第93話:反乱前夜
時は、智香子たちがアドリオンを出た、5日前に戻る。
アドリオンの中心都市、ファイア・ルドタウン。
繋がる道を歩けば、貴族街を抜け、やがて天までそびえたつ王城に辿り着く。
城の中では今日も多くの人が優雅に、しかし忙しなく働いていた。
城内の一室。
国王の執務室にて、部屋の中央に用意された重厚な椅子にダミアンが腰を下ろす。
真正面にはベネッタの姿が。
先程智香子たちを見送ってきたばかりだが、すぐに会いたくなってしまう。
ダミアンは駄目だな、と息を吐き、男の話に再度耳を傾けた。
「動きはまだ確認できてはおりません。しかし裏からの情報によると、やはり例の話は間違いないようです。」
官吏であるこの男は、堅物で知られている。
国のためを第一に考え、金銭といった賄賂を全く受け取らず、陰湿な嫌がらせにも仕事のできが左右されない貴重な人材だ。
国を第一に思う彼は、例え王族だろうと、それこそ国王であろうと、不必要なら簡単に切り捨てるような人物である。
そこが気に入っていた。
だからこうして、秘密を共有している。
「ある貴族と教会が手を組んで、反乱を起こそうとしている、なぁ。」
資料をめくり内容を確認。
事前に耳に入れていた情報の裏付けがほとんどだ。
ただ、確実なものになったというだけ。
「……チカとの初めての旅行、いけなかった。」
「まぁ落ち着くんだ、ベネッタ。早く片付けて、合流すればいいだけだろう。」
男が眼鏡に触れる。無機質な音が部屋に響いた。
「一先ず教会関係者を洗い出します。二日後、またご報告に参ります。」
翌々日。
官吏の男が用意した資料をめくる。
思わずダミアンは頭を押さえた。
「こんなに隠れていたか…。」
資料にずらりと並ぶ教会とつながりのある貴族の名前。
貴族名鑑を見ている気持ちになる。
おえ、と吐き気を我慢していると男も同意を示すため頷いた。
「これだけでも相当数洗い出せましたが、まだ隠れている可能性が高いと思われます。全て処理するのは実質不可能です。領地の引継ぎ、後継者問題といった今現在彼らが所有している財産の管理。横領や賄賂といった不正行為。全て暴き、改善していては、時間も人材も資金も、全てが足りません。」
「例え可能な限り膿を排除できたとして、親玉はどうせ捕まえられない。とかげのしっぽ切りになるのがオチだ。」
資料を全て頭に入れてダミアンは立ち上がる。
ベネッタも確認できたのか、資料をダミアンに渡した。
ただ普通に燃やすだけでは、再生されてしまう危険性があるので、ダミアンの魔法で存在そのものを消去する。
「トカゲのしっぽ切りだろうと、彼らの行いを見逃すわけには参りません。」
資料を自分で亜空間に放り込んだ男は、ダミアンとベネッタ、二人の目を見た。
「二日後、緊急議会が開催されることとなりました。議題は『妖精交渉伝令人の派遣について』。先日発表された、各領地へ妖精交渉伝令人を身分に関係なく派遣すること、そして伝令人の指名は不可とすること。これに対して不満を抱えた貴族が声をあげたようです。」
「議題の内容もくだらないし、議会を隠れ蓑にして反乱を、って魂胆が透けて見えるな。滑稽だ。」
「実行が早い。なぜ急に、行動を?」
ベネッタの疑問に男は眼鏡を光らせる。
まずい、と思った時には遅かった。
「お二方がゲットル伯爵領で親しい関係であると知られたからですよ!今までは不仲であることにより、王権争いはそこまで激化していませんでした。しかしお二方だけではなく、第二皇子殿下まで親しいと知られた今、貴族たちは誰につくかと混乱しているのです!あれほど外ではお気を付けくださいと申しあげたのに、何をやってるんですか!」
男は優秀だ。しかし、ストレスを抱えすぎてたまに爆発することがある。
綺麗に整えられていたはずの緑髪が、男自身の内を示すかのように乱れた。
落ち着くために息を吸い、「失礼いたしました。」と髪をまとめる。
「あの状況では仕方がなかったとは言え、第一騎士団長でも良かったでしょうに…。」
「チカコに会いたくてね。行ったらもういなかったんだけど。」
くだらない理由に湧く殺意を抑え、男は「私もあの場にいた身として、止められなかった責任がありますから。」と息を吐く。またストレスをため込んでしまってはいけない。
「過ぎたことは仕方のないこと。二日後に間に合うよう、準備いたします。」
礼を取り、男の体は城の中でのもう一つの姿に変化する。
姿勢を正して扉を出る直前。そういえばと室内の二人に体を向ける。
「この件が終わったらチカコに合わせていただきたい。彼女と話すことで、私のストレスも和らぐことでしょう。要らぬストレスがなくなれば、より仕事に励むことができます。」
「?!突然何の話だ!」
慌てて立つ二人に男はにこやかに笑って見せた。
「おや、お聞きになっておりませんか?彼女には私の余生をお願いしているのです。」
二人が情報を処理できずに呆けている内に、男は一礼して部屋を出る。
意識が戻った時、ダミアンは思わず叫んだ。
「余生って、お前今32歳だろ?!あと何十年だよ!!!」
部屋から聞こえる声を無視して、男は王宮内の廊下を歩く。
彼らの驚いた顔を見ただけだが、幾分ストレスが減った気がする。
正面から歩いてきていた王族の身の回りの世話係をする侍従が、資料を抱えたまま立ち止まり、男に礼をした。
「あぁ、簡略したもので構わない。資料を落としてしまうぞ。」
「ありがとうございます。陛下はお部屋に?」
「今はお取込み中だ。急な用件でないなら少し待ちなさい。」
「はい。ありがとうございます、ガトー様。失礼いたします。」
侍従を見送る。彼らならば、わざわざ連絡を入れずとも侍従の気配に気づくことが出来るだろう。
ガトーは姿勢を正したまま、廊下を進む。
この姿の時でしか得られない情報があり、仕事がある。
二日後に間に合うよう急がなければならないと足を速めた。




