第87話:立入禁止区域
妖精国内のとある木造の一軒家の周りに、数名の人影が見える。
全員が軽装であった。
「…中に人影なし。入ります。」
扉を破り、家内を捜索。
一つの机に二つの椅子。ゆっくり座れるソファ。
光を十分に取り込む大きめの窓により、よく家の様子がわかる。
部屋のいたるところに綺麗な草花が飾られている。
妖精が好きそうだ。
程よい大きさのキッチン、奥の方にはまた別の部屋が見受けられる。
怪しいのは奥か、と捜索を続ける。
やがて一人が声を上げた。
「ありました。地下への隠し扉です。」
床に取り付けられた取手。
一見すると食糧庫に思われるそれを引き上げてみれば、中には下へ続く鉄製の梯子が掛かっていた。
「エルダとジュディスは待機。残りの隊員は続け。」
警戒を緩めることなく彼らは慎重に梯子を降りていく。
地面に到着しても辺りは闇。
一人が魔法で灯りをつける。
部屋中に広がる光。
「な、んだ、これは…。」
そして現れた光景に、目を見張った。
*
智香子の顔の青ざめを見つけた妖精女王は、その原因が跪いている妖精たちにあると考えた。
『大丈夫ですよ、チカコさん。貴方を危険に晒すものは、すべて綺麗に処分しますから。』
妖精女王の手が、跪く妖精たちに向けられる。
何が起こるのかわからなかったが、嫌な予感がした智香子は慌ててその手に飛びついた。
腕から落ちかける智香子を慌てて妖精女王は抱えなおしたことで、妖精たちに向けられていた手は収められたが、智香子は落ちかけたことと、もしかしてこの人、今妖精たちに何かしようとしてた?という2つの恐怖により心臓がうるさい。
しかし恐怖を感じていようとも、やらなければいけないことから逃げてはいけないのだ。
「あ!の、……エルシー……?」
まさかエルシーと妖精女王が同じなわけがない、という気持ち五割。
まさか同じなの…?という気持ちが四割。
多分そう。と認めてしまう気持ちが残り一割。
『はい!』
恐る恐る尋ねる智香子に、妖精女王は、それはそれは明るく答えた。
(やっぱりー!!)
本人から元気な肯定をされてしまえば、もうなにも否定できない。
目の前にいる妖精女王は、エフィエルシーだったのだ。
思い出されるのは今までの出来事。
吐いた暴言、暴言、暴言。あと失礼な態度。
妖精たち、特に妖精王たちの女王への想いや態度を思い出す。
(あ、終わったかも。)
智香子はレッドフィールド家と同様に、不敬罪で捕まったり処罰されたりしないか考えて、しかし過ぎたことはもうどうしようもないと諦めの境地に至る。
感情と思考を放棄し、無になったともいう。
何とか少しでも罪を軽くしてもらえるように努力しよう。
そう心に決めた。
智香子が妖精女王の腕の中でそんなことを考えている時。
妖精女王、改めエフィエルシーは、智香子がなぜ自分の腕の中でおとなしく収まってくれているのかが分からずあたふたしていた。
様子を見るに何か考え事をしているのはわかる。
しかしエフィエルシーがこの僅かな間見てきた智香子は、他人にそう易々と身を委ねるような人間ではなかった。
そんな智香子が今、エフィエルシーの胸に頭を傾け、体を預けている。
信頼、をされているようで、嬉しくなってしまう。
感情のままに少し腕に力を込めても抵抗はない。そもそも智香子は気づいていないのだ。
思考が智香子に向かっているエフィエルシーは、先ほど綺麗に処理しようとしていたもののことなど忘れている。
だが今すぐに片づけなければいけないものは別にある。
『その人間を、ここへ。』
エフィエルシーが一瞥してすぐに、最上級妖精二体が動き、席に座っていた人間を一人連れてくる。
無になりつつもどうやって罰を軽くしてもらえるか考えていた智香子は、目の前に現れた人に驚く。
「ユースティース、さん?」
最上級妖精に両側から押さえつけられるその様は、まるで罪人だ。
「ちょ、エルシー!何をしているの?」
向けられる視線は見慣れぬ色。
しかし奥に見える知性は見知ったもの。
本当にエフィエルシーなんだと納得する。
『大丈夫です。すぐに終わります。』
優しく微笑んだ彼女は視線をユースティースに向ける。
何が起きているのかわからないと言った表情で狼狽えるユースティースはただ懇願した。
「な、なにが起きて…。僕が何か悪いことをしたんですか…?なら謝ります!思い浮かばないけど、謝ります!反省して、ちゃんと償いますから!どうかお許しを!お願いします!」
彼は、悪いことをした覚えがないと言い、もし気づかない内に誰かを傷つけていたのなら償うと言う。
智香子は不思議に思った。
なぜ、罪を犯していないと自分でわかっているのに、罪を認めて償いを求めるのか。
妖精の国で気づかずに罪を犯していた場合、否定せずに認めてしまうのが最善なのだろうか?
否定してしまえば国から追放されちゃうのか?
必死に許しを願うユースティース。
いくらユースティースが叫ぼうと、哀れに見えるような顔をしても、エフィエルシーの表情は変わらなかった。
まっすぐに、ただ真実のみを聞き、見る。
『人間。立入禁止区域について知っているだろう。』
頷くのはユースティースだけではない。
『この国にはいくつか立入を禁止している場所がある。危険だから、特殊な素材が群生しているから、理由は様々だ。場所によっては妖精でさえ禁じられた場所もある。入国時に聞いたはずだ。』
ほかの人間たちも同様に頷く。
『…妖精王含め緊急時のみ踏み入ることを許されている、この国最たる禁域。人間。貴様、そこに足を踏み入れたな。』
エフィエルシーの言葉に、一同が騒然とする。
何の話をしているのか理解できていないのは智香子だけだ。
全員の視線が向くのは当然ユースティースである。
彼の答えを今か今かと皆が待つ。
「…はい。」
「なんて馬鹿なことを!」
『立入禁止区域ってだけでもまずいのに。』
『まさかあそこへ?!』
「とばっちりが私たちにきたらどうしよう…。」
彼を押さえつける妖精の力が入る。
反発する力が下から上がる。
「でも!その時は興味本位だったのです!立入禁止区域の場所を聞き、どこまでが入ってもよい場所なのか。禁止区域周辺に何か他とは違う植物が生えていないか。それが気になって、入ってしまったんです…。だって、禁止区域がどこからなのか、分かるようにはしていないでしょう?間違って入ることはありますよね?」
抵抗してくるユースティースの魔力か。
妖精たちは『おとなしくしろ!』と何とか彼を留めようとする。
智香子はどんなに動いてもピクリともしなかったのに、ユースティースはあんなに簡単に妖精たちを動かすことができている。
魔力があるからか、または妖精たちにとってユースティースは大好きな人間であるからか。
どっちにしろ、差があまりにも大きすぎてなんだか少し悲しくなった。
暴れるほどではないが、女王へ言葉を伝えたいという気持ちが強いために前のめりになっているユースティース。
エフィエルシーが左手を前に出したことで、ユースティースらは動きを止める。
『…確かにその通りだ。禁域について言葉による説明はあれど、詳細や範囲について言及してはいない。人間。貴様は嘘をついてもいない。しかし知りたいのは、聞きたいのは、立ち入ることを禁じられた場所に入られたことでも、土足で神聖な思い出の地を汚されたことでも、ない。この妖精女王の木を掘り起こしたこと。ただそれを知りたいのだ。』
「へ。」
『知りたい、は違うな。事実確認というべきか。貴様が我が姿を変えし木を掘り起こした者であろう?』
エフィエルシーの言葉に固まったユースティースが何か言わなければと口を開くが、『あぁ別にもう話さなくても良い。』意味は成さなかった。
『貴様から聞く。』
妖精女王。創生神が世界を作ったときに力を与えられた者の一人。
妖精を治め、妖精と他の生物を繋ぐ。
彼女それ自身が死ぬことがないために名を次に受け渡すことはない。
創始期の時代より得た記憶、感情。
また当人が持つ知識欲により集められた情報はすべて彼女の中に。
そしてそれは力になる。
世界の均衡を保つために与えられた名前は、「教育者」。
同様に与えられた力は、「教育」。
力の発動条件は、使用者である「教育者」が対象者に教える立場でなければならない。
エフィエルシーとユースティースの目が合わせられる。
二人の立場は一見、エフィエルシーが教えられる者であり、ユースティースが教える者。
だが使用者がそのことを知っている場合は確認となるので立場がひっくり返ることはない。
ユースティースは知っていた。
「い、いやだ!いやだいやだいやだいやだぁ!」
「教育」の力がどのようなものなのか。
押さえつける妖精諸共周囲一帯を吹き飛ばそうと彼が詠唱を唱えた。
慌てて智香子はエフィエルシーに「逃げて!」としがみつく。
だがいくら待てど、爆発が起きるどころか魔法が発動することはない。
恐る恐る振り返ると、そこには座り込むユースティースの姿があった。
口をあけっぱなしにし「ぁ、…ぁ、ぃ…ぁ、ぅ」意味のない言葉が漏れ。
目は虚ろにどこかを見ている。
脱力した体は押さえつける必要もない。
『教育』
その力は、対象となる相手への洗脳である。




