第51話 激闘の末
セレンの突撃にガナッツは懐に入られないように、槍の穂先で牽制しつつバックステップで後方へ下がってく。
そんなことは関係なしにセレンはひたすら剣撃による猛ラッシュを掛けるが、そこへガナッツの力のある言葉が響く。
〈無限槍〉
――天力能力ッ!?
セレンは反射的に大きく後ろへ飛び退る。
そこへ直前までセレンがいた場所の大地から無数の槍が飛び出してくる。
槍と言うと語弊があるかも知れない。
円錐上の鋭い棘のような物が地面から生えてきたと言った方がよいだろう。
セレンはガナッツが天力能力使いであることに驚きつつも、攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
ガナッツから溢れ出す天力は見えていた。
想定の範囲内だ。
再び、セレンの足下から鋭い棘が何本も出現する。
しかし、そこには既にセレンの姿はない。
どこから出現するかも分からない以上、絶えず動き回る必要がある。
セレンは行動を読まれないように、一直線ではなくランダムな動きでガナッツへと迫る。
「ヒャアアアッ! どこまでかわせるかなァァァァ?」
不敵な笑みを浮かべながらセレンを待ち構えるガナッツ。
剣捌きで負けるはずがないと確信しているセレンは、槍の動きを観察しながらガナッツの間合いへと踏み込んだ。
――よしいけるッ!
セレンがそう思った瞬間、目の前の何もない空間から無数の槍が飛び出した。
慌てて大剣でそれらを払いのけるセレン。
そこへガナッツの槍術スキルが発動する。
【五月雨突き】
ガナッツの持つ槍が雨のようにセレンに降り注ぎ、その体を斬り裂く。
「くそッ! 連携されると厄介だ」
剣や槍による技を発動する際には一定の間と集中力が必要だ。
セレンはガナッツの天力能力のせいで剣技を発動する隙を見い出せなかったのだが、ガナッツのように待ちの態勢で能力とスキルを併用されると厳しい戦いになるのは間違いない。
槍術で受けた傷が痛み始める。
長引けば集中力が乱れて、状況は増々不利な方向へと推移していくだろう。
幸いかすり傷程度で、どこも貫かれることはなかったセレンは心に喝を入れて、不気味に揺れる槍の穂先と対峙する。
ガナッツが舌打ちをするのが聞こえてくる。
流石に打ち合いながら天力の槍を出現させるのは、簡単なことではないらしい。
セレンは突如として現れる無数の槍に苦戦しつつもガナッツを押し込んでいく。
「クソがァァァ!」
自分の懐に入り込まれたことに怒りと焦りの声を上げるガナッツ。
【石突】
石突による攻撃で何とか接近したセレンとの距離を開けようとするガナッツであったが、セレンは大剣で軽く受けると柔剣技を発動した。
【転撃活殺】
セレンから発せられた闘気によって、ガナッツは衝撃を受けると共に大きくバランスを崩した。
構えていた槍も大きく弾かれ、ガナッツが大きくのけぞる。
セレンがそれを見逃すはずもなく、ガナッツが持っていた槍の柄ごと腹を薙ぎ斬ると、更にその左腕を両断した。
左腕は大きく斬り飛ばされ遠くの地面に落ちる。
ガナッツは悲鳴を上げることもできずに大地に倒れ伏した。
どんどんと流れ出る鮮血の海にガナッツは沈んだのであった。
しかし、これで終わった訳ではない。
セレンがリオネルたちの方へ目を向けると、死闘を繰り広げる仲間たちの姿があった。残りの敵はまだ8人程いるようで、リオネルたち4人は何とか戦っている状況だ。
見れば仲間が数人倒れているのが見える。
それを見た瞬間、セレンは胸に迫る悔恨で絶叫を上げた。
「また僕のせいで仲間が死ぬ……くそ……ッ!」
セレンは怒りに身を任せて残っていた敵に斬り掛かる。
とは言っても激情に支配される訳ではない。
クロムから叩き込まれた『源初流剣術』による流れる清流の如き攻撃で次々と敵を斬り伏せていった。セレンが最後の1人を上段から叩き斬った時、倉庫の奥から拍手のような音が聞こえてきた。
それと同時に、シルクハットをかぶりタキシードのような衣装をまとった男が現れたのだ。
その顔には人形のような仮面がつけられている。
「いやぁ、見事でした。子供風情に何ができるのかと見物させて頂きましたが、まさかこれ程とは」
セレンは思わず、リオネルたちと顔を見合わせる。
気配は全く感じられなかった。
まだ〈義殺団〉のメンバーがこの場にいたとは。
しかも圧倒的に不利な状況でわざわざ出てきた意味は誰にも分からない。
セレンは激情に支配されぬよう大きく深呼吸をする。
「何者だ?」
「僕は〈義殺団〉のNo3だった男さ。でもガナッツ君が死んじゃったからもうNo2だね」
「敵か……。ならば斬るまで」
見たところその男は武装しているようには見えない。
何か特殊な能力があるのかも知れないが、最早、セレンに見逃すと言う選択肢はない。
「ふふッ……怖いな。こんなに好戦的だとは聞いていないよ。でもね……」
「あー痛てぇ痛てぇ……ようやく頭がハイになって来たぜぇぇぇぇ! ヒャアッ……」
男の言葉を遮ったのは殺したはずのガナッツであった。
右手を地面について起き上がろうとしている。
セレンが斬り飛ばした左腕はないし、腕の断面と腹の傷は塞がっていないが血が出ていない。これも天力を活用した技術であろうが腑に落ちない。
「浅かったのか……?」
セレンはあの致命傷を負って生きていることが信じられないと言う思いと共にトドメを刺しておくべきだったと後悔する。
「なんだ。生きてたのか。ガナッツ君。君もしぶといねぇ……」
「んだぁぁぁぁ? ウヒャアア……人形遊びのコーネリアスさんが何しに来やがったぁぁ?」
「もちろん、君が負けた時の尻拭いのつもりで戦いを見ていたのだよ」
「あのガキャア……俺の得物だぜェェェ。手出しは無用だヒャア……」
「何だ。戦い前だと言うのに薬をキメてきたのかね?」
「ああああ、今頃回って来たぜぇ。ハイってヤツだァ!」
終わりの見えないやり取りをしている2人にリオネルが告げる。
その声からは苛立ちが感じられる。
「お前らはもう終わりだ。2人とも今日ここで死ぬし、〈義殺団〉も俺たちが潰す」
「いやいやいや。そこのセレン君を封じれば、死ぬのは君たちだよ? 自分の立場、理解してる?」
「はッ! 理解していないのはお前らの方だろ。セレンを縛る物はもうない。例え俺たちが勝てなくても、お前らはセレンに殺されるだろう」
ベアリアルも話にならないと言った口調でコーネリアスに言い返す。
それにコーネリアスは不思議そうな声で尋ね返す。どこか面白そうなおどけた口調だ。
ちなみにガナッツは1人で何処かへ旅立っているようだ。
時々、「ヒャア……」と言う声が聞こえてくる。
「縛る物? それは何かな? もしかしてあのお爺ちゃんのこと、言ってる?」
「茶番は終わりだ。覚悟はいいか?」
いつまでも続く問答にセレンは大剣を右手に持ったままコーネリアスの方へと歩き始めた。そこには、もう付き合ってはいられないと言う表情が顔に滲み出ていた。
「そうだね。では戦ろうか。とは言っても僕が戦う訳じゃないけどね」
コーネリアスはそう言うと不敵な声を上げた。
決戦は続く……




