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第100話 森との別れ

 リングネイトの森の覇権を廻る激闘を制してから数日が経過していた。


 セレンとしてはミッドフェルで待たせている仲間たちに早く合流したかったのだが、労をねぎらうと言う名目で妖精王や他の族長によって妖精の森(リーンフェル)に引き留められていたのだ。本来ならば犠牲者をいたんで喪に服すところだが、セレンが森を離れると言う話を聞いてささやかながら宴が行われたのである。


 犠牲者が想定以上に出てしまい遺族たちは嘆き悲しんだが、1度失った聖地の回復と言うハイエルフにとっての重大事項を達成するための犠牲である。

 彼らは悲しみを胸に秘めながらも、散っていった者たちを誇り高き勇者であるとたたえた。


 戦いは勝敗に関わらず悲惨な結果を招く。

 しかし生き残った者がその悲惨さや愚かさを強調し、無駄死にだと断ずると犠牲者の立つ瀬がないのだ。

 犠牲者を美化するでも礼賛するでもなく、彼らへの感謝を忘れず誇りを護ることはハイエルフにとって、いや人間にとっても必要なことなのだろう。


 取り戻した聖地や開拓された土地はどうするか考えていると言う。

 聖地の方は植林をして緑豊かな森林に戻すと妖精王は言っていた。

 セレンもあの美しい湖が緑に囲まれている風景を思い描いて大いに賛同したものだ。


 砦が乱立していた辺りはどうするか決まっていないらしい。

 平地に均して更に畑を広げたり、牧畜なんかに挑戦したりしてみたら?と何気なくセレンが言ったのを聞いて妖精王や一部の族長から肯定的な意見も出ているそうである。


 なんにしろ人間や亜人の陰謀をはねのけた彼らは、若き妖精王の下でこれからも試行錯誤しながらも、何とかやっていくのだろう。


 セレンは妖精王を始めとした多くのハイエルフに囲まれていた。

 縁ができた者たちと言葉を交わしていく。

 妖精王ノルヴィーレは真剣な面持ちを崩さずにセレンに握手を求めてくる。

 まだ若いと言うこの王は、その体格や風貌も相まってどこか貫禄ある雰囲気を纏い始めていた。ハイエルフの王として今回の件は大きな経験値となったようである。


「セレン殿、此度こたびのことは忘れん。人間とオークたちのくわだてを打ち破れたのはセレン殿のお陰だ」


 セレンは妖精王の差し出した右手を握り返した。

 彼の手には温かみと力強さが感じられた。


「いえ、ハイエルフの皆さんが頑張ったお陰ですよ。僕はそれに少し協力しただけに過ぎません」


「ふふふ……。相変わらず謙虚なものよ。本来ならば、新しい風はハイエルフ族自身が呼び込むべきものであったし、事態の解決も独力で図らなければならなかったのだ」


 リングネイトの森に棲む北部と南部の族長による対立もあって、妖精王は身動きが取れなかったのだ。何も対策が打てないと、事態はなし崩し的に悪い方向へ転がって行くものである。今回たまたまきっかけになったのが人間のセレンであったと言うだけだ。


「僕はネオンさんに気を失っているところを助けて頂いた恩を返しただけですよ」


「とても釣り合っているとは言えぬがな」


 妖精王は苦笑いを隠せない。


「セレン様、救って頂いたご恩は忘れません。道中お気をつけて……」


 声を掛けてきたのはアマリアだ。

 第一印象はツンツンした感じのツンデレラであったが、まさかデレるとは思ってもみなかったセレンである。リザードマンの奇襲から助け出したとは言え、最初の態度からはとても考えられない。

 彼女は元々人間が嫌いだった訳ではないのだろう。

 人間とオークが組んでハイエルフの領域に土足で踏み込んできた上、恫喝してきたのだから敵視しても仕方のないことだ。

 彼女は胸の前で両手を握りしめて祈るような素振りを見せながら微笑んでいる。


 そしてまたセレンに近寄る人物がいた。

 コルツァ族族長のゴルセムナである。

 非戦派として妖精王やセレンを困らせた人物であり、クロムを知る人物でもあった。


「セレン殿、そなたは今後、何か大きな渦に巻き込まれていく。気を強く持って進むがよかろう」


「渦……ですか?」


「うむ。我がスキル【精霊神の託宣たくせん】が発動した。そなたが今後、何を為していくつもりなのかは知らぬが言動には気を付けられるがよい」


「お言葉、痛み入ります」


「クロム殿の御名みなを汚さぬようにな」


 元よりセレンにそのつもりはない。

 むしろクロムの汚名をそそぐために旅立つのだ。


 その後もハイエルフたちは次々とセレンに感謝と惜別せきべつの言葉を掛ける。

 いつ終わるとも知れない別れの挨拶に業を煮やしたのか、ネオンが大きな声で一喝した。


「ほらほらッ! 皆、セレンが困ってるわよッ! セレンはしぶといわッ! これが今生こんじょうの別れになるはずがないじゃないッ!」


 ネオンの言い様に周囲の者は皆、苦笑いをしている。

 セレンも同様に「全くこの王女様は……」などと思っていると、妖精王が手に何かを持って再び近づいてくる。


 セレンが興味深げに見ていると、妖精王は手にしていた高級そうな皮のホルスターを手渡した。

 恐らくベルトのように腰に巻いて使うのだろう。

 形状は試験管のようなものが何本も差しておけそうな感じの物だ。

 そう例えば体力回復薬のような物を。


「ネオンが言った以上は、約束を護らねば妖精王として面目が立たん」


 それを渡された瞬間、セレンは何か分からなかったが、その液体の色を見て思い当たるものがあった。

 ハイエルフ族が精製できると言う精霊樹の雫(エルフィ・スィーズ)である。

 しかし、以前にネオンに持たされた物とは容器が異なっていた。

 セレンの表情から疑問を読み取ったのか、妖精王はこともなげに言い放った。


「その容器は特別性でな。エルフィンラピスと言う金属で出来ている。中身の精霊樹の雫(エルフィ・スィーズ)を使ってしまったら、それを再形成して武器なり何なり作ると良い」


「エルフィンラピスッ!? そんな稀少な物を頂けませんよ!」


 ネオンとの報酬の約束などとう昔に頭から抜け落ちていたセレンは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「まぁそう言うな。これはリングネイトの6部族の総意だ。正当な報酬なのだ」


「ですが……僕なんかが……」


 真剣な表情で差し出す妖精王に、セレンは相変わらず遠慮の姿勢を崩さない。

 そんなセレンにゴルセムナは諭すように言った。


「セレン殿、謙虚なのは美徳だが、過ぎると誤解やすれ違いを生み、敵を作ることにもなりかねん。ここは素直に受け取っておきなされ」


「……分かりました。頂いておきます。ありがとうございます」


 アドバイスを聞き入れて、報酬を受け取るとホルスターを腰に巻き、エルフィンラピス製の容器に入った精霊樹の雫(エルフィ・スィーズ)を挿していく。


「では行きます。皆さんお元気で!」


 セレンは皆に別れを告げて妖精の森、リーンフェルを離れることとなった。

 森から出るための案内役にはネオンが名乗り出た。

 先導するネオンがずんずんと先に進んで行く。


 セレンは後ろ髪を引かれる思いがして振り返る。

 そこには大きく手を振るハイエルフの一族。

 色々なことを考えさせられた森林をめぐる攻防。

 胸に去来する様々な気持ちを噛みしめながらセレンは彼らに背を向けると再び歩き出した。


「また来るよ……妖精の森(リーンフェル)……」


 昼なお暗きリングネイト。


 セレンには心なしか、鬱蒼うっそうと茂っていた森林に明るく温かい陽光が射し込んでいるように思えた。

これにて第2章の最終話となります。

次の第3章まで間が開くと思いますが、またお付き合い頂けると幸いです。

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