27 爆炎の少女
新しく聖偉に就任した、ドリヨコとノット・リー。
彼らの前途は多難であった。
ドリヨコは戦闘スキルがないので戦場に出られない。
しかし世論からは戦場での活躍を期待されていた。
さらに世論は『巨大カボチャコンテスト』の結果をずっと引きずっている。
「あの巨大カボチャを作った少女を帝国に呼び戻して聖偉にしろ!」という声を揉み消すのに、ノット・リーは忙殺されていた。
そんなことを知ってか知らずか、オールドホームの里は実に平和であった。
畑で採れる野菜は大豊作で、山小屋のメンバーだけでは食べきれないほどになっていた。
ノーフの申し出でスラム街のみんなに食べてもらおうということになって、野菜スープの炊き出しを始める。
これが大混乱を引き起こすほどの大好評を博す。
まともな食事に貧民はゾンビのように押し寄せたが、ダッシュの一撃で整列させられた。
野盗たちは独占しようと徒党を組んで奪いに来たが、ダッシュの一撃で整列させられる。
天使のようなノーフとティアのコンビが荒んだ者たちの心を清らかにし、あったかい野菜スープは彼らの心に染み渡った。
ダッシュは「タダで食わせるのはもったいねぇなぁ」と、労働力として使役することを思いつく。
シュタイマンは集まった者たちのスキルを選別し、彼らにあう仕事を与えた。
農耕スキルや畜産スキルのある者は農夫として、大工スキルのある者は建築として、料理スキルのある者は料理人として、戦闘スキルのある者は畑の番人として。
彼らのスキルはすでにガタガタであったが、シュタイマンの調律によって働く喜びを再び得るに至る。
おかげでオールドホームの里は急速に発展。
山小屋はキレイにリフォームされ、さらには他の家も建ち並ぶようになった。
山は畑でいっぱいになり、野生の牛や馬、豚や鶏を飼い慣らした牧場もできた。
シュタイマンの朝食に、ついにゆで卵が戻ってきたのだ。
かつての住まいを追い出されたときに持ち出した、白磁のエッグスタンド。
それが再び使えるとあって、シュタイマンはご機嫌であった。
「うーん、この純白があってこそ、食卓は輝く。
そしてこの尊いふたつの命こそが、わたくしというものを作り上げている。
たとえ明日、世界が終わるとしても、わたくしの朝はこのふたつの命とともに始まるだろう」
「やれやれ、オッサンの卵好きは相変わらずだったか。
せめてなにか付けて食ったらどうだ」
「いや、ダッシュ君。
ゆで卵というのは何も付けずに食し、その独特の食感とほのかな甘みを楽しむものなのだよ」
「マジでジジイじゃねぇか。
卵ってのはマスタードとケチャップとタバスコをたっぷりかけて食うもんだよ」
「相変わらず、キミの味覚は幼稚なようだ」
「オラは塩がいちばんだと思うだ」
「俺たちゃずっとコショウだな!」
「わたしはマヨネーズです」
「なんだとぉ!? お前ら、俺のスペシャルブレンドを知らずによくここまで生きてこれたな!
おいティア、調味料もってこい!」
「あいにくだが、わたくしは遠慮させてもらう。
これから仕事があるのでね」
「おじさま、どちらに行かれるのですか?」
「この山に『結界』を設置するため、ひとまず下見しておこうかと思ってね」
シュタイマンが山小屋の外に出ると、ひとりの少女を先頭に、大勢の男たちが山道を登ってくるのが見えた。
朝食を終え、農作業に出ようとしていたガタヤスたちが、彼らを迎える。
「おう、お前らいったい何の用だ?」
来訪者たちのリーダーであろう、小柄な少女が出会い頭に吐き捨てる。
「雑魚は引っ込んでな」
少女はボサボサの赤髪で、顔の左半分を隠すほどに前髪を長く伸ばしていた。
露出している右目は、冷えて固まったマグマのような色をしている。
あどけない顔立ちを強気な表情で打ち消し、黙っていれば少年と間違えるほどに男っぽい。
山小屋に向かおうとする彼女の前に、ガタヤスたちが立ちふさがる。
「なんだぁ、ずいぶんと威勢のいいガキじゃねぇか。
それに穏やかな用事じゃねぇようだから、ここを通すわけには……」
少女が指をパチンと鳴らすと、
……ごうっ!
とガタヤスたちの眼前を、灼熱が通り過ぎていった。
ヒゲを焦がされ、「ひいっ!?」と尻もちをつくガタヤスたち。
「黒焦げになりなくなけりゃ、アタイの邪魔をするんじゃないよ!」
自分よりもひとまわり以上の少女に一喝され、「ひぃぃぃぃーーーーっ!」と山小屋に逃げ戻るガタヤスたち。
ちょうど畑へと降りてきたシュタイマンの背中に、サッと隠れていた。
畑を踏み荒らしながらズカズカとやってくる少女。
紳士はその顔に見覚えがあった。
「キミは……マ」
シュタイマンが少女の名を呼ぶより先に、少女が打ち消すように叫んだ。
「アタイは、マイトだ! この集落は、今日からアタイたち『モヤスゾ団』がもらった!」
騒ぎを聞きつけ、山小屋からダッシュとティア、そしてノーフも出てくる。
「朝っぱらから賑やかだな。ダンスパーティには早いんじゃねぇか?」
マイトと名乗った少女は、ダッシュを見るなり威嚇する子猫のように、くわっと小さな八重歯を剥いた。
「お前がここのリーダーだな! 黙ってここをよこしな! でなきゃ、痛い目に遭うよ!」
「へぇ、痛い目ってのはどんなのなんだ? その生え変わりそうな牙で甘噛みでもしてくれんのか?」
「バカにするなっ!」
挑発に乗るように、少女は天高く指先を掲げる。
……ばちんっ!
と鳴らしたフィンガースナップを上書きするように、
……どごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
山小屋の上空に大爆発が起こり、天を焦がすように炎が噴き上がった。
「「きゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」
落雷を怖がる子供のように、耳を押えてしゃがみこむティアとノーフ。
ガタヤスたちはもう、山小屋の軒下に逃げ込んで震えていた。
さすがのダッシュも「うおっ!?」と空を見上げる。
シュタイマンだけはじっとマイトを見据えていた。




