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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第1章 ノースデンの悲劇編

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第36話 スラムをゆく①

 スラムの朝は早い。


 スラム地区と言っても商売を営んでいる者もいるし、犯罪に手を染めていない者もいる。特に低賃金で働かされている採掘労働者が多く住んでいるため、狭くて質素だがちゃんとした家もある。ただ、家屋が長屋のようにすし詰めに並び建っており、暮らしていくには辛いし治安も悪い場所であることには間違いない。


 結局、セレンは倉庫のような大きな建物の片隅でわずかな睡眠をとった。

 さいわい朝になっても人の気配がなく、最初の夜は無事に越すことができた。


 しかし、どんな状況でも腹は減る。

 セレンは、セクター宅からはお金も食糧も持ち出してはいない。

 手っ取り早いのは、狩りへ出かけて獣を狩り現地で食べつつ、燻製や干し肉などの保存食に加工することだが、昨日の今日で城門から出ようとすれば見つかるのは目に見えていた。


 既に8回、鐘の音が鳴らされるのを聞いている。

 きっともうじき、セレンがいなくなっていることにセクターが気付いて警察詰所に駆け込むだろうとセレンは考えていた。

 街から出る時は大丈夫でも、入る時には手配が掛かっていてもおかしくはない。


 取り敢えず、セレンはスラム内を徘徊してみることにした。

 スラムスラムと言っていても実際どんな場所なのか知らなかったからだ。

 倉庫から出て細い道を歩いていくと通路の両端にゴミが積み上がっていて、少しばかりえたような臭いがした。


 もう9月も終わりだが朝から暑い。

 それが臭いを強くしているのだろう。

 セレンは少し顔をしかめながらそのまま石塀に沿って歩いて行くと、家の石壁が崩れていたり、木造の建屋が壊れている箇所が見られた。

 どうやらスラムは石造りより木造の建築物の方が多いようだ。


 人の姿が見えない。

 セレンはスラムの外ではあるが、朝方に路上で寝ている人の姿を何度も見たことがあった。イメージ的にはスラムはそう言う場所だと思っていたセレンであったが、違うのかも知れない。やがて少し大きな通りに出ると、ようやくチラホラと人の姿を確認することができた。


 大きな通りと言っても中央通りのような広さはないが、この通りには一応露店(ろてん)のきを連ねているようだ。セレンはスラムで商売が成り立つのか疑問であったが、店を開いているからには何とかなっているのだろう。


 あまり奥の方へ行くつもりはなかったセレンはスラムでも一般居住区に近い方へ向かうことにした。

 すると、遠くに人だかりができていることに気付く。

 そちらの方へ向かって歩いていると、段々とすれ違う人たちが増えてきた。

 気になるのはその視線だ。

 セレンは明らかに見られていた。と言うより観察されていたと言った方が適切な表現かも知れない。

 ジロジロと視線を感じるが、それも仕方のないことだろう。

 何せ、セレンはたけに合わない大剣を腰にき、大きな厚手のマントをして弓矢を肩に掛けているのだから。

 更にふところには解体などで使うナイフも忍ばせている。


 また新入りかとスラムの人間は思っていることだろう。

 セレンは意思を持っての感情をぶつけられているのを自覚していた。

 その値踏みするような、そして全身を舐めるように粘りつく視線に身もだえしてしまいそうになるが、セレンは何とか堂々とした態度を貫き通す。


 そしてようやく人ごみの正体を知ることとなる。

 それは単なる炊き出しであった。


 ノースデンの街では慈善団体がスラム地区で毎朝炊き出しを行っているのである。


 セレンが意外だったのは、スラムの住人が列を作って行儀よく並んでおり、騒ぎを起こす者がいないことであった。その列はとある倉庫内まで続いていた。


「スラムに偏見を持ってたのかな……」


 思わずそう言いながらセレンはその列の最後尾に並ぶ。

 少し認識を改めたと言っても気を抜かないように気を付けながらセレンはこの場にいるスラムの住人たちの様子を窺っていた。

 食べ終えた空の器を目の前に置いて地面に腰を下ろして休んでいる者、崩れた石に座り5人程で食事をしている家族らしき者など、それぞれが思い思いの場所で何かをしている。少しずつ列の人が減り、前へ進んでいくセレンであったが、突如として炊き出しをしていた団体の人物が大声で告げた。


「今日はここまででーす! 明日の炊き出しは明朝7時からになります!」


 無慈悲な声が辺りに響く。

 知らなかったとは言え、セレンは朝食にありつくことができなかった。


「おなかすいたな」


 起きた頃に人の姿がまばらだったのは炊き出しのせいだったのだ。

 別に一日くらい食べられなくてもどうと言うことはないだろうが、食べ盛りのセレンとしては少しきついところだ。

 仕方なく列から離れると、辺りを観察し始める。

 器は返却する仕組みになっているようで、食べ終えた者たちは慈善団体に器を渡している。セレンはたまたま近くにいた団体員とおぼしき人物に思い切って尋ねてみることにした。


「あの……、炊き出しって朝だけなんでしょうか?」

「はい? ああ、そうですよ。新入りさんですね」


 団体員の男は少し怪訝けげんな表情をした後、セレンの質問に答えた。

 セレンは新入りって何だ?と思いながらも取り敢えずお礼を言っておく。


「……そうなのですね。ありがとうございます。ちなみに何が頂けるんでしょうか?」

「えー今日はパンと野菜スープですね。まぁ大体こんな感じですよ」


 慈善団体も資金が無尽蔵むじんぞうにある訳ではない。

 そう考えたセレンは何か売り込めることはないかと、あごを触りながら考え始める。そうしていると、彼は先に質問をしてきた。


「丁寧な言葉使いですね。格好も小奇麗だし何故スラムなんかに?」


 何だか釈然としない男の言葉だったが、セレンは敢えて気にせず適当に誤魔化しておくことにした。


「ちょっと立て込んだ理由があるんです」

「そう……。……まぁそうですよね。スラムにいる方は大抵そうでした。すみませんでした」


 男の表情はあくまでにこやかなものだ。

 だが、セレンは彼の言葉の端々にどこかイチイチ引っかかる感じがしてならない。男の視線がチラチラと大剣や弓に移動しているのが分かる。


「いえ、それはいいのですが、何か僕に出来ることはありませんか?」

「と言うと?」


「えっと……うーん。例えば肉を買ってもらうとかでしょうか」

「そうですねぇ……。ちょっと確認してみますよ。でも狩りが出来るならちゃんとした店にでもおろした方が良いのでは?」


「そう……ですね。そっか肉屋さんもあるかも知れないな」


 男のもっともな返答にセレンは自分に言い聞かせるように呟く。

 その後、彼に確認してもらった結果、獣の肉を買い取ることも可能だと言われたので、もしかしたら頼むかも知れないと言っておいた。


 とにかくこれからセレンは1人の力で、ここスラムで生きて行かなければならない暗黙の規則(ルール)を把握し、無用な衝突は避けて行動、主に日々の食糧の調達を行う必要がある。


 セレンは男に礼を言うと、もっとスラムについてを知るべく歩き出した。

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