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17 野菜たちのスキル

 山賊だった者たちを、元の農夫たちに戻すと言いだしたシュタイマン。

 その申し出に、当の山賊たちは鼻をすすりあげる。


「ぐすっ、そりゃ俺たちだって、できることなら元の農夫に戻りてぇさ。

 だが、なにかを作るだなんて、このヘルボトムじゃバカのすることなんだ。

 ここいらで農業なんてやってるヤツなんて、誰もいねぇよ」


「やっている者がいないのと、できないということは同一ではないだろう」


「そりゃそうだが、俺たちにはもう『耕運(こううん)』スキルだってまともに使えやしねぇんだ。

 長いこと使ってねぇから、すっかりサビついちまってる」


 「そうなのか? 俺たちよりはずっと耕すのがうまいように見えたが」とダッシュ。


「全盛期に比べたらガキの遊びみたいなもんだ。

 それにたったこれだけの畑を耕しただけだってのに、もう身体が悲鳴をあげちまってる。

 『耕運(こううん)』スキルがちゃんとしてりゃ、こうはならねぇってのによ」


「それなら、まさにオッサンの出番じゃねぇか」


 ダッシュが視線をやると、そこに音叉を手にしたシュタイマンが。


「これからガタヤス君をはじめとして、キミたちのスキルを調律(チューニング)する。

 そうすれば、昔のようにクワを振るえるだろう」


「ちゅーにんぐ? なんだそりゃ? あっ……ああっ!?」


 ……ポーン!


 言うが早いが、音叉の音色とともにガタヤスの身体に手をかざすシュタイマン。

 微弱な電流を流されているかのように、筋肉がピクピクと震える。


「な、なんだこりゃ!? お、おいシュタイマンさんよ、俺の身体にいったいなにを……!?」


「いいから、じっとしているのだ」


「そ、そんなこと言われたって、なんだかくすぐったいっていうな、なんていうか……あぉぉっ!?」


 薄汚れた身体をわななかせ、のけぞるガタヤス。

 シュタイマンは「これでよし」と頷いた。


「これでキミの固有(ユニーク)スキルはすべて最高の状態となった。

 ためしに、『耕運』スキルを使ってみるといい」


 ガタヤスは「そういえば、身体が軽くなったような……?」と、キツネにつままれたような表情で立ち上がる。

 山小屋の壁に立てかけていたクワを手にすると、まだ未開拓の地へと向かう。


 そして、クワを高々と振り上げる。


 ……ぐばあっ……!


 ただクワを振り上げただけだというのに、空が鳴動したかと思うほどのオーラを放つ。

 「お、お頭……!?」と、手下たちが息を呑んでしまうほどに、威風堂々とした姿だった。


 それはまさに、『働く男』の姿。

 たくましい両腕で、己を、家族を、そして国を養ってきた、『生産者』の姿であった……!


 ゆっくりと振り上げられたクワは陽光を受け、神気を感じさせるほどの光明を放つ。

 カッと輝いたガタヤスの姿がシルエットとなって浮かび上がる。


 そしてついに、天空ほどの高みから、その力は振り下ろされた。


 ……ずしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!


 クワが大地を穿った途端、周囲の土が沸騰するように湧き立つ。

 ガタヤスを中心として、周囲5メートルほどの硬い土が見えない力によって掘り返され、やわらかく生まれ変わった。


 生命を産み出すにふさわしい『土壌』へと……!


 それはあまりにも見事な『耕運』であった。


「おっ……おおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 山小屋のテラスで見ていた者たちは、思わずスタンディングオベーション。

 当のガタヤスは、信じられないように己の手を見つめていた。


「す、すげぇ……! 俺が若いときのスキル、そのまんま……!

 いや、それ以上だ……!

 この力があれば、いくらだって畑を耕せるぞ……!」


 「やっぱりプロは違うな、かなわねぇや」とダッシュ。

 「はい、とっても素敵です!」とティア。


 ガタヤスの手下たちは、シュタイマンに詰め寄っていた。


「シュタイマンさん、頼む! 俺にも、ちゅーにんぐとやらをやってくれ!」


「お頭の『耕運』を見てたら、もう我慢できなくなっちまった!


「そうだ! 俺も昔みたいに、ガンガン畑を耕してぇ!」


 農夫としての血が騒ぐような彼らは、もはや山賊などではなかった。

 シュタイマンは「もちろんだ」と言わんばかりに大きく頷き返す。


「ヘルボトムウエスト、オールドホームの里……。

 この不毛の地において、新たなる農業の歴史が始まる。

 その1ページは、キミたちのような偉大なる農夫によって刻まれるのだ……!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 オールドホームにある3人暮らしだった山小屋は、一気に10人ほどの大所帯となった。

 ガタヤスを始めとする山賊たちが足を洗い、この地で農業を始めたからだ。


 もともと山小屋は、大勢の人間が暮らせるようにと部屋数がたくさんあったので、居場所については何の問題もなかった。

 問題があるとすれば、それは食料。


 10人分、しかも働き盛りの男たちを賄うには山で得られるものだけでは少し物足りない。

 事態を重く見たシュタイマンは、ある決断に踏み切った。


 畑には山から採ってきた野生種の野菜が植えられている。

 植えて芽が出たばかりなので、食べられるようになるのはまだ先の話。


 シュタイマンは畑の中心に立つと、天高く音叉を掲げる。

 何事かと仲間たちが見つめるなかで、高らかにそれを鳴らした。


 ……ポーン!


 シュタイマンが差し出す手の爪先から、雫のようなものがこぼれ落ちる。

 それが地面に落ちると波紋のようなオーラとなって、畑全体に広がっていく。


 ……ポーン、ポーン、ポーン!


 シュタイマンの手のひらは、朝露を浮かべた葉のようになる。

 その雫を静かなる湖に垂らすかのに、幾重もの波紋を広げていった。


 その最中、シュタイマンはなにやらブツブツとつぶやいていたが、音叉の音で聞き取れない。

 しかしどうしたことだろう、まだ小さかった畑の芽たちが、急に目覚めたかのように、


 ……にょきにょきにょきっ!


 と音がしそうなくらいに急成長。

 あっという間に畑を緑々しい葉っぱで覆ってしまった。


 いきなりのことに、周囲で見ていた者たちは言葉を失う。

 シュタイマンはしゃがみこむと、足元にあった蔓を手にとり、手綱のように引っ張る。


 すると地面からは、まだ小ぶりではあるものの、鈴なりになったサツマイモが現れた。

 ガタヤスは唖然としたまま言う。


「しゅ……シュタイマンさんは、『成長促進』スキルの使い手だったのか!?」


 「あの、上級スキルの……!?」とざわめく農夫たち。

 農業系のスキルには明るくない、ダッシュとティアはキョトンとしたまま。


 しかしその正体は、上級スキルよりもとんでもないものだった。


「いいや。これはわたくし自身のスキルではない。

 調律(チューニング)によって、この野菜たちが持つ『成長力』のスキルを増幅させたのだ」


 野菜のスキルを増幅。

 それは未だかつて誰もが耳にしたことがない、斬新かつ、荒唐無稽な言葉であった。

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