05 一撃必殺のスキル
シュタイマンは冒険者学校の生徒である、シュリンクラブの腕を掴んで混乱の船内を進む。
小さな救命ボートに集まり、争いを始める者たちにも目もくれず、ずんずんと船首へと向かう。
シュリンクラブのクラスメイトたちは「面白そうだからついていってみようぜ!」と後に続いていた。
船首から現れた巨大ガニは、とうとう甲板にまで侵攻してきている。
槍を手にした船員たちと、一部の勇敢な乗客たちが応戦していたが、まったく歯が立たない。
巨大ガニの殻は鋼鉄のように硬く、生半可な剣撃スキルなどやすやすと跳ね返す。
ハサミがギロチンのごとく振り下ろされ、甲板に大穴を開ける。
人間など一撃で両断するほどの攻撃から、逃れるだけで精一杯のようであった。
シュリンクラブは赤毛を消し飛ばされる炎のように逆立てて、すっかり震えあがっている。
「お、オジサン、やっぱりムチャだよっ!? ボクなんかのスキルじゃどうにもならないよっ!」
しかしシュタイマンは聞く耳を持たず、シュリンクラブをぐいぐいと引っ張って参戦する。
ハサミがギリギリ届かないくらいの砂かぶり席までやって来ると、
「シュリンクラブ君、少々失礼する」
そう断ってから、シュリンクラブの腰に手を回してから、ぐいっと抱き寄せた。
そばかすまみれの顔を、ポッと赤くするシュリンクラブ。
「な、なにするのさ、オジサン」
「キミの持っている、あのスキルを巨大ガニに向かって使うのだ」
それだけでシュリンクラブは察したが、とんでもないとばかりに目を剥いた。
「ええっ!? あのスキルを!? でも、あんなでっかいのに効くわけが……!」
「いまは問答している時間などない。いいから、わたくしの言うとおりにするのだ」
シュタイマンは懐から音叉を取りだし、ハンドベルのようにひと振りする。
……ポーン!
その音色は柔和であったが、戦いの騒乱の中でもハッキリとした主張を持って響き渡った。
甲板で戦っていた者たちが、何事かと手を休めて注目してしまうほどに。
そしてシュリンクラブには不思議な感覚が湧き上がっていた。
「お……お腹が、あったかい……!?」
「そうだ。わたくしがキミのスキルを調律し、効果を一時的に増幅したのだ。
だいぶ落ち着いてきただろう?」
「う、うん……! なんでだろう、ずっとドキドキしてたのに、嫌な感じがぜんぜんなくなった……!
なんだか、ワクワクするようなドキドキになった……!」
「よし、それではシュリンクラブ君、キミの自慢のスキルをあやつに叩き込んでやるのだ。
キミは誰にも負けないスキルを持っているはずだ、しかもふたつも。
ひとつは『エビ剥き』スキル。そしてあともうひとつは……」
シュリンクラブの顔にもう迷いはない。
巨大ガニに向かってバッ! と手をかざすと、赤毛を逆巻く炎のようになびかせ叫んだ。
まるで、ボクのスキルを見ろといわんばかりに。
「これがボクの、『カニ剥き』スキルだぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……ズトッ……! ガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
轟音とともに巻き起こった光景に、誰もが目を疑った。
巨大ガニの甲羅が、まるで小さなサワガニのそれであるかのように、軽々と吹っ飛んでいたからだ。
生きたまま甲羅を剥かれた巨大ガニは、最初はなにが起こったのかわからない様子でキョトンとしていた。
攻撃を再開しようとハサミを振り上げようとしたが、ままならない。
剥がれた甲羅はハリケーンで巻き上げられた馬車のように宙を舞ったあと、巨大ガニの剥き出しの身にズドンと突き刺さった。
キシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?
まさか自分の甲羅が剥かれ、それが降ってきたとは思いもしなかっただろう。
巨大ガニはわけのわからぬまま、断末魔の絶叫とともにあたりに泡を吹き散らかし、やがて絶命した。
誰もが呆然自失のようになっていた。
船員も、冒険者たちも、面白半分でついてきたクラスメイトたちも。
そして誰よりも、この事をしでかしたシュリンクラブがいちばん唖然となっていた。
「う、うそ……。こ、このボクに、こんな力が……あったなんて……」
次の瞬間、彼は英雄となった。
「うおおおおおっ! すげえすげえすげえ! すげえな、お前っ!」
「プロの冒険者でも歯が立たなかった巨大ガニを、一撃で倒すだなんて!」
「マジですげえよ! 『カニ剥き』スキルがこんなに強力だなんて知らなかった!」
「今までバカにして悪かった! お前、最強だよっ!」
「おいみんな! この船のピンチを救ってくれた英雄を胴上げだっ!」
甲板にいた者たちから歓声とともに取り囲まれ、あれよあれよという間に胴上げまでされるシュリンクラブ。
まだ信じられない様子で宙を舞う赤毛の少年。
シュタイマンはというと、そのお祭り騒ぎを遠巻きに見つめていた。
見事な演奏を披露して拍手喝采を浴びるピアニストを、舞台袖で見つめる調律師のように。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『カニ剥き』スキルというのは、その名のとおりカニを簡単に剥けるスキルのことである。
一般的に『はずれスキル』とされており、このスキルを与えられた者の将来は、レストランの厨房で一生カニを剥く運命にあった
このスキルをモンスターに対して使おうなどという者は、誰ひとりとしていなかった。
しかしシュタイマンは、己の調律によって、このスキルを戦闘スキルにまで昇華させたのだ。
特定のモンスター限定ではあるものの、強敵を一撃で葬れるとなると話は変わってくる。
言うなればこれは、『トカゲ殺し』スキルが『ドラゴン殺し』スキルになるようなものである。
『はずれスキル』が、一瞬にして『神スキル』に……!
そしてそのキッカケを作った張本人は、水晶玉の前でワナワナと震えていた。
「ば……ばかな……! わらわが呼び出したモンスターを、一撃で葬るとは……!
おっ……おのれ! おのれぇぇぇぇ……!
わらわは占いによって、すべてを思うがままにしてきた……!
『地獄に落ちる』と言ってやれば、すべての者がわらわの足元にすがってきたというのに……!
あのシュタイマンだけは、わらわの思い通りにならぬ……!
なぜだっ、なぜだっ、なぜなのだっ……!?
だが、わらわは決してあきらめぬぞ……!
わらわはなんとしても、そなたを手に入れてみせるっ……!
たとえ地獄の底に逃げても、引きずり戻してくれようぞっ……!」
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