第95話:反乱前夜③
智香子とベネッタが世界に飲み込まれる、前。
妖精女王であるエフィエルシーの力により、智香子とカロラスの二人は王城内に到着していた。
場所は外交の際、転移魔法陣により他国の重鎮たちが訪れる部屋、いわゆる外交の窓口である。
妖精女王の記憶から、彼女自身がアドリオンに来たことのある場所へと飛ばしてくれたのだろう。
「反乱?!え、今?!」
ことが起きている議会室へ急ぎながら、カロラスは智香子へ事情を話す。
議会室は別の塔にあるため、距離がある。
急ぎ走りながら、カロラスは頷いた。
「教会信者が貴族にもたくさんいて、そいつらが国を乗っ取ろうとしてるんだ。女神の生まれ変わりとされている、ベルを王にすることで。」
エフィエルシーから教えてもらったことを思い出す。
「でもベネッタを王にして何が変わるっていうの?ベネッタは、その、“世界の乙女”なだけでしょ?」
「“世界の乙女”について、妖精女王陛下から色々聞いたんだな。」
それなら話は早い。
「“世界の乙女”の力は「約束」と「言霊」。普通の人が持たない特別な力を使い過ぎることで、乙女たちは早く死ぬんじゃないかと考えたベルは、言葉を限りなく少なくし、無意識に「言霊」を使うことを避けた。「言霊」は「約束」よりも負担は少ない。結果、ベルは通常13歳までしか生きられないところを14歳まで生きて見せた。…もし誰かの命を対価に「約束」を取り付けられたら、ベルは世界に取り込まれることになる。」
「その「約束」でベネッタが世界に取り込まれるなら、わざわざ王様にする必要なんかないじゃない!」
立ち止まったカロラスにつられ、立ち止まる。
青い瞳がこちらを見た。
「あいつらの狙いは、稀に“世界の乙女”に起きる世界との一体化だ。世界と一体になった“世界の乙女”は、世界の力を際限なく使える。奴らは世界と一体化したベネッタを使って、自分たちの望みを叶えまくるつもりなんだよ。」
遠くで金属音が聞こえる。身を隠せば、近くを鎧を身に纏った兵士たちが通り過ぎていった。
こっちだ、とカロラスに手を引かれ、二人はまた走り出す。
「世界と一体化したら、どうなるの?」
「…世界に取り込まれることなく、世界の力を際限なく使えるけど、元の人格は消える。あと、やっぱり早く死んじゃう。」
手を引きながら前を走るカロラス。
彼の顔は、智香子からは見えなかった。
「…だったら、なんとしても反乱を阻止しなきゃいけないわね。」
次の角を曲がれば、議会室がある塔へつながる通路に出る。
曲がった二人は固い何かにぶつかり、尻もちをつく。
なんだと顔をあげれば、そこには兵士が立っていた。
互いに顔を見合わせる。
「チカ!走れ!」
「第二皇子殿下を発見したぞ!」
一泊兵士が遅れたことで、智香子は兵士を抜かすことに成功した。
見知らぬ小娘よりも、第二皇子の方が重要と判断したのだろう。
「カロラス!」
「すぐ追いつくから!とにかく走って逃げろ!」
兵士は剣を手に持っていた。つまり、害する意図があったということ。
僅かに合わせられた目からは、敵意を感じた。
魔法も使えず、剣もろくに操れない、戦えない智香子があの場にいても力不足だということは分かっているが、やはり無事かどうか気になってしまう。
走る智香子はそっと後ろを振り返った。
「「「「待て~~~~~!!!!」」」」
「なんで?!」
追いかけてくる大量の兵士。
逆によく気づかなかったと思うくらいの人数だ。
なぜ智香子を追ってくるのか。
「こんなこと自分で言うのもあれだけど、私なんの力も持たないんだけど~!?」
「貴様が第二皇子殿下と親しい様子だったことはゲットル伯爵から聞いている!」
「貴様を捉えれば第二皇子殿下への人質となる!」
「他の王族ともつながっているかもしれない!」
「「「「だから捕まえる!!!!」」」」
「許さないから、あの禿げ伯爵!」
想い鎧を身に着けていても、相手は兵士。
智香子の体力は底を付き、それでも頑張って走っていたのだが、足がもつれて転んでしまう。
少し荒げた呼吸のまま、兵士がにじり寄ってくる。
「ふぅ…。よくも逃げてくれたなぁ…。」
「はぁ…。これでもうおしまいだ…。」
「子供が、大人をからかうんじゃない…。」
鋭く光る剣は、簡単に命を奪ってしまうことが出来る武器だ。
それを向けられて、身体が震える。
しかし智香子は言わずにはいられなかった。
「子供だなんだと好き勝手言って…私は子供じゃないわ!大人よ!」
大人、という部分に首を傾げられ、倒れている智香子を今一度しっかり見て、再度首を傾げられる。
今度の震えは恐怖からではない。
「見下すな~~~~!!!」
怒りだ。
智香子の叫びと同時に、横の壁が破壊される。
巻き込まれたのはちょうど壁の横に立っていた兵士たち。
壁の下敷きになってしまった彼らの上に、軽やかに降り立つのは巨大な獣。
薄桃色の毛色を風になびかせ、紫に光る眼光は鋭い。
ほんのりと甘く香る匂いはとても美味しそう。
しかし、その大きさが、食欲を根こそぎ奪っていく。
人の身長を悠に超える体躯。
ダミアンの肩程か。智香子など余裕で頭から飲み込まれるほどの大きさ。
智香子の体が固まる。
見覚えがあるのだ。この世界に始めて来たときに、洞窟で出会った、あの獣。
(な、なんで、あの時のオオカミがここに…?!)
前は立っていた状態だったが、今は座り込んでいる。そのためより巨大に見えてしまっており、より恐怖を感じてしまっていた。
しかしよくよく見てみれば、向けられる視線も、雰囲気も、優しいものである。
大きな体で軽く兵たちの上から降りた獣は智香子の前にやってくる。
近づく顔にぎゅっと目を閉じたが、痛みは何も感じない。
頭に何か柔らかいものが触れたのを感じて目を開ければ、自分の体が浮かび上がり、そのまま優しく地面に立たせられる。
何が起きているのだろう?と獣を見ると、彼(注:オオカミ)は優しく口元を緩めた。
「約束を果たしに来たぞ、幼き少女よ。」
「……オオカミから、すごいカッコイイ声が…。」
つい数時間前まで妖精とひと悶着あったばかりだからか、獣がイケボで話し始めたことに脳がついていかない。
混乱する智香子の耳に慌ただしい足音が聞こえる。
はっとして獣の奥の方を見れば、兵士が。また振り返れば、そちらからも兵士が。
まずい。
なんとかここから逃げて、ベネッタたちの元へ。
でもその方法が分からない。
智香子がどれだけ悩もうと、兵士たちは待つことはない。
目に入ったのは、薄桃色だ。
迷わずそれを掴む。
「出会って突然で悪いけど、貴方の背中、乗せてもらえないかしら?」
「我を前にして、我の背に乗りたいと申すか。面白い!良いだろう!」
獣の全身が、淡く桃色に光る。すると智香子の体は浮かび上がり、その背に跨る形で落ち着く。
どこへ行く?と訪ねられ、智香子は迷わず答えた。
「私の大切な家族の所へ。」
「承知。」
壊れた壁から一切迷うことなく飛び出した獣。
その背に乗っていた智香子は理解に遅れたが、慌てて背にしがみついた。
しかし構えていた浮遊感も衝撃もやってこない。
目を開ければ、薄い膜のようなものが自分の体の周りを円状に覆って守ってくれていた。
安全だと分かれば楽しいものだ。
空をまるで地面のように移動するのは新鮮で、ワクワクして、自然と笑みが零れた。
王城の上まで来た所で獣が止まる。
風が強いはずなのに、一切感じない。魔法か?
「して、大切な家族とやらはどこにいる?」
獣からの言葉にはっとする。
何も伝えてなかった!と。しかし自分も今彼らがどこにいるのか分からないのだ。
議会室がどこか分かっているカロラスとは離れてしまったし。
「カロラス!」
そこでカロラスのことを思い出す。カロラスは無事なのか。捕まって傷つけられてはいないだろうか。
さっきのワクワクはどこかへ、心配が智香子の中を埋め尽くす。
どころか、カロラスは今危機的状況なのに、一瞬でもそれを忘れて楽しんでしまった自分が許せない。
「ふむ。お主はカロラスと言う人間を探しているのだな?」
しばし待て。獣の言葉に首を傾げている間に、どうやら終わったらしい。
「分かったぞ。ここ周辺にカロラスという名の人間は一人のみ。この建物の中で何やら戦闘中だな。」
「なんで分かったのかしら…いや、この世界でそれを聞くだけ野暮ってもんよね。無事なら良いわ!」
反省は後でも出来る。
無事なら、カロラスが頑張って戦っているのなら、今自分がすべきことはベネッタたちの元へ駆けつけることである。
なんだか胸騒ぎがするのだ。早く、ベネッタの元へ行かなければならないと、急かされる。
「ベネッタと言う少女の所へ行きたいの。また、頼まれてくれるかしら?」
「良いだろう。これも一興よ。」
獣が探ってくれている時、どこかで衝撃音が鳴る。
音をたどれば智香子たちが出てきた壁からそう離れていない場所が壊れており、そこから少年が飛び出す。
カロラスだ。無事をこの目で見ることが出来て、智香子は安堵する。
すると獣がベネッタを見つけたらしい。
智香子は腹に力を入れた。
「カロラス!」
名を呼ばれ上を見たカロラスはとても驚いた顔でこちらを見た。
「ベネッタ!あっち!」
驚いた顔はそのままに、カロラスは頷いて走り出す。
カロラスが走り出すよりも前に、獣は智香子を乗せたまま空を駆けた。
見えてきたのは、元の世界にあった教会にとても似た建物。
十字架がないくらいで、ステンドグラスの窓や装飾はとても酷似していた。
「あそこにベネッタと言う人間がいるぞ。」
”世界の乙女”。教会の信者である貴族たち。
胸騒ぎが大きくなっていく。
教会の前には何やら人混みが出来ていた。
事態はきっと、緊急を要する。
「突っ込むわよ!覚悟は良いかしら!」
「我に覚悟を問うか!無論だ!」
一吠えした獣は、教会の上の方に取り付けられたステンドグラスへと突っ込んでいく。
獣の背に強く掴まり、きっと大丈夫だと思いながらも、智香子は衝撃に備えて目を閉じた。
ガラスが割れた音が耳に入り、目を開ければ大勢の視線がこちらを向いていた。
しかし智香子の目はただ奥へと向けられる。
「ベネッタ!!!!!」
床に倒れ込んだベネッタは、その背に光る大きな渦に今にも飲み込まれそうになっているではないか。
獣は智香子の意図を理解して走る。
後ろの方で扉が開いた音が聞こえたが、気にしている余裕はない。
連れて行かせない!世界に飲み込ませるなんか、絶対させない!
貴族たちが放つ魔法で智香子を守っていた防御の魔法が破られ、攻撃が当たっても、なんとか踏ん張った。鋭い見えない魔法が飛んできても、獣の背に必死でしがみついた。
ベネッタからは絶対に視線を逸らさない。
「ベネッタ!!!!!!」
獣の足に貴族の魔法が絡み、智香子の体が宙に浮く。
一瞬見えたのは、ブロンド髪の少年の必死な顔。
ベネッタのことを”世界の乙女”としか呼ばない貴族たちの中で唯一、「ベネッタ」と名前で呼ぶ彼の声が、智香子の耳にはなぜか届いた。
近づくベネッタ。
いつもとは違い、生気のない、虚ろな赤い瞳。
そこから流れ落ちる、涙。
伸ばされる手をしっかりと、絶対に離さないと掴む。
「チカ、たすけて」
「当たり前よ。」
ベネッタと一緒に、光の渦へ飲み込まれていく直前。
遠くから、「チカ!」と叫ぶカロラスの声が聞こえた。
返事をする前に、世界はベネッタと智香子の二人を飲み込みんだ。




