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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第1章 ノースデンの悲劇編

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第40話 スラムの洗礼③

 取り敢えず助けられたからにはお礼をしなければならない。

 そんな強迫観念のもと、セレンは深々と頭を下げる。


「ありがとうございました。助かりました」

「礼は不要だよ。これも仕事だからね」


 ここは、スラム付近の休憩処きゅうけいどころだ。

 場所を移して、まずは腰を落ち着けたところである。


 セレンは大剣とマントを外して脇に置き、大きくため息をついた。

 大剣は重いし、マントは大きくて暑いし大変だったのだ。

 この店はオープンテラスと言った感じの洒落しゃれた印象はないが、店舗の外に座る場所が用意されていて、そこでお茶や甘味かんみを摂りつつ休憩すると言った感じの場所だ。


 お互い隣に座って、番茶と団子を頼んだ。

 セレンは遠慮したが、ニルファーガがどうしてもと言って聞かないので、安価なメニューを選んだのだ。


「それで、理由を教えてくれる気になったかい?」


「……教えてしまえば、その人も狙われてしまうかも知れません」

「そんな重大なことが今、ノースデンで起こっているのか……コパンの隊長としては尚更聞きたいところだね」


 セレンは警戒していた。

 ニルファーガはコパンの隊長だが、実は裏でネオンたちハイエルフ族を捕らえ、売り払い、土地を奪う闇の組織とつながっている可能性だってあるのだ。


 クロムが最も信頼していたと言っても良いモンステッラが裏切っていたことで、セレンは疑心暗鬼ぎしんあんきおちいっていた。

 セレンが見た限りではあるが、ニルファーガのこれまでの態度は正義感に満ちており、公明正大な印象もあった。

 信じたい気持ちもあったが、軽々しく判断はできない。

 セレンの心の傷はかなり深かった。


 ゆえに、セレンの心は大きく揺れていた。


「ふーッ……信頼してくれないか……。無理もない……この短期間で色々なことがあり過ぎた」


 だんまりを決め込むセレンに対して、ニルファーガは話すのをめない。


「だが、そんな大きな事件だと言うなら尚のこと、諸悪の根源を潰さない限り問題は解決しないだろう」


 セレンには彼の言うことが良く理解できた。

 1人で抱え込んでいても闇の組織――確か〈義殺団プライマーダ〉と言ったか――は独力で潰せないだろうし、亜人たちも殲滅せんめつできない。

 きっとハイエルフ族を救うことは不可能だろう。


 ――ここは助力をうべきか。


 協力をあおげば、〈義殺団プライマーダ〉を抑え込むことができる。

 そうなれば相手をするのはオークたち亜人種だけだ。

 それならセレンとネオンが共闘して亜人を倒すこともできるかも知れないし、何よりセクター夫妻にも累が及ばないで済む可能性もある。


 しかし、そもそも協力が得られるのか?

 ノースデンの中枢にいる人間側が聞く耳を持たず、返って組織側に力を貸した場合は?


 セレンの迷いと葛藤は止まる気配はない。


 注文した物が運ばれてくる。

 腹が減っていたセレンは遠慮がちな態度を貫きながらも、あっと言うたいらげてしまった。更に番茶のお代わりももらう。


 自分の弱さを自覚し、抵抗を止める許可を出すのは簡単なものだ。

 だが、そうすれば、それまで自身を支えていたものはダムが決壊するが如く一瞬で崩壊し全てを押し流してしまうだろう。

 そして許可を出してしまったが最後、それに歯止めがかかることは2度とない。


 3杯目の番茶をズズズとすすりながら、セレンは思う。

 これだけ体が水分を欲していたのだ。

 1日でこれ程までに消耗するものかとセレンは今更ながら驚かされていた。

 スラムは想像以上に厳しい場所であるようだ。


「うーん。ではこうしよう。君の考えではセクターさんの家に君がいることで彼に被害が及んでいると言うことだね。ならば君がいなくても彼が何らかの被害に遭えば、原因は君にはないと言うことにならないかな? つまりしばらく様子を見ると言うことさ」


「様子見ですか……」

「ああ、その間、君は詰所に泊まると良い」


 セレンは全てが自分のせいのように考えていたが、ニルファーガの言うことにも一理あるかも知れないと心が揺れる。

 セクター自身が何かに巻き込まれている可能性もあるのだ。

 しかしその場合、セクターに危険が及ぶのをただ見ているだけと言うことになる。


 セレンにとってはきつい判断だ。

 セクターには苦しいところを助けられた。

 今度はセレンが助けたいと思うのは当然のことであった。


 セレンが中々返事をしないので2人の間にはおかしな緊張感がただよっていた。

 ニルファーガもセレンの意志を尊重したいのか、催促さいそくするような真似はしてこない。


 その時、予期しないことが起こった。


 セレンのとなりで物音がしたかと思うと、1人の少女がセレンの大剣を持って駆けだしたのだ。それに気付いたセレンは、マントを掴むと慌てて彼女の後を追う。

 あの大剣はクロムから託されたと言っても良い何より大切なものだ。

 しかもただの大剣ではないのである。


「すみませんッ! またいつかッ!」


 セレンは振り返ることなくニルファーガにお礼を言うと、全力で彼女を追い掛けた。


 だが、何故か追いつけない。

 見た感じ、少女は身長も低く、まだ幼いように感じられた。

 セレンの全力疾走で追いつけないはずがないのだ。


 ――スキルでも使っているのか?


 スキルの有用性はセレンも実感している。

 あれは格差をも埋める、いや跳ね除ける程の効果を持つものだ。

 先程、男たちから逃げて来た道を再び走ってスラムの奥へと入って行く。

 セレンも走力が上がる【早駆そうく】のスキルを使用しているが追いつけないことを考えると、かなり上位のスキルなのだろう。


 2人の差はぐんぐんと広がる一方だ。

 離れこそすれ、距離が縮まることはない。


 やがて少女は大きな倉庫のような建物へと入って行く。

 セレンもその重厚な扉を開け中への侵入を試みるも少女の姿は確認できない。


「くそッ!」


 セレンは自分の迂闊うかつさをのろった。

 どんな状況でも大剣だけは外すべきではなかったのだ。

 セレンは気配を読む技術をクロムに叩き込まれていたが、その系統のスキルは持っていない。気配感知系のスキルを持っていれば……と焦りはつのってゆく。


 その時、セレンの周囲に多くの気配が現れる。

 そしてコンテナのような鉄の箱の上にすっくと立つ大きな人影がセレンの視界に飛び込んで来た。逆光になってセレンからはその顔は見えないが、どこかただならぬ雰囲気を持つ人物だ。


 その人物が右手を上げると、セレンの周囲から子供たちが姿を見せた。

 完全に包囲されている。


 大剣を使わなくても負けない自信がセレンにはあったが、できることなら戦いたくはない。セレンが相手の出方をじっと待っていると、倉庫の中に声が響いた。


 それは声変わりをしたばかりの少年のような声であった。

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