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第1話 全ての始まり

久々の新作です。

楽しんで読んで頂けると嬉しいです。

「クロム・ド・スタークス

    第2皇子暗殺未遂の罪により聖地アハトへの追放、及び蟄居を命ずる」


 法廷に裁判長の朗々とした声が響き渡る。

 この場の緊張が緩み、あちこちから嘆息たんそくのような声が漏れた。

 何故なら、多くの者が予想していた最悪の刑を免れる判決であったから。


 裁判長によって減刑の理由などが次々と告げられていく。


 剣聖として先の大戦で数々の武功を上げ、スタークス領の発展に寄与したこと。


 ジオナンド帝國の精鋭、北斗騎士団ほくときしだんの人材育成に尽力し、精強せいきょうな軍を整えたこと。


 隣国のセルニグア王国との間に婚姻関係結び、強固な同盟関係を構築したこと。


 これらが考慮されて本来ならば死罪になるところを罪を減じられたこと。


 ジオナンド帝國の者で剣聖クロムの逸話いつわを知らない者はいないと言っても過言ではい。


 数万の大軍を橋の上で迎え撃ち、わずかな兵と共に足止めした結果、見事、殿しんがりとしての役割を果たした。


 セルニグア王国の堅牢けんろうなゼノン砦を五○○の兵で強襲し、陥落せしめた。この戦でクロムはたった一人で一○○○人以上を討ち取ったとされている。


 北方の蛮族、サバランとの戦いで勇猛で知られていた敵将を一騎討ちの末、討ち取った。その遺体は見事なまでに左右に両断されていたと言う。


 クロムは常に先頭をきって敵と戦い、その顔や体を敵兵の鮮血で染め上げていたため、『鮮血鬼せんけつき』と呼ばれておそれられていた。

 剣聖とは全ての剣技を修めた者のみが名乗ることが許される称号であり、()()()なのである。


 その判決に成り行きを見守っていた傍聴人ぼうちょうにんたちは十人十色の反応を見せた。




 クロムの3男であるセレンは、尊敬する父親との永遠の別れにならなかったことを喜んでいた。

 セレンはまだまだ甘えたい盛りの8歳の幼子である。

 厳しくも優しい父親であり、剣の師匠でもあるクロムはかけがえのない存在であったのだ。それに父親が暗殺などと言う卑怯な真似をしたとは到底思えなかった。

 セレンは幼いながらも判決を受け止めて、父親譲りの黒髪を揺らしながらウンウンと頷いていた。


 『生きてさえいれば、後はどうとでもなる』


 そうクロムから教えられていたのだから当然と言えよう。




 裁判の立会人となったラディウス聖教国の若き女司教、メリッサ・アンセム・メルティーニは判決を聞いてなお厳しい表情をしている。

 ただ、判決を聞くまで蒼白だった顔色は元の血色の良いものに戻っていた。

 張りつめていた緊張の糸が解けたのかも知れない。

 メリッサはクロムとは国家の要人としてだけでなく、個人的にも交流があった。

 クロムのような人格者が死罪にならずに済んだのは彼女にとって僥倖ぎょうこうであったのだろう。


 彼女を始めとしたラディウス聖教国の擁護もあり、クロムの身柄は聖地アハトに預けられることとなった。

 聖地アハトとは帝國領内の北方に位置する聖教国の領地である。

 聖教国はこのような飛び地を世界各地に領有している。

 現界げんかいと呼ばれるこの世界の最古の国の1つである聖教国は諸国に強い影響力を持ち、世界の調停者を標榜ひょうぼうしていた。




 暗殺未遂現場を押さえた人物であり、同時にクロムの弟子でもあるモンステッラ・ド・ラムダーグは剣聖クロムの1番弟子である。

 未だ自分の師匠が暗殺未遂事件を起こしたなど信じられないのか、追放判決には不服なようだが死罪を免れたことには安堵したのだろう。

 こちらも緊張が解けて普段の精悍な顔付きからうって変わって笑顔を周囲に見せていた。





 ――ジオナンド帝國第2皇子暗殺未遂事件


 モンステッラが騒ぎを聞きつけて現場に踏み込むと、そこには蒼白な顔をして傷を負った第2皇子と、抜き身の大剣を右手に持ってその場に佇むクロムがいたのだ。

 皇子の周囲には帝國の兵士が何人も倒れ伏していた。

 その内に、王城の衛兵らが駆けつけて事態は大事となったのである。




 帝國宰相(さいしょう)のウィルス・ド・グランドアは神妙な顔付きを崩していない。

 彼は第2皇子を後継者として推す派閥の筆頭であった。

 被害者の後見人としては、判決内容が不服なのかも知れない。

 取り巻きたちと何やらボソボソと会話を交わしている。




 帝國の北斗騎士団の団長であるネジオグ・ド・アリアハンも複雑そうな表情だ。

 彼自身はクロムと多くの戦場を駆け回った友のような存在であったが、心無い者から北斗騎士団のトップには相応しくないと陰口を叩かれていた。

 現在の地位をクロムに脅かされる立場としては死罪ではなくとも、追放による失脚しっきゃくは願ったりかなったりであるかも知れない。

 腕組みをしたまま、未だ続く裁判長の宣言をジッと聞いている。




 ジオナンド帝國第7代皇帝であるシーガイア・クルス・ガレ・リンガドールも皇族席にて裁判の様子を傍聴ぼうちょうしていた。

 数々の武勇を誇り、帝國の最高戦力と言っても良いクロムを重用していた彼にとってこの判決内容に何を感じているのかは分からない。

 その表情からは何も読み取れないのだ。

 ただ、判決自体が皇帝の意向を組まれている可能性は誰にも否定できないだろう。第2皇子暗殺未遂事件と言う大罪により貴族諸侯から強烈な突き上げを喰らってしまった以上、それなりの処分でなくては彼らの納得は得られないのだ。




 人望の厚かったクロムであったから、彼が死罪を言い渡されなかったことは彼を慕う者にとっては僥倖であった。もちろん、彼を良く思わない者たちが陰で歯噛みして悔しがったのは言うまでもないであろう。


 そして彼の家族も様々な反応を示していた。

 スタークス伯爵家はクロム、正室テルル、側室アルシェ、長兄ネオンラーグ、次兄レニウミス、3男セレン、妹スズから成る。

 セレンとスズは正室であるテルルの子供であり、2人の兄は側室アルシェの子供である。


 セレンの兄たちはどこか複雑な顔をしていた。

 セレンは死を免れたことをどうして喜べないのか疑問に思ったが、何も言わないでおいた。再起を図ることだって可能だろうに。


 長々とした宣言が終わった最後に、追放される者の名前が読み上げられた。

 その瞬間、法廷はどよめきに包まれた。

 追放されるのはスタークス家の中のクロム、テルル、セレンだけであったのだ。

 セレンの腹違いの兄2人と妹は何故か、帝都ジオニスに残ることとなった。

 これは側室であるアルシェの出自によるところが大きかったのだが、まだ8歳のセレンには知るよしもないことである。


「馬鹿な……」


 司教のメリッサの呟きが漏れる。

 何かの政治的な意図が反映されていることは明らかである。

 傍聴人たちのどよめきを残したまま、裁判は終了した。


 ときはレリオウス歴1682年8月25日。

 この判決によって運命の歯車が回り出したことに気づく者はいなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 重厚なファンタジー作品という感じの出だしで今後の展開が気になる所です。 [一言] ノベプラでも追いかけますのでよろしくお願いします。
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