24 人質になった紳士
ダッシュの2発目の『ワイルド・ファング』を受け、頭から地面に突っ込むゴッドファーマーと護衛たち。
株のように埋まり込んでしまった頭を、うんうんと踏ん張って引っこ抜いたあと、土まみれの顔で叫んでいた。
「お……オラを聖偉大農夫と知ってのことだか!?
いったい、何者だおめえはっ!?」
聖偉に対しては暴言だけでも罪となる。
しかも暴力を振るったとあっては、死罪も免れない。
しかしダッシュは遅刻した不良少年以上に反省する様子もなく、首をコキコキ鳴らしていた。
「そりゃこっちのセリフだ。
挨拶もできねぇ田舎者に名乗る名前なんてないね。
同じ田舎者でも、うちのシンデレラとはえらい違いじゃねぇか」
騒ぎをききつけたシンデレラと、その他の面々が山小屋から出てくる。
「ダッシュさん、いったい何事だか!?
ああっ!? そこにいるのはゴッドファーマー様でねぇか!?」
現れたゴールドメンバーに、ぎょっとなるゴッドファーマー。
「なっ!? おめえはノーフでねぇか!? それにシュタイマンまで!?
ははぁ、わかったぞ! おめぇらがこっそりあのカボチャを育てただな!?
まぁ、今はそれはどうでもいいだ! オラにカボチャをよこすだ!」
懲りずに起き上がってカボチャに向かっていくも、ダッシュの『ワイルド・ファング』でスマートボールの球のように吹っ飛ばされるゴッドファーマー。
大勢の護衛もまったく歯がたたず、たったひとりの少年によってズタボロにされてしまった。
「つっ……強ぇ……! このクソガキ、とんでもねぇ強さだべ……!」
「言っとくが、俺の迅さはまだ速歩ってところだぞ。
見せてやろうか? 全力の襲歩を……!」
「ひっ……! ひいいっ!? ま、まいっただ! もうやめてくれろ!」
ゴッドファーマーは聖偉大農夫である自分が尋ねれば、平伏してカボチャを差し出してくるかと思っていた。
そうならなくても護衛に命じて力ずくでも奪うつもりでいたのだが、完全にアテがはずれてしまう。
ゴッドファーマーは一計を案じる。
ダッシュの狼藉をタテに、彼らを脅した。
「そこにいるダッシュとかいうクソガキは、聖偉大農夫であるオラに暴力を振るっただ!
オラがその気になれば、帝国の兵士が大勢やってきて、おめぇらなんか皆殺しにできるだぞ!」
しかし、不良少年よりもタチが悪い狼少年には通じない。
殺戮への脅迫も、隣町の番長からの呼び出しのように目を輝かせる。
「マジかよ、最近スキルの調子が絶好調だから、暴れたくてたまらなかったんだ。
その兵士とやらをぜひ呼んでくれよ、できれば1万人くらいたのむぜ。
どうやら俺は、命懸けのバトルじゃねぇとノレねぇみたいなんだよな」
「ぐっ……! ぐぬぬぬぬっ……!」
ゴッドファーマーはダッシュの余裕がハッタリだと思っていた。
もちろんゴッドファーマーがその気になれば、聖偉大将軍を通じて兵を動かすこともできるのだが……。
今、それをやっているだけの余裕はなかった。
いまから王城に戻って兵を動員していては、『カボチャ祭り』まで間に合わないかもしれない。
それにここが戦場になるようなことがあったら、カボチャがメチャクチャになってしまうかもしれない。
ゴッドファーマーとしては今ここで、カボチャを持ち帰らねば意味がないのだ。
彼は歯ぎしりをしながらあたりを見回し、次の交渉材料を探す。
すると、ティアとノーフのふたりの少女が、隠れるように寄り添っているある人物に気付く。
その瞬間、ゴッドファーマーの頭上に例の電球が灯った。
「そこにいるシュタイマンは、帝国のカボチャ畑を襲撃した犯人となっているだ!
帝国を追放された腹いせに、ゴロツキどもを雇ってカボチャ畑を襲撃した罪に問われているだぞ!
ここに隠れているとわかったら、とっ捕まえて処刑することもできるだぞ!」
「わたくしは、そんなことはしていない」とシュタイマン。
「別にいいんじゃねぇか? オッサンも十分に生きただろ」とダッシュ。
ティアとノーフは、自分の首が飛ばされたかのように仰天。
ふたりして前に出て、シュタイマンをかばった。
「お、おじさまを連れていかないでください!」
「そ、そうだ! シュタイマン様はカボチャ畑を荒らすような、ひどいことをするお方ではないだ!」
ゴッドファーマーは、ようやく理想的なリアクションを引き出せたと、ニヤリほくそ笑む。
「シュタイマンを処刑されなくなかったら、この畑にあるカボチャをオラによこすだ!
そったらオラが特別に便宜を図ってやって、シュタイマンに恩赦をくれてやるだ!」
「犯してもいない罪の恩赦を受けるわけにはいかない」
シュタイマンは即座に断ったが、ノーフは違った。
「わ、わかっただ! シュタイマン様を助けてくださるなら、カボチャは差し上げるだ!」
驚く周囲をよそに、ノーフは話を進める。
「ただ、ひとつだけ教えてほしいことと、ふたつだけ約束してほしいことがあるだ!」
「なんだべ?」と聞き返すゴッドファーマー。
「まず教えてほしいことは、カボチャをなにに使うつもりなのか、教えてほしいだ!
カボチャなら帝国にいくらでもあるはずなのに、なんでここのカボチャが欲しいだ!?」
ノーフの言うとおり、本来は帝国にいくらでもあるカボチャをここまで欲しがるのは不自然であった。
ゴッドファーマーはここでウソをつくことも考えたのだが、ヘルボトムの人間になら話しても問題ないだろうと思い、正直に答えた。
「もうすぐ『カボチャ祭り』で『巨大カボチャコンテスト』があるだ。
オラのカボチャは大きいのがなくなっちまったから、ここのカボチャを出品するだ。
他人が育てたカボチャを出品するのは御法度なのは、もちろんわかってるだ。
でもそんなこと、黙ってればわかりゃしねぇだ」
その一言に、ノーフは「えっ」と虚を突かれていた。
彼女は純朴で、聖偉ともあろう人間が堂々と不正をするとは思ってもいなかったのだ。
しかし少女はその思いを飲み込むと、こくりと頷く。
「そういうことなら、わかっただ。じゃあ、ふたつほど約束してほしいだ。
ひとつは、このオールドホームで『高貴野菜』を栽培することを許してほしいことと……」
少女は真摯なる瞳で、もうひとつの願いを告げる。
「持って行ったカボチャは、コンテストに出したものも含めて、ちゃんと食べてほしいだ。
オラのカボチャは大きくても、味はおいしくなるように作ってあるだ」
「なぁんだ、そんなことだべか!
お願いだと言うから、自分を帝国に戻してくれとか、金をたんまりよこせとか、そんなことかと思ってたべ!
そのくらいならお安い御用だべ! だっはっはっはっはっ!
おおっと、今さら気付いてももう遅いだ! もう約束は果たされただ!
そんなだからおめぇは『作物の成長促進』スキルなんて立派なもんを持っていても、小作人止まりなんだべ!」
ノーフの思いをバカにするかのように、腹を抱えて爆笑するゴッドファーマー。
ファングとティアは、「マジでいいのかよ?」「本当によろしいのですか?」とノーフに詰め寄る。
ノーフは許しを求めるように、シュタイマンを見つめていた。
シュタイマンは、ゆっくりと頷く。
「ノーフ君。いわれなき罪を問われたところで、わたくしは構わない。
しかしここにあるカボチャは、キミが持参した種で、キミのスキルによって育てられたものだ。
そしてキミは、このオールドホームの里における農業のトップでもある。
そのキミが考えて判断したことならば、わたくしは何も言うまい」
「俺たちもシュタイマンさんと同じだぜ! ノーフそこまで言うなら、くれてやってもかまわねぇ!」
ガタヤスたち農夫軍団も賛同する。
結局、ゴッドファーマーは通常サイズのカボチャを残し、大きなカボチャをあらかた持っていってしまった。
ホクホク顔で下山していく彼らを見送りながら、シュタイマンはつぶやく。
「これからゴッドファーマー君は、己の犯した罪にふさわしい、大いなる裁きを受けることになるだろう」




