第10話 天力解放
言うまでもなく、蟄居処分を受けているクロム一家に街に出向く自由はない。
大規模な襲撃があったため、現在、聖地アハトの警備はかなり厳重なものになっていた。そんな中でもクロムたちは行動制限をかけられることもなく、神殿騎士が訓練に使っている練兵場でクロムとセレンの稽古が行われていた。
練兵場は一般参拝者から見えない神殿の裏地に整備されており、誰にも邪魔されることなく訓練に励むことができる。
「いいか、セレン。人間には、まぁ人間だけではないが……天から授かったとされる天力と呼ばれる力が備わっている。人によって違いはあるがな」
「と言うことは僕も持っているんですね。父様」
「ああ、俺の息子だ。間違いない。まぁ全員が持っている訳ではないらしいが」
「それで天力とは何なのですか?」
「体内を絶えず廻っている内なる力だ。それは時に攻撃力となり時に防御力となる。それを体の外に顕現させるためには、空間認知能力や想像力、新しい物を生み出す力、つまり創造力が必要だな」
「父様、よく理解できません……」
「ふふふ……少しずつ理解していけばよい。焦らずにな」
「はい! よろしくお願いします! 父様!」
クロムは目をキラキラと輝かせているセレンを見て嬉しそうに微笑んでいる。
あの襲撃の傷は癒えたようだ。
セレンはそう思った。
クロムは自分のせいで大きな犠牲が出たことに責任を感じていた。
襲撃後、柄にもなくクロムは塞ぎこんでいたのである。
「しかし父様、天力があったら一体何ができるのでしょう?」
「先程も言ったように、攻撃、防御、速度なんかの増幅ができるな。そして天から特殊な能力を授かる場合もある。スキルに応じてだが。それに全ての者が能力に覚醒するとは限らん」
クロムはそう言うと、大剣を抜き放った。
そしてそれをセレンに突きつけると、どこか自慢げに尋ねた。
「セレン、見えるか?」
「はい。大剣が澄んだ水色に輝きを始めました。綺麗です……」
キョトンとした顔で平然と答えるセレン。
それに慌てたのは、ドヤ顔を作っていたクロムであった。
「何ッ!? 見えるのか? セレンッ!」
「え……? あッ……はい、見えます。大剣が何かに覆われています。父様の体もそれを纏っている感じがします」
「セレン……。もしかしたらお前は何かとんでもない物を秘めているのかも知れん……」
「そうなのですか! 僕も父様のように強くなれるのですね!」
まだまだ子供らしい無垢な表情で無邪気にはしゃぐセレンを見てクロムは首を傾げていた。首――延髄の辺りにある天力の門が開いていなければ、顕現した天力を見ることはできないはずなのだ。
クロムは何やら考え込む素振りを見せながらぶつぶつと呟き始めた。
「しかし、セレンからは天力を感じない……門は開いていないはずだが……?」
そんなクロムの様子に気づくことなく、セレンは手に持っている剣をぶんぶんと振って喜びを体中で体現していた。
天力は天力でしか感じ得ないと言われている。
天力研究はまだまだ途上なのだ。
クロムはまだはしゃいでいるセレンを呼ぶと背中を向けて立たせた。
「ふむ……。やはり開いてはいないな。よし……予定より早いが……セレン、今からお前の天力を解放する。体から力を抜くんだ」
クロムの指示に従って、セレンは剣を鞘へとしまうと大きく深呼吸をして体から力を抜いた。
偉大なる先人たちは、瞑想や修行などで門をこじ開けたと言われている。
現在、彼らは皆、英雄や偉人と呼ばれている。
しかし、時が経ち天力の研究が進むと、今は誰でも簡単に門を開くことが可能になった。もちろん、開門の儀式を行う者の技量がある程度必要なため、誰にでも任せて良い訳ではない。下手をすれば、門が開くと同時に体内を廻る天力が暴走し体外への流出を留めることができず死に至る。
このような事態が一時期多発したのだ。
クロムは大剣を置くと、右手に天力を集中させ、首元にある秘孔を突いてゆく。
『光、闇、火、水、風、土の六天を結び、虚無なる中天を衝け! 天力解放!』
その瞬間、クロムが突いた6つを頂点とした六芒星が刺青のように浮かび上がり眩く輝いた。六芒星から勢いよく闇よりなお深い闇のような天力が流れ出てきたかと思うと、セレンの体を覆って激しく荒れ狂う。
それを見たクロムがポツリと呟く。
「ふむ……セレンは闇か……」
漆黒の天力――それは未知のものであった。
しかしそれにクロムは気づかない。
一方、セレンは突然訪れた虚無感に狼狽する。
見る見る内にセレンの顔が蒼白になり、緊張性の汗が頬を伝う。
「セレン、大丈夫だ。天力が消えることはない。心を落ち着けろ」
そんなところにクロムの冷静な声が掛けられる。
尊敬してやまないクロムの言葉にセレンは安心して、その激流に身を任せた。
やがて天力はセレンの身を包み込むようにして安定する。
「気分はどうだ?」
「うぅ……何だか変な感じがします……」
気分が悪そうな表情をして、その場にしゃがみ込んでしまったセレンにクロムは豪快に笑いながら無慈悲に告げた。
「まぁすぐに慣れる。明日からは天力を使っての修行にしよう。今日はゆっくり休むんだぞ?」
「う゛う゛……分か゛り゛ま゛し゛た゛……」
ここに稀代の天力能力使いが誕生したのであった。
これによりセレンは数々の戦禍や苦難、そして運命の輪の中に巻き込まれていくこととなる。




