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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
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第86話:緑の輝き

智香子と水の最上級妖精シャールが言い争い。

下級妖精が辺りを飛び回り。

中級や上級、最上級妖精たちは下級妖精を捕まえようとしたり、声を張り上げたり。

妖精王たちはその場に留まっている。


押さえつけられている痛みか、息苦しさか、この喧騒か。


気絶していたはずのエフィエルシーは意識を取り戻した。


彼女の目の前には、一冊の本。

タティーピトに保管されていた女王の手記ではない。

土の中に隠され、薄汚れていた本。


なぜここに。


でもどうでもよかった。

苦しくも楽しい記憶は自分のものだと思ったのに、自分のものではなかった。

大切な仲間であり家族であったのだろう妖精たちは、自分を、エフィエルシーを愛してくれなかった。


妖精王たちと会えたことが嬉しくて意識が逸れていたが、育ち手である両親は、族長という立場をもつ彼らは、この場にいた。

いながら、エフィエルシーを助けようとはしなかった。

一瞬だけ見えた彼らの顔は、仕方がないと言っていた。

悪いことをしたら罰を受けることは自然のことだと。


ずっと、願っていた。


智香子がかつて言っていたような、純粋な愛情を。

家族や友人、仲間のことを純粋に愛し、愛され、大切にし、そして大切にされることを。


エフィエルシーはただ願っていた。


親しくなりたくて歩み寄り近づくほどに、より大きな悪意によって傷つけられても。

ただ微笑むだけで、そこにいるだけで、侮辱の目や言葉をぶつけられても。

優しい言葉をいくら吐いても受け入れられず、次第に彼らと同じように話すのが怖くなってしまっても。

大切にされる。それがとても難しいことだと分かっていながらも。


でも妖精女王の記憶が蘇り、希望を抱いてしまった。

彼女の記憶を見て、愛し愛され大切にし大切にされているのを見て、理想は現実になると思ってしまった。

もしかしたら。自分も。


くだらない!!!!!!!!!!!!!


ふつふつと湧き上がるこの感情。


覚えがある。これは怒り。

女王へ抱いていた、怒り。悲しみ。憎しみ。

嫌いだ。女王も。妖精王たちも。妖精たちも。なにもかも。


嫌いだ。嫌いだ。大嫌いだ!


『ジョウケンハミタサレタ』


薄汚れた本。

怒りで気づかなかったのか。本を抱えていたのは四人の下級妖精たちであった。


『みんな、どうして……。』


出てきてしまっては、捕まって殺されてしまう。

逃げてとエフィエルシーの口が動きかけたが止めた。

今まで光で見えなかった彼らの顔が見えて、そして彼らが優しく笑っていたからだ。


『ジョウケンハミタサレタ』


先ほどと同じ言葉を繰り返す黄色い光。

ずいっと前に差し出される本。

光り、汚れが取り除かれ、真の姿を見せる。

偽物ではない。

本物の、女王の手記である。

そんなことはエフィエルシーも分かっていた。この本が本物であることは、触れて見て感じたから重々承知である。

しかし自分は妖精女王ではない。

本物を差し出されても、ほんもの(妖精女王)ではない彼女にそれを持つ権利などない。

なぜならエフィエルシーは、妖精女王の魂の欠片を持つだけの存在だからだ。


『(条件は、満たされた…?)』


妖精女王になるためには、条件が必要だった?

エフィエルシーは、条件を満たしていない中途半端な状態で、妖精女王の手記に触れてしまったから、だから中途半端に女王の記憶だけが戻った?


仮説を立てて、すぐさま否定する。

ありえない。これこそ妄想でしかない。

死の間際で幸せに縋りたい心が作りだした空想だ。


でも、この考えが本当であったならば。


条件が満たされたエフィエルシーは、真の姿を取り戻せる。


『…………ば、か、ばかしぃ……。あ…んな、あんな、女王に、なるくら、い、なら、このまま、死ぬほうが、まし、………。』


くだらないと鼻で笑おうとして、上手くできずに咳き込み、吐血する。

吐き出した赤を見て自分の状態を思い出した。

自力が放出されることなく溜まり続け、体が耐えられずに内側から破壊されていっている。

よくこれで生きているものだ。


どうでもいい。

死さえ、どうでもいい。

なにもかも、どうでもいい。


四つの光が、視線を彼女から別のものへ移す。

つられて追いかけて辿り着いたのは、隣で押さえつけられている智香子だ。

随分と彼女の動きはゆっくりとしている。

自分とそれ以外の時間が、切り離されて別々になっているみたいだ。


『イイノ?シンジャッテモ』

『マモラナクテ、イイノ?』

『キエテシマッテモ、イイノ?』

『セッカクデアエタノニ、シンジャウヨ?』


思いもよらなかった。

まさかその可愛らしい声で、脅されるとは。


本に触れる手はない。

だから目を閉じた。

エフィエルシーの望みを彼らはきちんと汲み取り、妖精女王の手記はエフィエルシーの額に触れる。


すべて、どうでもいい。

妖精も、人間も、死も、すべてがどうでもいいことだ。


でも、チカコさんだけは、守らなければ。

彼女だけが、私を心配してくれた。

彼女だけが、私のそばにいてくれた。

彼女だけが、私を見放さないでいてくれた。


彼女だけが、私の大切。私が守るもの。私の宝。

大切を守れるのなら、大嫌いな存在になることさえ、苦ではなかった。






少しでも儀式の進行を長引かせるため、智香子は水の妖精王シャールとの口論を引き延ばそうとしていた。しかし


『安心しろ、人間!死んでも生まれ変わる!身も心も汚れた貴様も、そこの不足者も、すべて美しく汚れなき魂となって生まれ変わるのだから!これ即ち教育!教え育むことこそ我らの務め!例えお前のような人間であっても、我らは教育を怠らない!なんとも素晴らしいことだろう!?そうだろう?!さぁ、教育を!教育を!』


『『『『『教育を!教育を!罪深きものに、教育を!』』』』』


水の最上級妖精シャールの手が上げられ、同じように持ち上げられる処刑人の剣。

どれだけ暴れても、智香子の上に乗る妖精はびくともしない。


「エルシー!起きなさいよ、エルシー!ちょっとあんたたちも、いつまで人の上に乗ってるつもり?!さっさと私とエルシーの上から退きなさいよ!」


せめてエフィエルシーだけでも!


「っ、私は、生まれ変わらないのよ!!!!」


シャールの手が、無慈悲にも空を切る。

振り下ろされる手と、鋭く光る処刑人の剣。


意味もないのに体を強張らせた智香子は、緑の光を見た。


それは視界を覆いつくすまでに広がっていき、ティムニヒッカを緑で満たしていく。

あまりの眩しさに目を閉じていた智香子。

妖精たちも同じ。その眩しさに、目を閉じていた。


落ち着いた光にそっと目を開けば、そこにいたのは美しい女性。


恐いほどに美しく整った顔。滑らかな体躯。巻き起こった風に揺れる不思議なドレスは彼女にとても似合っていた。

揺れる髪は新緑。生き生きとした木々を思い出される鮮やかな色。

瞳はより濃く深緑で、奥底には知性を秘めている。


『あぁ、そうだった…。そう、だった…。』


小さな声でもよく響く声は、遠くにいる妖精たちの耳にもしっかり届く。

背を飾る羽は、他の妖精たちとは違っていて。

ティムニヒッカにある窓から差し込む光に当たり、水緑の光を放つ。

朝日には黄緑、昼日には水緑、夕日には赤緑、月光には青緑。

光りの当たり方によって色を変える。

トープォーの羽の特徴について、エフィエルシーから聞いた。

それは、妖精女王の羽と、とてもよく似ている、と。


「エルシー…?」


それは別に目の前の妖精に向けて言ったものではなかった。

自分の考えを確かめるために、教えてくれたエフィエルシーと答え合わせがしたかった。

彼女の無事を、確かめたかった。


『はい。』


まさか目の前の妖精が返事をするとは、考えていなかったのだ。

名前を呼ばれて嬉しそうに顔を綻ばせた妖精は、妖精王たちほどある背を屈め、智香子をその腕に抱える。

何が起きているか分からない智香子はされるがままだ。


すると彼女の前に突然すべての妖精が跪いた。

妖精王も皆、すべてである。

土の妖精王ザラークが一歩前に出て、跪く。


『我らが頂点。我らが母。我らが王である、至高の存在よ。貴方様の目覚めをこの1000年という永きに渡り、心より、心よりお待ち申しておりました。無事のご帰還、お慶び申し上げます。我らが妖精の王、女王陛下。』


すべての妖精が、ザラークの言葉に続いて女王陛下と繰り返した。


智香子は青ざめる。

やっぱり間違いなかった。


この妖精が、妖精の頂点。


妖精女王なのだ、と。

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