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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第1章 ノースデンの悲劇編

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第32話 不穏な影

 セレンたちの目の前に突如として姿を現したのは、どこか薄気味悪さを感じる人物であった。薄らと浮かべている笑みがそれに拍車をかけている。

 着ている服もどこか変わったデザインで、コパンで見た隊員の服とも違うものだ。


「あんた、どちらさんだね?」


 セレンと同様に男の存在に気付いたセクターが誰何すいかの声を上げる。

 男はそれに答えずに寄りかかっていた扉から背を離すと、右手でオールバックの髪を撫でつける。


 その行為がかんさわったのかセクターが怒鳴る。


「突然、人の家にやってきてその態度は何なんだね!? 名乗るくらいしたらどうなのだ!」


「人の家……ですか」

「そうだ! この子とその家族が住んでいる家だ」


「ふむふむ。盗人猛々(ぬすっとたけだけ)しいとはこのことですねぇ……」

「盗人だとッ!?」


 自分を含め、目を掛けている子供が盗人ぬすっと呼ばわりされ激昂げっこうするセクターに丸眼鏡の男は、ふところから手の平サイズの四角い紙を取り出すと、手慣れた動作でそれをセクターに手渡した。


「……? べ、弁護士?」


 その紙は名刺であった。

 それに記載されているものを見て一転、当惑するセクター。

 一方のセレンはどこか既視感デジャヴを覚えていた。

 スーツ、名刺、弁護士。

 しかし、すぐには記憶の引き出しから出てくる気配はない。


「その通り! わたくしはここの不動産業者から依頼を受けまして馳せ参じましたノッラス・ベイカードと申します」

「不動産業者からの依頼だって!?」

「その通り! この家を不法に占拠し滞在している家族がいると相談を受けましてねぇ」


 言葉は難しかったが、言っていることを何となく理解したセレンは普段出さないような大声を上げて反論する。


「不法?なんかじゃないッ! 父様とうさまはお金を払ってこの家を買ったんだッ!」

「ふむふむ。購入されたと。では家の権利書はお持ちですかねぇ」


 ここでも権利書か!と今日、何度も聞いてきた言葉にセレンはいい加減ウンザリしてしまう。それでも返事をしようとしたセレンに先んじてセクターが回答する。


「それが昨日、泥棒に入られて盗まれてしまったのだ」

「ふむふむ。泥棒ですか。その権利書と言うのはこちらですかねぇ」


 そう言って、1枚の厚手の書類を2人の目の前に差し出すベイカード。

 セクターはそれを読んで言葉を失った。

 セレンも覗き込むが、何が書かれているのかイマイチ理解できなかった。

 しかし、所有者欄には見たこともない人物の名前が記載されていると言うことだけは分かった。


 分かってしまった。


 そこへ新たな客が家の中へと入って来る。

 セレンはすぐに誰が来たのか理解した。コパンの隊員の制服を着ているので警察機構から派遣されてきたのだろう。

 セレンが盗難の届け出をした時の男とは違う人物で、もう1人誰かを連れているようだ。その男の顔があらわになった瞬間、セレンは驚きを隠すことができなかった。


「セクターさん。空き巣の件ですが、こちらの方から気になる届け出がありましてね。ちょっと同行して頂いたんです」

「本来ならば、ご本人に来て頂くことは有り得ないのですが、解決を強く望んでいらっしゃると言うことで、ご足労願った次第ですねぇ」


 セレンの見覚えのある顔――それはこの家をクロムに売った不動産業者であった。その男はおずおずと口を開いた。


「最近、この家から物音がすると言うので人をやって調べたんだ。そしたら誰とも知れない人たちが居ついているって言うじゃないか……びっくりして慌てて弁護士とコパンに相談したと言う訳なんだ」


「し、しかし、わしはこの子の父親と面識があるのだぞ!? しかも1年も前からだ!」


「1年も前から居座っていたんですねぇ」

「わしは家の話もしたぞ? 購入にジオナンド帝國金貨で2枚支払ったと聞いた」


「領収書と家の権利書はありますかねぇ」

「ぐ、そ、そうだッ! 何故、鍵を持っているんだ? おかしいだろう!」

「合鍵を作る技術を持つ盗賊などいくらでもいますねぇ。【開錠】スキルも存在しますしねぇ」


 セクターは反論全てにツッコミを入れられ二の句が継げないでいる。

 セレンはどうしてこうなったのかと天をあおいだ。


 ――清く正しく生きていれば、報われるのではなかったのか?


「セクターさん、あんたかつがれてたんだよ。坊主。君の家族はどこにいる?」

父様とうさま母様かあさまももう亡くなりました。今は僕1人です」


 目の前にいる小さな子供が、としに見合わない無感動な声でそう言ったことに隊員の男は気まずそうな様子を見せた後、少し伏せ目がちになるが、気を取り直したかのような声色でゆっくりと言った。


「そうか……。そうだったな。スマン。まぁこの国は法治国家だ。状況的に厳しいが、これからちゃんと調べられるだろう。坊主。心を強く持つんだぞ?」


 それを聞いて何故か慌てた様子を見せたのは、ずっと余裕の言動を見せていた弁護士のベイカードであった。


「この街のスラムをご存知でしょう!? この子供を放置すれば、スラムのストリートチルドレンと化し街の問題児となりますねぇ!」


「それを決めるのは俺じゃない。それにセクターさんがいれば、保護観察処分で済むかも知れない。ま、今日のところは詰所に来てもらうことになるだろうが」


「あの……。結局、僕は何か悪いことをしたのでしょうか?」

「ん? それ程のことはしていない。主に責任があるのは親だろうしな。一応、不法侵入、不法占拠、器物損壊ってとこか」


「そうですか……でも1つだけ……。母様かあさまの形見が盗まれたんです。それを盗んだ人を探して欲しいのです!」

「……ああ、分かった。これとは別件だからな。確か届け出をしたと聞いた。ちゃんと捜査は行われるだろうさ」


 セレンはそれを聞いて安心したのか隊員にペコリと頭を下げたのだった。

 しかし、治まらないのは弁護士のベイカードである。

 隊員に喰ってかかっているが、軽くあしらわれている。


 そんな彼らを放っておいてセクターがセレンにそっと寄り添う。


「セレン、必ず迎えに行くから待っていなさい」


 セレンの肩をポンポンと叩いた後、抱き寄せたセクターはどこか厳しい顔をしているが、セレンにはそれがとても頼もしく映ると同時に、再び心配と迷惑を掛けることに心苦しい気持ちにさいなまれる。


 その後、セレンは隊員に連れられてコパンの警察詰所へと連行された。

 セクターは家へと戻ったが別れ際まで納得はいっていない様子であった。

 ベイカードは軽んじられたことに屈辱を感じたようで額に青筋を立てながら不動産業者と共に去って行った。


 これから3日間、セレンは警察詰所で勾留こうりゅうされることになる。

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