第92話:ユースティースという人間②
牢に到着したエフィエルシーと土の妖精王ザラークは、今唯一の地下牢の住人であるユースティースの前へやってくる。
薄暗いこの場所で、淡く光る二人は目立つ。
意識がよそへ向いていたユースティースは、すぐに妖精女王と妖精王を認識して笑顔になった。
『陛下!お願いです、今すぐここから出してください!すぐに、すぐに、調べなければならないことが出来たのです!お願いします、陛下!へい』
笑顔のまま音だけが消えた。
不思議に思い、首をかしげるが、ただ口が利けなくなっただけだ。
懸命に何かを訴えるユースティースに、土の妖精王ザラークが近づく。
『黙れ。それ以上陛下のお言葉を遮るようなら、今ここでお前を埋めるよ。』
あまりの気迫。女王の妨害をしたことへの怒り。
『問われたことにのみ、答えろ。』との指示に、彼は何度も頷く。
先ほどの風音もそうだが、妖精からこのような態度を、言葉をぶつけられたことは今までにない。
体が震える。
(さいこ~~)
ユースティースの蕩けた顔を軽蔑し、エフィエルシーはその場から動くことなく口を開く。
『貴様と長時間ともにいるとこちらも狂いそうだ。長居したくない。故に結論から話す。貴様はこの国の地下牢にて、生涯を過ごすこととなった。』
終身刑。しかも研究も実験も何もできない、妖精との交流もできない、この場所で死ね、という。
暴れだすのはわかっていたので、ザラークが土でその場に留める。
もがき、その頭が強く檻にぶつけられた。
眉を下げていくら可哀そうだと思われる表情を作っても、目の前の二体に効果はない。
『理由は簡単。一つ。私の手記を盗もうとしたこと。二つ。妖精殺しを行ったこと。』
『私は十分優しいと思うのさ。身柄を拘束して、妖精殺しの研究過程で知り得た情報をこちらに提供するだけで、寿命で終わらせてあげるって言ってるんだからね。まぁ、余計なことを言ったら、どうなるかは分からないけどさ。』
さて、とザラークはユースティースに施した口封じを解く。
『あの呪いは何かな?どうやって、妖精を殺す術を?』
絶望に顔を歪めていたユースティースだったが、途端目を輝かせて口を開く。
『あれは呪いじゃない!病だ!正しくは感染症!妖精の体内に病の元である病原体を入れ込むんだ!そして病原体の個体から自力を通じて感染!病原体は自力を排除しようとするから、妖精の体の中からは自力がなくなっていって元気がなくなって、病に体は耐えられず死に至る。長い時間がかかった…。でも、ようやく最近になって実験に進展があったんだ!病原体だけじゃなくて、環境も大事だって!国内でうっかり全滅してしまうと行けないから、周辺で実験してたんだ!水中だと病も留まるって新しいことが分かったのも楽しかったなぁ!下級妖精や中級妖精たちに協力してもらって、検証結果を増やしていってたところなんだ!でもまだ上位妖精より上の個体には試したことがなくて………、だから、ぜひ協力してほしいんだ!下位の妖精たちよりも強い妖精にはどれくらいの感染力があるのか!どれくらいで死に至るのか!僕の考察としては、やっぱり保有自力の量も、体の強度も全く違うから、そりゃ上位体になればなるほど感染しにくいと思うんだ。でも、自力を排除しようとする特性から、もしかしたら上位体になればなるほど自力がより排除されて、体が弱るのかもしれない……。いや、もちろんお礼は沢山するよ!僕ができることならなんでも!まだ中級妖精の試験途中だったってのもあるんだけど、上級以上になると、やっぱり僕のところまでわざわざ来なくてね…。そもそもの出会いがなかったんだ。でも!今回こうして知り合えた!これも何かの縁だと思うんだよね!』
ユースティースの話の途中から聞くのがめんどくさくなったエフィエルシーとザラーク。
息を吐き、まだ話は続いていたが遮ることは雑音を遮ることと同じであったので、別に気にならない。
『妖精嫌いの花。それを使ったのか。』
『うん!立入禁止区域に入ったときに、噂の妖精嫌いの花があったから、実験に何か使えないかなと思って数本採ったんだ!病の特性が自力を排除しようとする働きってさっきも言ったけど、これは妖精嫌いの花の効果なんだ!だから妖精が嫌っているんだなぁって納得したよ!ただ使うには結構試行錯誤を重ねたね。花と妖精が交じり合わなくてさ、色々試したんだ~。混ぜればうまくいくかと思って、ペースト状にした花を飲ませようとしたけどまぁ拒絶反応があってうまくいかなくて。体の一部を離して、そこから内部に入れ込んだり、自力を全部抜いて、体内に入れ込んだり。結局上手くいかなくてさ、まぁ最終的に自力を集める場所が体内にあって、そこに打ち込めば良いってことがわかったんだけど。妖精も花も、せっかくの材料を結構使っちゃって、勿体なかったなぁ。まぁ失敗っていう実験があってこそ、成功につながってるから良いかなって!あ、ちなみに花を妖精の近くに長時間置いておくと、妖精は動けなくなっちゃうんだ!おかげで実験がしやすくなってほんとありがたかったなぁ!』
元気よく答えるユースティースに反して、二人は深く息を吐く。
『……他の王たちを連れてこなくて良かった。彼らがこの場にいたなら、この人間はすでに塵と化していただろうよ。』
何が気持ち悪いって、この人間は、自分がしたことの一切を悪いと思っていないということだ。
本当に太刀が悪い。
『そういえば、陛下の手記はどちらに?』
ユースティースの質問に答える義理などなかったが、エフィエルシーは手に自分の手記を出した。
空間収納の応用だ。魔法でも難易度の高いものに部類される空間系をいとも簡単にやってのける。
しかし驚いたのは、手記の形が冠に変化したことだ。
女王の力なのかユースティースは気になったが、それ以上に気になったのはどうやって手に入れたのか。
覚醒の鍵は何だったのか。
しかし女王は答えない。逆に土の妖精王から黙れと口を塞がれかけた。
謝罪をしたことで何とか口を塞がれることは免れたが、女王は彼女と一緒にいたことを思い出す。
ティムニヒッカでも、その前に街で見かけたときも。
彼女から名をもらった妖精に、今までなかった変化が現れた。
彼女と出会ってから、彼女が現れてから、実験は思い通りにいかなくなった。
すべて、彼女に繋がっているのだとしたら。
「チカが、鍵?」
妖精に人間の言葉はわからない。
しかし、上位体であれば分かる。
突きつけられたのはレイピア。
彼と二人を隔てていた檻は、エフィエルシーによって粉々になっていた。
女王の行動からやはり!とユースティースは嬉しくなる。
喉に当たるレイピアの冷たさも、流れる血も、興奮しているからか感じない。
「チカが、鍵!」
ユースティースは、元はある国の王族であった。
しかし末の子。上には優秀な兄弟たち。
特に一番上の姉は抜きんでていた。
対してユースティースは勉学も、剣術も、何も秀でたものがなく。
最初は彼を可愛がっていた臣下たちも皆、彼から離れていった。
常に兄弟と比べられる日々。
姉とは比べることさえ烏滸がましい。
別に身体的に虐められたわけでも、食事を抜かれて虐待されていたわけでもない。
ただ、周りから何の期待もされていなかった。
しかし、十になっていくらか経ったある日。
彼には妖精親和性の才があることが判明した。
高い魔力量を持ちつつ、魔法も碌に使えなかったが、妖精と親密になるために使えると父王から喜ばれた。
妖精の国から遠くにある国であったため、妖精の個体数が少なかったのも大きかった。
以降、妖精の恩恵を受けたいがために大切にされたが、ユースティースはそれ以上に妖精のことをもっと知りたいと思った。
人間に興味が持てなかったのだ。
妖精の研究に没頭する日々を過ごしていたある日のこと。
姉と共に他国への視察へ連れ出され、妖精の国があるタシャーパ森林を通り過ぎたとき。
妖精の声を聞いた。
馬車を止めさせ、姉の制止も聞かずに声のする方へ走る。
『ぼくたちの国に、一緒に行こう。愛し子。』
どこからともなく表れた妖精たちの手を、迷いなく取った。
愛され、与えられる力に飲み込まれて。
さらなる力を欲してしまった。
さらなる知識を欲してしまった。
なぜ再生が、いや転生が起きるのか?原理は?
死ぬのは人と同じ方法なのか?
嘘を吐きづつけるだけで?人工物を体内に取り入れるだけで?本当に死ぬのか?
人工物って具体的には何?
力をさらに向上させるためには、どうすればいい?
妖精のことへの関心は飽きるどころか増していく。
そうして危険な実験を繰り返していた。
今までの人生を振り返っても、ユースティースが興味を持ったのは妖精だけ。
人間に興味を持ったのも、関心を抱いたのも、実験してみたいと思ったのも、すべて。
「チカが、初めてだ!人間に興味をもったの、チカが初めてだ!」
心臓がいつもよりもずっと早く高鳴る。
妖精たちと実験しているときと、同じ。
気分が高まる。興奮する。
妖精たちと一緒にいるときと、同じ!
「なにこれ、すっごいどきどきする!これが恋ってやつなのかな?噂の恋ってやつなのかも!知りたい!実験してみたい!チカに、チカに会いたい!チカ!チカ!チカ!チ、カ」
視界が落ちていく。
なんで地面と天井が逆転しているの?
息ができない。思考、さえも、とま、って、い、く
『まだ聞けていないことがあったのでは?』
『…必要な情報は得られた。内容も、カロラス殿から聞いていたものと相違ない。』
智香子が席を外している間。
カロラスが話した内容は、女王の記憶にさえないことだった。
『妖精を殺すし得るものが、金属だったとは。』
今までは人工物としか分かっていなかった。
しかし、ユースティースの家にあった、地下実験室へ続く扉。それは重厚な鉄製の扉であり、妖精を弱らせるだけではなく、地下にいる妖精たちの気配をも消してしまっていた。
金属について名言はなかったが、扉に金属をわざわざ使ったということは、知っていたのだろう。ただ、聞かれなかっただけで。
『人一人がいなくなったところで、国際問題には発展しない。元よりこの国の民になった後、祖国から死亡届を出されている人間だ。…それに、血縁者からは、采配は我らにある、と。』
幼い少年は、ちゃんとした王族だった。
『例え大事な家族であろうと、他国の王族に害を成したのなら、それ相応の罰を受けなければならない。家族として、姉として、受け入れる。…そう、言伝を預かっております。』
直接謝罪できないことへの謝礼は後ほど。
拙い中にある、真っ直ぐあろうとする信念は、好ましいものだった。
確かに幼すぎるが、もしかしたら未来、よい王になれるかもしれない。
しかし既にアドリオンには優秀な若王が即位しているから、ありえない話だと心の内に留めた。
動かなくなったユースティースを見て、土の妖精王ザラークが息を吐いた。
これを片付けるのはめんどくさいなぁ、と。
『せめて胴と首はくっ付けていてよ。自力を持たない人間の処理は、手間がかかるんだからさ。』
処理をするザラークを置いて、先に帰ることにする。いくら見ても、嫌悪感しか抱けない人間。
妖精親和性も、魔力量も。エフィエルシーには意味が無い。
先程のユースティースの言葉を思い出し、腹のムカつきが再燃する。
『貴様のそれは、恋でも愛でもなんでもない。ただ実験対象に向けられている、醜い欲望だ。』
よくも醜い感情を、彼女に向けたな。
1片でも、例え直接でなくても。
『チカコさんを汚すことは、何人にも許されざる禁忌である。』
そう。誰にも。
神でさえも。
移動しようとしたとき、突如エフィエルシーは蹲った。
慌てたのは土の妖精王ザラークだ。
苦しむエフィエルシーに駆け寄ろうとしたとき、彼女は光に包まれる。
しばらくして光が落ち着き、ようやく近づけたザラークは目を見開く。
そこにいた人物も同様に、いやそれ以上に、驚き、震えていた。
『な、なんじゃこれは~~~!!!』
エフィエルシーの声が地下牢に響き渡った。




