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封剣伝説~復讐から始まる【憑依】スキル使いの英雄譚~  作者: 波 七海
第1章 ノースデンの悲劇編

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第10話 天力解放

 言うまでもなく、蟄居ちっきょ処分を受けているクロム一家に街に出向く自由はない。


 大規模な襲撃があったため、現在、聖地アハトの警備はかなり厳重なものになっていた。そんな中でもクロムたちは行動制限をかけられることもなく、神殿騎士が訓練に使っている練兵場でクロムとセレンの稽古が行われていた。

 練兵場は一般参拝者から見えない神殿の裏地に整備されており、誰にも邪魔されることなく訓練に励むことができる。 


「いいか、セレン。人間には、まぁ人間だけではないが……天から授かったとされる天力アストラと呼ばれる力が備わっている。人によって違いはあるがな」

「と言うことは僕も持っているんですね。父様とうさま


「ああ、俺の息子だ。間違いない。まぁ全員が持っている訳ではないらしいが」

「それで天力アストラとは何なのですか?」


「体内を絶えずまわっている内なる力だ。それは時に攻撃力となり時に防御力となる。それを体の外に顕現けんげんさせるためには、空間認知能力や想像力、新しい物を生み出す力、つまり創造力が必要だな」


父様とうさま、よく理解できません……」

「ふふふ……少しずつ理解していけばよい。焦らずにな」

「はい! よろしくお願いします! 父様とうさま!」


 クロムは目をキラキラと輝かせているセレンを見て嬉しそうに微笑んでいる。

 あの襲撃の傷は癒えたようだ。

 セレンはそう思った。

 クロムは自分のせいで大きな犠牲が出たことに責任を感じていた。

 襲撃後、柄にもなくクロムはふさぎこんでいたのである。


「しかし父様とうさま天力アストラがあったら一体何ができるのでしょう?」


「先程も言ったように、攻撃、防御、速度なんかの増幅ができるな。そして()()()特殊な能力を()()()場合もある。()()()()()()()だが。それに全ての者が能力に覚醒するとは限らん」


 クロムはそう言うと、大剣を抜き放った。

 そしてそれをセレンに突きつけると、どこか自慢げに尋ねた。


「セレン、見えるか?」


「はい。大剣が澄んだ水色に輝きを始めました。綺麗です……」


 キョトンとした顔で平然と答えるセレン。

 それに慌てたのは、ドヤ顔を作っていたクロムであった。


「何ッ!? 見えるのか? セレンッ!」

「え……? あッ……はい、見えます。大剣が何かにおおわれています。父様とうさまの体もそれをまとっている感じがします」

「セレン……。もしかしたらお前は何かとんでもない物を秘めているのかも知れん……」

「そうなのですか! 僕も父様とうさまのように強くなれるのですね!」


 まだまだ子供らしい無垢むくな表情で無邪気にはしゃぐセレンを見てクロムは首を傾げていた。首――延髄えんずいの辺りにある天力アストラの門が開いていなければ、顕現した天力アストラを見ることはできないはずなのだ。

 クロムは何やら考え込む素振りを見せながらぶつぶつとつぶやき始めた。


「しかし、セレンからは天力アストラを感じない……門は開いていないはずだが……?」


 そんなクロムの様子に気づくことなく、セレンは手に持っている剣をぶんぶんと振って喜びを体中で体現していた。

 天力アストラ天力アストラでしか感じ得ないと言われている。

 天力アストラ研究はまだまだ途上なのだ。

 クロムはまだはしゃいでいるセレンを呼ぶと背中を向けて立たせた。


「ふむ……。やはり開いてはいないな。よし……予定より早いが……セレン、今からお前の天力アストラを解放する。体から力を抜くんだ」


 クロムの指示に従って、セレンは剣を鞘へとしまうと大きく深呼吸をして体から力を抜いた。


 偉大なる先人たちは、瞑想や修行などで門をこじ開けたと言われている。

 現在、彼らは皆、英雄や偉人と呼ばれている。

 しかし、時が天力アストラの研究が進むと、今は誰でも簡単に門を開くことが可能になった。もちろん、開門の儀式を行う者の技量がある程度必要なため、誰にでも任せて良い訳ではない。下手をすれば、門が開くと同時に体内を廻る天力アストラが暴走し体外への流出を留めることができず死に至る。

 このような事態が一時期多発したのだ。


 クロムは大剣を置くと、右手に天力アストラを集中させ、首元にある秘孔を突いてゆく。


『光、闇、火、水、風、土の六天ろくてんを結び、虚無きょむなる中天ちゅうてんけ! 天力アストラ解放!』


 その瞬間、クロムが突いた6つを頂点とした六芒星が刺青いれずみのように浮かび上がりまばゆく輝いた。六芒星から勢いよく闇よりなお深い闇のような天力アストラが流れ出てきたかと思うと、セレンの体を覆って激しく荒れ狂う。


 それを見たクロムがポツリと呟く。


「ふむ……セレンは闇か……」


 漆黒の天力アストラ――それは未知のものであった。

 しかしそれにクロムは気づかない。


 一方、セレンは突然訪れた虚無感に狼狽ろうばいする。

 見る見る内にセレンの顔が蒼白になり、緊張性の汗が頬を伝う。


「セレン、大丈夫だ。天力アストラが消えることはない。心を落ち着けろ」


 そんなところにクロムの冷静な声が掛けられる。

 尊敬してやまないクロムの言葉にセレンは安心して、その激流に身を任せた。

 やがて天力アストラはセレンの身を包み込むようにして安定する。


「気分はどうだ?」


「うぅ……何だか変な感じがします……」


 気分が悪そうな表情をして、その場にしゃがみ込んでしまったセレンにクロムは豪快に笑いながら無慈悲に告げた。


「まぁすぐに慣れる。明日からは天力アストラを使っての修行にしよう。今日はゆっくり休むんだぞ?」


「う゛う゛……分か゛り゛ま゛し゛た゛……」


 ここに稀代きだい天力能力使い(アストラル)が誕生したのであった。

 これによりセレンは数々の戦禍や苦難、そして運命の輪の中に巻き込まれていくこととなる。

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