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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第1章 ノースデンの悲劇編

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第43話 ターニングポイント

 セレンは毎日のように森へとおもむき、狩りをするようになった。


 最初は狩りに人員を回してくれなかったリオネルも、狩りの成果が想像以上だったのか、今では狩猟班として正式に認め、人員を5名にまで増やした上、彼らにも狩りを仕込んでやってくれとまで言い始めた。

 また、獣の肉を交換することで他の食材も手に入るようになり、リオネルの組織〈血盟の誓い〉のメンバーたちの栄養状態は劇的に改善された。

 そして争っていた他のストリートチルドレンが形成するギャング団を取り込む程にまでなったのである。


 こうしてスラムはリオネルの〈血盟の誓い〉と〈義殺団プライマーダ〉の下部組織の勢力に二分されることとなった。とは言っても〈義殺団プライマーダ〉の下部組織も子供だけのギャング集団なので、小規模な喧嘩や縄張り争いはあっても大規模な流血沙汰になることはまれであった。


 リオネルの信頼を得たセレンは今では、子供たちの剣術の稽古までつけるようになっていた。


 こうしてせわしない日々が過ぎていく中、セレンは定期的にニルファーガと会ってセクターの様子を聞き出していた。

 聞けば、セクターへの嫌がらせはまだ続いているらしい。

 セレンが出て行ったところで収まる気配は一向に止む気配はないと言う。


 セレンは改めて『介入するな』と言う言葉の意味を考えていた。

 もうずっと森へ行ってもネオンとも会っていない。

 季節は暑い盛りを過ぎ、涼しい風が吹き始める時期に差し掛かっていた。

 厳しいノースデンの冬はもうすぐだ。


 介入云々(うんぬん)については、リオネルたちとかかわるなと言う話かとも考えたが、脅迫文の件はセレンがスラムに入る前の出来事である。

 やはりセクター自身の問題なのかと考えてみたものの、どうしてもそうは思えない予感めいた何かをセレンは感じていた。

 これもスキル【第六感】の効果なのだろうか?


 そんな中、〈血盟の誓い〉を震撼しんかんさせる事件が起こった。

 途中で加入した少年が〈義殺団プライマーダ〉のドラッグの売人を殺してしまったのだ。

 この一件を境に毎日のように〈血盟の誓い〉と〈義殺団プライマーダ〉、その下部組織の抗争が起こるようになる。


 子供の喧嘩に大人が出てくる事態に陥ってしまったのだ。


 セレンに剣術を教わっていた年長者たちが中心となり、スラム内では血で血を洗う殺し合いが起きている。

 子供相手ならいざ知らず、〈義殺団プライマーダ〉のメンバーに出て来られては敵わない。

 多数の大人を相手に立ち振る舞うことの出来るのは、まだセレン1人しかいなかったのだ。




 この日も仲間を逃がしたセレンは、〈義殺団プライマーダ〉のメンバーに追われていた。


「くそッ! しつこいッ!」


 倉庫の陰に隠れながらセレンはついつい愚痴をこぼしてしまう。

 近くでは〈義殺団プライマーダ〉の男たちの声が聞こえてくる。

 複雑なスラムの裏道を最近になってようやく覚え始めたセレンと違い、相手は隅から隅まで知り尽くしている。撒こうとして撒ける相手ではなかった。

 足音が遠ざかっていくのを聞いてセレンはこの場所から離れようと走り出す。


 セレンはセクターの件は、やはりスラムのマフィア〈義殺団プライマーダ〉がかかわっていると考えるようになっていた。コパンを出し抜いて執拗に繰り返されるセクターへの嫌がらせに、〈義殺団プライマーダ〉の下部組織の動向。ノースデンを牛耳る巨大組織である彼らにやってやれないことはない。


 セレンとセクターのどちらに原因があり、それが何なのかなどは既に問題ではなかった。それでもセレンはセクターにだけは迷惑が掛からないように行動してきた。だが、まさかこんな形で〈義殺団プライマーダ〉と争うことになろうとは思いもよらなかった。


 セクターの心身に更なる重圧が掛かることを考えると胃がチクチクと痛み出す。

 セレンはこの時ばかりは仲間の軽率さを呪った。


 セレンがアジトの中の1つへ向かって暗闇の中を小走りで駆けていると、急に真上に気配を感じる。

 直感的にセレンは地面に転がった。

 咄嗟の回避だったため、口に砂が入りジャリジャリと嫌な音がする。


 だが、その選択は正しかったようだ。

 先程までセレンがいた場所には、地面に突き刺さった槍を持った何者かがいた。

 雲間から月が顔を覗かせる。

 ぼんやりとした月の光に照らされたのは、髪を長く伸ばした一人の男。


「ヒャァ……ガキにしては反応がいいじゃねぇか」


「何者だ?」

「ああッ!? 俺か? 俺はガナッツ。〈義殺団プライマーダ〉のNo2よ。テメェがセレンってガキだな?」


「だとしたらどうだと言うんだッ!?」

「決まってんだろ……。殺すんだよぉぉぉ!」


「僕が一体何をしたと言うんだ?」

「ああん? んなもん知るかよ。こう言う状況になってるってこたぁ、テメェが邪魔だって話なんだろうよ」


 セレンに衝撃が走る。

 やはり原因は自分にあったのだ。

 ならばここで逃げる訳にはいかない。


「そうか……。だが、僕を殺すだって……? それは無理な話だ。僕は剣聖クロムの子、セレン! いざ尋常に勝負ッ!」

「ヒャハァ……。威勢の良いガキは嫌いじゃないぜぇ……」


 ガナッツは地面の槍を引き抜くと、穂先をセレンに向けて低い構えを取った。

 セレンも大剣を抜き放ち、刺突しとつ攻撃に備えて重心を低くする。

 間合いでは圧倒的に槍の方が有利だ。

 だが、ガナッツのふところに先に飛び込んでしまえば、セレンの勝ちは揺るがない。

 とは言え、セレンは槍を相手にした稽古の経験がない。

 セレンのひたいを汗が伝い落ちる。

 ジリジリとした緊迫感がセレンの焦躁を加速させる。


 セレンは攻撃を仕掛けられないでいた。

 死角がないのだ。

 ふざけた言動の男だが、自称No2と言うのは偽りではないようだ。


「んだぁ……? 威勢が良いのは言葉だけかぁ? ならこっちから行くぜェ!」


 ガナッツは言い終わるが速いか両手に持った槍をそっと前へ差し出した。

 そのようにセレンには見えた。

 だが現実は――


 ――速いッ


 槍の穂先がセレンの肩をかすめ通り過ぎたかと思うと、これまた信じられない速度で引き戻される。

 そして、次は刺突の連打。

 セレンにはとても全てさばき切れる速度ではない。

 後ろに下がりながら何とか、突きをいなしていると、ガナッツの攻撃パターンが変わった。


 突きからの払い。

 

 セレンは直感で前に踏み出す。

 それによって何とか刃の部分で薙ぎ斬られずに済むが、しなる槍の柄を左側面に受け、大きく吹っ飛ばされる。


 大きく弾かれたセレンの体が、ボロい建物の壁をぶち破り砂埃が舞い散った。

 静かな夜のスラム街に大きな音が響き渡る。


 セレンが叩き込まれた建物は空き家だったらしく誰も人がいなかった。

 誰もき込まずに済んだことに少し安心しつつ、セレンはすぐに立ち上がる。

 追撃が来ると判断したからだが、ガナッツは一向に仕掛けてくる気配がない。

 壁にあいた穴からゆっくりと姿を見せると、肩に担いだ槍で自分の肩をトントンと叩きながら不満そうな声を上げる。


「んだよ。もっとヤルのかと思ってたぜ。天力(アストラ)があると言っても所詮しょせんはガキか……」


 明らかに失望の混じった声で、ガッカリしている様子が見て取れる。

 このままでは勝てない。

 それどころか殺されてしまう可能性が高い。

 そう判断したセレンは天力能力アストラビィの使用を考えるも迷っていた。

 自らの命が掛かっているのにもかかわらず。


 セレンは魔物を殺したことはあっても人を殺したことはない。

 その事実が心に重しのようになって圧し掛かっていたのだ。


「だんまりかよ。じゃあ殺してやんよ。せいぜい抵抗してみろや」


 ガナッツが歪な笑みを浮かべながら室内に入って来る。

 天井が低い場所で長い槍を扱うのは不利になるであろうことは理解しているだろうに。


 セレンは改めて自分が失望されたことを感じ取った。

 戦士として失格の烙印を押された気分がした。


 悔しい!悔しい!悔しい!悔しい!


 そんな相手でも殺したくない。


 悔しい!悔しい!悔しい!悔しい!


 しかし死ぬ訳にはいかない。


 憎らしい!憎らしい!憎らしい!憎らしい!


 セレンの敗北はクロムの名を汚すことと同義だ。


 セレンは唇を血がにじむ程噛みしめながら、そして苦い敗北感を味わいながら天力能力アストラビィを使うことを決めた。




堕ちた幻影(フォールンソウル)


〈憑依:⇒クロム〉

〈  :テルル〉




 変わる、空気。




 セレンの体に夜の闇よりなお深い闇がまとわりつく。

 ガナッツはセレンの雰囲気が変わったことに気が付いたようで足を止めた。

 その顔を困惑の色に染め上げて。


「なんだ? 何をした……?」


 それに答えることなくセレンはガナッツへと飛び掛かった。

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