06 真実は歪まない
この世界のスキルというのは、主にふたつに分別される。
『通常スキル』と『固有スキル』である。
一般的に『スキル』というと後者のほうを指す。
『固有スキル』というのは生まれながらにして持つ先天的な技能のことで、人によって異なる。
帝国の兵士たちの必修であった『兜割り』や、シュリンクラブの『カニ剥き』などがそれにあたる。
持って生まれたスキルによって、一生が左右されるほどの重要なもの。
自分が何のスキルを持っているかは、特定の魔術によって視ることができる。
そして『通常スキル』というのは万人が持つ、普遍的なスキルのこと。
『手を動かす』『足を動かす』『歩く』『走る』『見る』『瞬きする』『ウインクする』……。
『心臓を動かす』『肺を動かす』『血を巡らせる』……ようは、生き物の行動はすべて『スキル』とされているのだ。
さらにすべてのスキルは、『上級』『中級』『下級』に分別される。
これは、このスキルがすべての社会で自然と生まれた階級のこと。
強力なスキルは『上級』とされ、王族や貴族などの高い地位に就くことができる。
『中級』スキルを持つ者は中流の暮らしが営め、『下級』スキルを持つ者は一生日の当たらない生活を強いられる。
あまりに強力なスキルは『神スキル』と呼ばれてもてはやされ、あまりに役立たずなスキルは『はずれスキル』などと揶揄される。
シュタイマンはそれらの言葉が嫌いであった。
そもそもスキルというのはすべてが素晴らしいもので、分け隔てなどするべきではないと思っていた。
さて、そのシュタイマンはいま、何をしているかというと、港にいた。
乗っていた客船を襲った巨大ガニは撃退できたものの、船体の損傷が著しく、最寄りの港に帰港を余儀なくされてしまう。
港に一時寄港すると、今回の騒ぎを聞きつけて記者たちが集まっていた。
そこでなぜか、乗客のひとりに過ぎなかった小太りの貴族が雄弁に語り始める。
「ひょひょひょひょ! 甲板に伸びている巨大ガニが見えるか!?
あれはこのヒョーセッツがスキルを使って甲羅を剥がし、一撃のもとに倒してみせたものだ!」
ヒョーセッツと名乗ったその貴族は、記者たちのインタビューに答えながら、さっそく港の作業員に指示を出す。
「ああ、キミキミ、この港で海産物を扱っている業者を呼んでくれたまえ。
巨大ガニは珍味とされているから、さぞや高い値段で売れるであろう! ひょひょひょひょ!」
我が物顔に加え、ホクホク顔のヒョーセッツ。
平然と手柄を横取りするどころか、巨大ガニの所有権まで主張しはじめる始末。
モンスターというのは基本的に、倒した者に所有権が認められる。
もちろん、それが真実の場合に限るが。
大胆なウソを見過ごせなくなったのか、船員や冒険者学校の生徒たちが抗議した。
「お客様! その巨大ガニを倒したのは、冒険者学校の生徒さんです!」
「そうだよ! 俺たちのクラスのシュリンクラブが『カニ剥き』のスキルで倒したんだ!」
「あっ、このひと見覚えがある! 子供や女性を突き飛ばして、真っ先に救命ボートに乗り込もうとしてたヤツだ!」
目撃者たちに問い詰められてもヒョーセッツは慌てず、上品に笑い返した。
「ひょひょひょひょ! 『カニ剥き』スキルだって?
戦闘スキルでもないし、そのうえ下級スキルではないか!
そんなので巨大ガニが倒せるわけがないのは、子供でもわかることだというのに……。
やれやれ、学のない庶民たちの嫉妬は見苦しいですなぁ! ひょーっひょっひょっひょ!」
庶民の下級スキルと、貴族の上級スキル。
この世界においては絶対的の価値観は、目撃証言よりも説得力がある。
記者たちはすっかりヒョーセッツが英雄で、その手柄を妬んだ庶民という図式を作り上げていた。
「ヒョーセッツ様が戦闘の上級スキルまでお持ちだったとは知りませんでした!
能ある鷹は爪を隠すというのは本当なんですね!」
「それに比べてあの庶民たちときたら、みっともないったらありゃしませんねぇ!」
「おいお前たち、あんまりしつこいと記事にして晒し者にしてやるぞ!
わかったら取材の邪魔をするんじゃない! しっしっ!」
それ以上言い返せなくなってしまい、船員や冒険者学校の生徒たちは引っ込まざるをえなくなる。
しかしそんな彼らの前に、救世主が現れた。
赤毛の少年を伴ったシュタイマンである。
「待ちたまえ。巨大ガニを倒したのは、ここにいるシュリンクラブ君だ。
他者の功績を横取りしようなど、キミは貴族の風上にも置けぬ者だ。恥を知れ」
ヒョーセッツは挑戦的に笑いながら受けて立つ。
「ひょひょひょひょ!
そんな青っちょろいんだか赤いんだかよくわからない子供が巨大ガニを倒したですと!?
それにお前は朝刊に出ていた追放者ではないか!
風下中の風下にいる人間の言うことなんて、誰が信じるというのだ! ひょひょひょひょひょ!」
したり顔のヒョーセッツ。
痛いところを突いてやったつもりであったが、シュタイマンの堂々とした態度は変わらない。
「キミの言うとおり、わたくしはたしかに追放された身だ。
だが身分や立場を振りかざしたところで、真実は歪められぬ。このシュタイマンの前ではな」
「ぐぬっ……! そこまで言うなら証拠はあるんだろうな!?
そこにいる庶民の証言なんぞ証拠にはならん!
貴族であるこのヒョーセッツの証言のほうが価値があるのだからな!
いくら去勢を張ってみたところで、これ以上の証拠がなければお前の負け、負けぇ~! ひょひょひょひょひょ!」
「証拠ならある。それは『スキル痕』だ。
人間やモンスターを傷付けた場合、その要因となったスキルが傷跡とともに残る。
犯罪捜査などにも利用されている技術だ。
あの巨大ガニのスキル痕を調べれば、『カニの殻むき』で倒されたことが明らかになるはずだ」
瞬転、ヒョーセッツの顔が醜く歪んだ。
「きっ……! 貴様っ!? なぜそのことを……!」
『スキル痕』は最近になって発見されたもので、帝国ではなじみが薄い。
悪事に興味のある王族や貴族、そして犯罪に関わる職種の庶民を除き、まだ多くの者たちが知らない概念であった。
そんなマイナーなトピックを、なぜシュタイマンが知っていたかというと……。
『スキル痕』を提唱したのは、他ならぬ彼だったからだ……!
しかしシュタイマンはそのことはおくびにも出さなかった。
「わたくしはスキル調律師だ。スキルのことで知らぬことはない。
キミがどんなスキルを持っているかも、すべてお見通しだ」
シュタイマンのギラリとした眼光は、紙の裏どころか背表紙まで見透かしそうなほどに鋭利であった。
ヒョーセッツは蛇に飲み込まれている最中のカエルのように真っ青になる。
ふたりの間に、記者たちが割って入った。
「『スキル痕』なら聞いたことがあります!
最近、帝国の憲兵局で取り入られれた鑑定方法で、正確さは折り紙つきだとか!」
「じゃあ話は早いじゃないですか!
ヒョーセッツ様、ここはひとつ『スキル痕』の鑑定をして、ガツーンと証明しちゃいましょうよ!」
「そりゃいい! 記事としてもさらに盛り上がります! さっそくやってみましょうよ!」
しかしヒョーセッツは、急に真っ赤になって両腕をぶんぶん振り回しはじめた。
「ならんならん、ならーんっ! それだけは絶対にならん!
『スキル痕』の鑑定なんてしてたまるかぁーっ!」
「えっ、なぜですか?」
「そっ、それは、その……! な、ナイショにしていた戦闘スキルがバレてしまうからだ!」
「そのことならご安心ください! スキル名だけは記事にしませんので!」
「そ、それでもダメだっ! 戦闘スキルを持っていること自体、誰にも知られたくないのだっ!」
「ええっ!? それなのでしたらなぜ名乗り出たのですか!?
巨大ガニを倒したと名乗り出た時点で、戦闘スキルがあると公言しているも同じなのに!」
「ぐぎゃあああーーーーーーーーーっ! とにかくナシったらナシっ!
ナシナシナシナシ、すべてナシぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ヒョーセッツは青くなったり赤くなったり、信号機のように顔色を変える。
とうとう記者たちを突き飛ばして走り出し、待たせておいた馬車に乗り込んで逃げてしまった。
唖然とする記者たち。
隣にいたシュタイマンが、ボソリとつぶやく。
「あの反応……。どうやらヒョーセッツ君の戦闘スキルは、相当とんでもないシロモノのようだな。
明るみに出たら、世間がひっくり返るほどの強大なスキルに違いない」
その一言に、記者たちの目つきがウサギの尾を見つけたキツネのように変わる。
「そうだ! こうしちゃいられない! すぐにヒョーセッツ様を追いかけるんだ!」
「その戦闘スキルを使っているところを真写に収めることができたら、一大スクープだぞ!」
「こりゃ、巨大ガニどころじゃないな! これからヒョーセッツ様を24時間監視するんだ!」
波打ち際のサワガニが散っていくように記者たちはいなくなり、巨大ガニは正式にシュリンクラブ少年のものとなった。
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