその距離を詰める。
「ッ!?」
セレンが一瞬で目の前に移動したように見えたのだろう。
その目は驚愕に見開かれている。
セレンの大剣が音もなくコーネリアスの腹を薙いだ。
傷口を押さえながら倒れていくコーネリアス。
トドメを刺さんと大剣をその首に振り下ろそうとしたその時、邪魔が入った。
【刺突】
「しつこいッ!」
ガナッツの槍術だ。
流星の如き速度の突きがセレンに迫る。
また肝心なところでと、セレンは心の中で愚痴りながらもその一撃を大剣で弾く。
「コーネリアスぅ! ガキを殺すぞッ! 今できることをやれッ!」
ガナッツは流れるような槍術を組み合わせて攻撃の手を緩めない。
【刺突】
「くッ!」
セレンは大剣で何とか防ぎつつ踏ん張るも後方へと弾き飛ばされる。
流石に威力は落ちているが、強烈な一撃だ。
そこへコーネリアスが苦し気な声で叫んだ。
〈自動人形〉
再び、コーネリアスの体が闇の天力に覆われた。




