第88話:立入禁止区域②
ユースティースを押さえつけていた妖精たちは、先ほどよりもしっかりと彼を拘束する。
妖精を害そうとしたのだ。当然の処置である。
言葉にならない音だけを漏らす彼に、エフィエルシーは近づくことなく命令する。
『在るべきものを見えぬように隠し、闇の中見つけられぬようにするなど到底許せる行いでは無い。”真実しか話せぬ者”よ、我が欲することを貴様の記憶通りに告げよ。』
「あ、がぁ、あれ、は、」
あれは、少し曇りの日のこと。
たどたどしくも始まったユースティースの話。
洗濯しようと出かけたユースティースは、どこからか聞こえた話に、興味を惹かれた。
誰かと誰かの会話は、断片しか聞こえなかった。
『立入禁止区域』
『女王陛下』
『木』
これらの言葉を組み合わせ、立入禁止区域内に妖精女王が関わるものがあることを知る。
妖精の研究をしていたユースティースは、今はどこかで眠りについているらしい妖精女王に関するものが何なのか知りたくなり、立入禁止区域へと向かった。
これで自分の研究がより進むだろうと。
妖精たちの目を搔い潜り、妖精女王関連であれば、禁止区域でも最も禁じられている場所がそうなのだろうと目星をつけた。
妖精嫌いの花。
その群生地。
禁じられていても、そもそも妖精たちは花を嫌って近寄らない。
おかげで容易く近寄ることができた。
禁止区域と呼ばれるからには、入った者に何かしら罰が与えられたり、すぐに妖精が飛んでくるかと思ったが、何も起こらない。
だから彼は探した。
そして見つけた。
丘の頂上に咲く、細い一本の木。
光の当たり方により葉の色も変化する様を見て、すぐさま妖精女王の羽の特徴と結び付けた。
この木はきっと特殊な力があるに違いない!
歓喜したユースティースは木を引き抜こうとする。
細い木だ。根っこを引っ張れば簡単に外れるだろう。
しかし引き抜いた直後、赤、青、水色、黄色。4色の光が身を蝕む。
息もできないほどの激痛に苦しんでいたユースティースは死を覚悟したが、彼は死ぬことはなかった。
痛みに気絶したユースティースが目覚めたとき、そこには木はもうなかった。
残ったのは木があったという痕だけ。
残念に思うユースティースは、すぐにこの場を離れようとする。
妖精女王関連に妖精王たちは敏感だ。
彼らは確か、女王の気配が分かるはず。
妖精女王と何かしら繋がりがある、しかも立入禁止区域にあるもの。
それが無くなれば遅かれ早かれここにやってくるだろう。
まだ痛む胸を押さえて、ユースティースはその場から逃げ出した。
話し終えたユースティースから、ぱちっと洗脳が解ける。
場の雰囲気から事態を察したのか、彼の顔は青くなった。
『地下牢へ入れておけ。処分は追って知らせる。』
弁解の余地さえなく、何か喚いたユースティースは土の妖精王ザラークの手によって一瞬でその場から消えた。
「…まさか、ユースティースさんがそんなことをしてただなんて…。」
彼がいた場所を信じられない思いで見る智香子は、自分を抱えるエフィエルシーの腕の締め付けが強くなったことに気づく。
「…エルシー?」
何も言わない彼女に心配が募る。
妖精女王が姿を変えていた木。それをユースティースが掘り返さなければ、不完全な状態の妖精女王であるエフィエルシーは生まれなかっただろう。
仕組みは智香子には理解できない。
恐らく自分自身で、もしくは正しい手順で目覚めなければならなかったのだ。
無理やり起こされたことで、妖精女王の記憶や魂に傷がついてしまった。
だからエフィエルシーは羽もなく自力も扱えない体で生まれてきた。
先ほど彼女は知っていると言っていた。
ユースティースが掘り起こした犯人だと知っていると。
その上で話を聞いたのは、事実の擦り合わせか、見せしめか。
だとしても思わずにはいられなかったのではないか。
彼さえいなければ、あんなに苦しむこともなかったのに。
ユースティースは恐らく何かしらの罰を受ける。
この国の最高権力者である妖精女王を害したのだ。
死刑も十分にあり得るだろう。
公的な場での、死刑。私怨を伴ってはいけない、刑罰。
女王であるが故に、彼女は己を律しなければならない。
いくら憎くても、恨めしくても。
智香子はぐっと体を伸ばし、エフィエルシーの頭をなでる。
少しでも彼女の中のつかえが無くなれば良い。少しでも心が軽くなれば良いと思いながら、頭をなでる。
わなわなと震える唇。
エフィエルシーは智香子の胸に顔を埋めた。
「一発くらい殴ってやれば良いのよ。貴方にはその権利があるのだから。」
よしよしと撫で心地の良い緑の髪を撫でていると、だんだん息が苦しくなっていることに気づく。
「っん?」
なぜこんなにも息苦しいのかと思えば、エフィエルシーの抱きしめる力が徐々に強くなっているのだ。
まずい。
「ちょ、エル、シー!」
このままでは死ぬ!
いくら憎悪を抑えるためとはいえ、いや憎悪を抑えるために死にたくはない。
するとエフィエルシーが大きく息を吸い込んだ。
『っ~~~~~~~~チカコさん、可愛すぎます~~~~~~~!!!!』
「は?」
『なんですか、このサイズ感、この抱き心地!しかも頭撫でてくれるとか!もう溜まらないです~!!』
まさかの悲しみや憎しみで、ではなく、智香子が可愛すぎて、何も言えなくなっていたとは。
遠慮して叩かないでいたがそんなものは遠くに捨て、智香子は全力で撫でていた頭を叩く。
たいして痛くないが、『いたっ!』とエフィエルシーからの締め付けが弱まったタイミングで吸えていなかった空気を慌てて吸い込んだ。
すごく苦しい。
「っ~~~~~、こんの、見下すな~~~~!!」
落ち着いた智香子とエフィエルシーの前に妖精たちが跪く。
つい体が強張る智香子と、智香子の様子を察して妖精たちを処理するか?と考えるエフィエルシー。
土の妖精王ザラークがパンッと手を叩いた。
『さぁ、皆の者。永い時を経て、我らが王は再び我らの元へ、我らの頂点へと戻られた。陛下が無事お戻りになられたのだ。これを祝さずにはいられないだろう。急ぎ宴の準備を!』
智香子が驚くのも無理はない。その場にいた妖精全員が歓喜に声を張り上げたのだから。
「うたげ…?」
目の前を飛び交う妖精たち。
いそいそと宴の準備に取り掛かっている。
『復活の宴ですよ。妖精女王が戻ってきたからお祝いしよう、というパーティですね。』
エフィエルシーと妖精女王は別物のようで同一人物だ。
彼らがしたことを思えば、戻ってきたから宴だなんだと急に掌返しをされて、良い気分だろうか。
しかし智香子の懸念をエフィエルシーは笑って否定する。
『王の不在は彼らを酷く不安にさせていたでしょうし。心の拠り所が戻ってきて嬉しい気持ちは分かります。宴により国が活気づくのであれば、私一人の感情くらい我慢して然るべきです。それに、自力もなく羽もない妖精への扱いとしては、彼らの行動は当然のものだったので。…だから今はもう気にしていません。』
「いや今の間は気にしてるでしょ!」
エフィエルシーの襟元を掴み揺さぶる智香子に「吐けー!」と言われるが。
『ほんとに気にしてませんよ~~!』
本当に今は気にしていない。
智香子が気にしなかったから、どうでもいいと思えるようになった。
智香子の無知に救われた時から、徐々に気にしなくなっていったのだ。
すでに取り戻した力や羽を大して嬉しいとも思えないのはどうでもよくなっていたからだ。
あんなに欲していたのに、と面白くてつい笑みがこぼれてしまう。
智香子を抱えなおし、エフィエルシーは背に力を入れる。
羽の使い方は、女王の記憶が教えてくれる。
『それではチカコさん、招待いたします!そう滅多に見ることのできない、我らが妖精の国「タナフォーリ」の復活の宴に!』
次回は3日後の11月1日に投稿予定です。
また、11月から新作「脱走姫には目覚めのキスを」を投稿します。こちらも良かったら読んでみてください。
よろしくお願いします。




