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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第1章 ノースデンの悲劇編

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第27話 オークロード

 オークの一団を率いている個体は3マイトはあろうかと言う巨漢であった。

 そのオークはオークの上位種であるオークロードであった。


「……それはこちらのセリフだ、人間の子よ。このようなところまで来て何をしている……?」


 呼びかけに応えて姿を見せたのが小さな子供であったことに驚いたのか若干顔をしかめるも、生意気な口を利くセレンに対して冷静に問い掛けてくる。

 一般に好戦的で交渉するだけ無駄だと考えられているオークにしては、理知的な面を持つ個体であった。


「冒険だよ。行ったことのない場所に行ってみたいと思うのは普通のことだ」

「ここは我々の領域だ。目障りな人間は出て行け!」


 オークロードの言葉を皮切りに他のオークたちから罵声が飛ぶ。

 オークは亜人の中でも知能が高く人語を解し、独自の文化を持っている。

 それ故か人間とオークが友誼ゆうぎを結んだと言う話は聞いたことがない。

 例外はあるものの、人間は同等の知能を持つ生物に対して容赦しない生物だ。


「僕は僕の好奇心を捨てることは出来ないよ。その提案は拒否する」

る気か人間。こちらは6人いるんだぞ?」


 セレンにとって魔物は滅すべき対象だ。

 ジオナンド帝國にいた頃からそのように指導されてきたのである。

 帝國は決して人間至上主義ではない。

 亜人種であるハイエルフや獣人などと友好的な関係を築いている一方、魔物に分類される亜人種――オークやゴブリンなどに対しては苛烈な対応を取っていた。


「相手に取って不足はない!」


 セレンはそう言うが早いか、手慣れた動作で大剣を抜き放った。

 その刃が薄暗い森の中でまばゆいばかりにきらめく。


「……俺は男爵級オークロードだぞ? 子供風情が……後悔して死ね」

「死ぬのはお前たちの方だッ!!」


「貴様ら、かかれッ!」


 オークロードから飛んだ命令に、今か今かと我慢していたオークたちが一斉にセレンへと襲い掛かる。

 一方のセレンは普通のオークに遅れを取るような、やわな修行はしてきていない。セレンはまず1体の大振りの一撃を余裕を持ってかわすと、流れるような剣捌きでその腹を薙ぎ斬った。体が上下に両断され、物言わぬかたまりと化した仲間を見て思わず声を上げるオークロード。


「何ッ!?」


 自分たちの半分以下の小さな子供の膂力りょりょくとは思えなかったのだろう。

 その顔は驚愕の色に染まっている。

 セレンは更に他のオークへと斬り掛かると1体の両腕を斬って捨てる。


「オラの腕がぁぁぁぁ!」


 そして背後から忍び寄って来ていたオークの横薙ぎの一閃を太い樹木を盾にしてやり過ごすと、木に喰い込んで抜けなくなった剣を必死で抜こうとしているオークの背後に回って大きくジャンプし大上段から両断した。


 一瞬の内に3体ものオークが肉塊にくかいに成り下がった。

 その腕にこれは並の子供ではないと判断したオークロードは直ちに増援を呼ぶように残りの仲間へと指示を飛ばす。

 そして自らの大剣をセレンへと叩きつけるように放った。

 セレンは流石にこれは受け太刀できないと判断し、鋭い身のこなしで剣撃けんげきを軽やかにかわして見せた。


 だが、その一閃は鋭い。

 セレンは心なしか大地が震えた気がした。


「人間の子よ。貴様は何者だッ!?」


「僕は剣聖クロムの子、セレン!」


「俺はジェ・ダだ。その強さは認めよう……だが……俺には勝てん!」


 一気に間合いを詰めてくるジェ・ダにセレンは一瞬だけ逡巡しゅんじゅんした。

 3マイトにもなる巨漢が大剣を手に突っ込んでくるのだ。

 その圧力プレッシャーたるや凄まじいものがある。

 正面からぶつかるのは危険だと判断したセレンは円を描くように移動しながらジェ・ダに攻撃を仕掛けていく。このクロムの創設した『源初流剣術』の体捌き、足捌きは既にセレンの体に刻み込まれていた。


 体格に圧倒的なまでの差があったので、セレンは一撃離脱の攻撃を繰り返した。

 しかし、オークロードと言うだけあってセレンの攻撃は全て受け切られており、彼を傷つけるには至らない。


 それが焦りを生む。


「早く倒さないと増援が……」


 その時、セレンの左脇に衝撃が走った。

 セレンは吹っ飛ばされてようやく気がつく。自分が蹴られたことに。

 うず肋骨ろっこつの痛みに耐えながら、ここに至ってようやく天力能力アストラビィを使うことを決断するセレン。


堕ちた幻影(フォールンソウル)


〈憑依:⇒クロム〉

〈  :テルル〉


 急に動きまわるのをめたセレンにジェ・ダの剣撃けんげきが迫る。

 体に漆黒のオーラを纏ったセレンは、それをあっさりと弾き返すと戸惑うジェ・ダのふところに飛び込んで下段から大剣を払うように振り上げた。



 飛び散る鮮血。

 それはセレンにも返り血となって降り注いだ。


 ――まさに紙一重。


 腹部から胸部に掛けて斬り裂かれたジェ・ダは何とかセレンと距離を取ると、前と同じ質問を繰り返した。


「貴様……何者だッ!」

「言っただろう。僕は剣聖クロムの子、セレンだッ!」


 ジェ・ダはいま狼狽ろうばいしている。

 それだけ〈堕ちた幻影(フォールンソウル)〉発動前後でセレンの動きは大きく違っていたのだ。


斬空破ざんくうは


 勝負を早く決めてしまいたいセレンは大剣を横薙ぎに払うと、それが衝撃波となってジェ・ダ目がけて飛んで行く。

 その三日月状の斬撃の後ろをセレンがついて走る。


「チッ!」


 ジェ・ダも気づいたのだろう。

 この二段構えの攻撃を無傷でやり過ごすのは難しいと。


 ジェ・ダは予想外であろうと思われる行動に出た。

 迫り来る斬撃とセレンへ向かってダッシュしたのだ。


 しかし、それはセレンの()()()()()()であった。

 セレンの口角が吊り上がる。

 例えジェ・ダがどんな行動に出ようが問題はない。


 ジェ・ダはまず斬撃をスライディングでかわすと、そのままセレンの足下をすくおうとする。飛ぶ斬撃に浅く頭を斬り裂かれるものの、何とかセレンに肉迫したジェ・ダは、セレンのバランスを崩した後、斬りつけるつもりなのだ。


地錐突撃じすいとつげき


 そこへ無慈悲な騎士剣技が発動する。

 ジェ・ダが滑り込んできた時点でこの技を発動することは決まっていた。


 ――計画通り。


 セレンに向かって滑り込んで来るジェ・ダは波打つ大地から出現した無数の錐のようなものに刺し貫かれる。

 呻き声のような苦悶の声がジェ・ダの口から漏れる。


 この騎士剣技の効果は剣を振り下ろした直線上にいる者全てに対して発揮される。腹と肩を貫かれたジェ・ダも子供風情にられる訳にはいかなかった。

 オークロードとしての誇り(プライド)が彼に大剣を振り抜かせる。


 だが――


 そこにセレンの姿はない。


 上空からセレンが落ちてくる。 

 大剣の刃を下向きにして。

 まだあどけないはずのその顔は喜色に染まっていた。


 ジェ・ダの命のともしびが消えかけたその時、自由落下中のセレンの右手から衝撃が襲う。軽いセレンは大きく吹き飛ばされるも、くるくると回りながら受け身をとって衝撃を殺し、無事に着地する。


 ダメージは……ない。


 しかし何が起こったのか分からなかったセレンは衝撃が来た方向へと目を向ける。


 見れば、そこにはオークの群れがいた。

 いや、群れなどと言う生優しいレベルのものではない。


 森の木々が邪魔をして正確な数は分からない――


 が。


 ()()である。


 セレンはジェ・ダとの戦いに夢中になるあまりに周囲の警戒を怠ってしまったことを反省した。

 オークの大軍は雄叫びを上げてセレンに襲い掛かってくる。

 近くにオークの集落があったのか、その数はとても数えきれるものではなかった。彼らの大音声だいおんじょう鯨波げいはのように押し寄せて、セレンの体中に圧が掛かる。

 流石にが悪いかと逡巡しゅんじゅんするセレンであったが、剣聖クロムの子であると言う自負じふが逃亡と言う選択を取らせない。

 もちろん幼少期からの教育の影響があることも明らかだろう。

 正しく生きてきたはずのクロムとテルルが理不尽な死を迎えたことがセレンを意固地にさせた面もあるかも知れない。


「魔物は倒すべき存在なんだ。僕は剣聖クロムの子、セレンッ! 僕は正しいことをやると決めたんだッ! 負けるものかッ! 負けるはずがないんだッ!」


 そう吠えると、セレンはオークの大軍へ突撃した。












 ――およそ1時間後。


 大地は深緑色と鮮やかな紅色で染まっていた。

 森の木々のお陰で完全に包囲されることがない上にクロムの霊魂を降ろしているセレンに敵はいなかった。


 オークロードのジェ・ダは何とか生き残り逃げる仲間に引きずられていく。

 この時セレンは体が重く強烈なまでの倦怠感けんたいかんに襲われていた。


「小僧……よくも……やってくれたな……我らが王のガイ・ズ様に殺されるがいい……」


 辛うじて生きている個体がいたようで負け惜しみを言って事切れるが、セレンは取り合わない。それよりも後詰ごづめが来るとなれば、この疲労感と倦怠感のある体では戦えないだろう。


 セレンは発現したばかりの〈堕ちた幻影(フォールンソウル)〉を使って体を酷使し過ぎたのだ。天力能力アストラビィを使っての本格的な戦闘は初めてだったのでペース配分など分からなかったことも現状に至った原因だろう。


 何とか体を動かそうとするが、セレンの体から力が抜けていく。


「駄目だ……。ここから離れないと……」


 セレンはそう言うとその場に崩れ落ち意識を失った。

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