第15話 発見
包囲網は確実に狭まっていた。
聖地アハトの聖職者たちは天力解放済みの者が多かった。
ラケシスも天力の解放は終わっていたが、まだ修道女見習いだったこともあり、彼女の天力の特徴を知る者は少なかったのだ。
そのため、捜索に投入されている神殿騎士や神官はラケシスをよく知っている者だけで構成されており、その数は少ない。
とは言え、陽が沈む頃にはラケシスがいると思しき範囲はかなり絞られていた。
テルルは更にラケシスの天力を感知して、まるで確信があるかのように路地をどんどんと進んで行く。
セレンはただテルルに着いて行くことしかできない。
無力で情けない自分に少し自虐的な思いを抱きつつも、セレンは気持ちを切り替える。少しでもテルルから何かを吸収して今後につなげようと思ったのだ。
「母様の感知能力はスキルではないのですか?」
「こ、これは天力の基本的な、の、能力なのです。貴方もいずれ分かるようになりますよ」
微笑みながら言うテルルの言葉に、セレンは自分も早く習得できるようになりたいものだと強く思った。
セレンが天力を解放して約1年。
クロムとの修行は、天力の基本的な制御訓練や天力を纏っての真剣を使った乱取りが中心だ。天力を扱う敵との戦いでは、相手が纏う天力の流れを察知して把握し、臨機応変に自身の力を制御することが求められる。クロムは現在、天力を使った剣による攻防の修行に重点を置いていたのである。
セレンは目の前の天力を感知することには既に慣れていたが、遠くのものに関してはまだ教わっておらず、まだまだ未熟であったのだ。
いくら教わっていないとは言え、現在のように全く役に立っていない状況を自覚するとセレンは悔しくなる。
今回のことには大事な友人が絡んでいるので尚更であった。
テルルはセレンの心の機微を感じ取ったのか、フォローするかのように付け加える。
「そうそう。そ、そのようなスキルや天力能力もありますよ。あ、貴方の努力が実を結んで、スキルを身に着ける時もあるでしょう」
セレンはテルルに導かれて、とある家屋にたどり着いていた。
周囲の家と似たり寄ったりで目立った特徴はない。
壁の上部に採光用のガラス窓がある程度で、他の窓であろう場所にははめ込み式の板が取り付けられている。
ガラス窓からは微かな光が漏れていることから中に誰かがいるのは間違いなさそうだ。
「お、恐らくこの家ね。後は増援を待つしかないかしら……」
テルルの中では確定のようだが、中に何人いるかも分からない状況では、2人で突入してもラケシスを助けられるとは思えない。普通に戦えば大人が数人いたところで勝てる自信がセレンにはあったのだが、人質がいるとなると話は別だ。
しばらく家の周囲の状況を確認していると、暗い路地から誰かがやってくるのがボンヤリと見えた。細かい砂利のようなものを平らに均して舗装された通路にコツコツと言う音が響く。誰かがセレンたちの方へ近づいて来ているのだろう。
テルルによれば、この場所は南門から近い住宅地であるらしく、この周辺は古くからの街並みが美しい住宅地であると言う。
そんな住宅地の一角でただ突っ立っていると言うのも不自然である。
照明が設置されているのは大きな通りや繁華街、神殿などの周辺だけで、住宅地付近は夜になると暗闇に支配されると言う。
セレンとテルルは住民の振りをしてすれ違うことにして静かに歩き始める。
ぼんやりとした薄暗い闇が降りようとしている黄昏時、薄らと2人の人影が見えてくる。近付いて来るのはどうやら神殿騎士の格好をしているようだ。
「!? もしや、テルル様ではありませんか? 貴方様もラケシスの捜索に?」
突如として掛けられた声にセレンはビクリと体を震わせた。
テルルはその声で誰か理解したのか、すぐに返事をする。
「あらあら、ヴァールさん? 貴方も?」
「テルル様、身内の問題にお力添え頂き有り難く存じます」
「む、息子の大切な人ですから当然ですわ」
お互いに顔見知りのようでしばらく話し合った結果、意見の一致を見たようだ。
中にラケシスがいるのは間違いないだろうが、状況が分からないため、警備隊を招集して一斉に突入する流れとなった。
1人が警備隊の詰め所へ向かい、残ったテルルとヴァールの2人は確実にラケシスを救出するために話し合いを続ける。
セレンはただただ2人の話に耳を傾けていた。
「あの家の中には恐らく6名います。ラ、ラケシスさんを除けば敵は5名ですわ」
セレンはテルルが誘拐犯の人数まで把握していたことに驚いた。
天力を上手く活用すればこのようなことも可能なのだ
「ラケシスが人質に取られた場合、厄介ですね。一気に突入して制圧したいところです」
通信手段がないので他の捜索者と連携は取れていない。
そのため、クロムの姿は見えない。
通信手段となり得るスキルも存在するらしいのだが、ない物ねだりをしていてもしょうがない。クロムもきっと近くにはいるのだろうが、もしかしたら遠くの天力を感知することに関しては得意ではないのかも知れないなとセレンは思っていた。
「ク、クロム様がいれば良かったのですが……。でも問題ありませんわ。ラ、ラケシスさんには傷一つ負わせません」
「能力ですか?」
「ええ」
テルルの力強い肯定に、セレンは誇らしく思った。
仰ぎ見た彼女の顔は暗闇の中でも光輝いて見えた。
それはセレンが見出した希望の光であったのかも知れない。




