第33話 謎の警告
勾留が解けた日の朝、セレンは迎えに来たセクターの自宅へとやってきていた。
勾留と言っても、子供であることに加えて被害も軽微、証拠も不十分と言うこともあり、セレンはすぐに釈放されたのだ。
これにはセクターの存在があったことが大きい。
今日からセレンはセクターの保護の下で生活するように通告された。
後は、コパンによる捜査を待つように言われた。
それが済めば簡易裁判で何らかの裁定が下るだろうと教えられた。
警察詰所に連れてこられて勾留されるに当たり、大剣を始めとした大事な所持品を奪われることはセレンにとって苦痛以外の何物でもなかった。
外に出られることが決まり、それらがちゃんと返ってきたことにセレンは大いに喜んだものだ。残された物は既にセレンの心の拠り所となっていた。
出迎えてくれたセクター夫人は上機嫌で、この日の夕食はとても豪勢なものとなった。セクターがいつもより気合を入れて大物を狩ってきたのである。
「すごいですね! これは何の獣なんですか?」
「これはデボーアだ。大きな鼻に鋭い牙を持つ毛むくじゃらの獣でな。下処理が面倒なんだが、とても美味いんだ」
セレンの目の前に置かれているのはつるつるになった獣の丸焼きだ。
料理は大きな盾程もある皿に乗せられて、テーブルの大半を占拠していた。
セレンの脳裏にこの獣の毛を全部抜いたのだろうか?とか、どんな姿をしているのだろうか?などと言った疑問が次々と浮かんでは消えていく。
食べてみると、皮の部分が香ばしくパリパリだが、中はジューシーで肉汁が溢れてくる。警察詰所での食事が質素なものだっただけに、セレンの食は進みに進んだ。
それに食べ盛りでもある。
セレンは今、成長期なのだ。
食事が終わり、セレンがセクターと居室で盗難事件のことを話していると、夫人がお茶を持ってきた。特にセレンに好き嫌いはないが、夫人の栽培しているハーブを使ったお茶は好きな飲み物の一つだ。
貴族時代に飲んでいた紅茶などよりも美味しいとセレンは思っている。
「それでな。やはりグロームさんのことを覚えている探求者仲間は他にもいたよ」
「そうなのですね。何故、デロリンさんは知らない振りをしたのでしょう?」
「デロリンダな。奴の様子はどこかおかしかったように感じる……」
「正直、父様のことを見えない者のように扱われるのは我慢がな――」
パリィィィィィィィン!!
ガラスの割れる音がセレンの言葉を遮った。
その後に、夫人の悲鳴が夜の空に響き渡る。
セクターが夫人のことをなだめている間、セレンは部屋の中を見回す。
このガラスの割れ方は――
――あった!
セレンが予想した辺りに拳大の石が落ちていた。
誰がが夜陰に紛れてセクター宅に近づき、この石を投げ込んだのだろう。セレンはそれを拾い上げると、その石に何かの紙がテープで留められていることに気付いた。それを剥がして広げてみると、紙には赤い文字でこう書かれていた。
『これ以上、介入するな』
それを見た瞬間、セレンは頭をガツンと殴られたかのような強い衝撃を受けた気がした。同時に、様々な考えが目まぐるしく浮かんでは消えていく。
「セレン、大丈夫か? 何だどうした?」
茫然としながらもセレンはその紙をセクターに手渡すと、それを読んだ彼の表情が固まった。
「何だ? どう言う意味だ……?」
セレンは飛び散ったガラスの破片を片付けるために納屋へ向かう。
箒と塵取りを取りに行くためだ。
ランタンに理術で火を灯し、それを持って裏口の方から外へ出る。
生ぬるい風がセレンの顔を撫ぜる。
他にも何か被害が出ていないか確認しながら庭を横切って納屋の中から必要なものを取り出した。それらを持ってセレンが部屋に戻ると、セクターはガラスの破片の大きなものを選り分けており、夫人は袋片手に屈みこみ、絨毯に撒き散らされた細かい破片をどうにかしようとしている。
「素手で触ると危ないです。箒で集めましょう」
「そうね。私がやるからセレンちゃんは座っていなさい」
「いえ、僕も手伝います。その方が早く終わりますから」
夫人は少しやつれたような表情ながらも儚い笑みを見せると、セレンと共にガラスの後片付けを黙々と続けたのであった。
セクター夫妻はせっかく、セレンが自宅に来る記念の日なのにこのような事態になったことにとても残念そうな顔をしている。結局、その日は片付けが済んだ後、夫人手作りのお菓子がセレンに振る舞われて終わった。
幸先の悪い出所記念日となったが、セクター夫妻がとても喜んでくれたため、セレンにとっても嬉しい1日となったのである。
セレンは、こんな身元不明の身である自分を受け入れてくれたことに大いに感謝し、いつかクロムとセレンたちの事情を話さなければならないと感じた。
謎の警告については、セレンには心当たりがなかった。
セクターはセレンにかかわるなと言う意味にとったらしく、顔を真っ赤にして憤慨しつつも、セレンに対して気にせず一緒に暮らそうと優しい口調で告げた。
取り敢えず、コパンの捜査が終わるまでは平穏な日々が訪れるだろうとセレンは考えていたし、セクター夫妻もまさかこれから起こることなど知る由もなかったため単純にセレンが家族の一員になったことを喜んでいた。
この警告がこれから起こる事件の序章に過ぎないことに誰も気付いていなかった。




