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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
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第83話:女王の手記に秘められた仕掛け③

光が入らぬ室内。

ほんのり冷気と強い花の香りに満たされている。

響くのはカチャカチャと金属同士がぶつかる音のみ。

部屋の奥。

書き殴られた書類が床や机の上に散乱している。

当人はずっとこの状態でいるから気にしておらず、集中を途切らせることはない。

机周りは人工的な光で照らされているからよく見えるが、周囲は光がわずかしか届かずに薄暗いためよく見えない。


「ぃや、これじゃない…。だとしたらこっち…?…違うな…。」


独り言を口にしながら、手元であれでもないこれでもないと別の方法で繰り返す。


「うーん。この前はうまくいったのになぁ…。……あ!」


閃いたのか座っていた椅子から跳ね上がった体をそのままに、立ったまま彼は自分の仮説を書き殴っていく。


「うん、うん、そうだよ。そうだよ。問題は材料じゃない。状況にあったんだ。その場の状況と状態。それらが全て上手く噛み合えば…!!」


これなら長年の実験が成功するかもしれない。

書き殴られた紙を高々と掲げ、うっとりと息を吐く。

実験が成功することは、彼にとっては悲願であった。

早くこの仮説を試したい。

居ても立っても居られなくなる。

すぐにでもこの国から出て、試さなければ。

出かける準備を始めようとした彼の耳に、音が入る。

薄暗くよく見えないところから発生した音を、彼は恐れるどころか愛おしげに見つめた。


「どうしたの?起きちゃったの?」


手を伸ばした彼が触れたのは、両手で抱えられるほどの鳥籠。

中にいるものにかけられる声はとても優しい。

心の底から愛していると分かる。


「それにしても最近は変わったことが起こるなぁ。()()を手に入れてからは、途中で起きるなんてことなかったのに…。何でだろ?」


また音が聞こえる。

今度は上からだ。

どうやら客人が来たらしい。

手に持っていた鳥籠を元の場所に戻し、丁寧に場を整えていく。

彼らを扱う身としては、環境に問題があって危うく殺してしまった、なんてことは許されないからだ。


客人は一人の中級妖精。

話を聞くと、妖精女王の手記に手を出し、妖精殺しを行なっていた者たちに罰を与えるらしい。

彼がこの国に来てから初めてのことなので、ぜひ見てみたい。

急いで準備をして、迎えに来た妖精と共に家を出る。


それにしても妖精女王の手記を狙うとは。

一体誰なのかと聞けば、一人は族長の一人娘でありながら自力も何も持たない妖精。

もう一人は、魔力を一切持たない人間。

頭に浮かんだのは、一人の少女。


「(そうか、彼女が。)」


ついさっき会ったばかりだが、あれは盗み出す前だったのか。

足を進める中、彼はふと思った。


そう言えば、実験に異変が起き始めたのは、彼女が来てからだな、と。







智香子たちが連れてこられたのは、室内であった。

放り投げられた衝撃で目を覚ました智香子は状況判断と同時に、一緒に放り投げられたエフィエルシーに駆け寄った。

手は背後で縛られているが、足は縛られていない。

智香子の呼び声に目を覚ましたエフィエルシーは辺りを見渡して体を震わせた。


「どうしたの?」


エフィエルシーの視線を辿り、周囲へ目を向ける。


室内は智香子たちが放り出された円形の場が一番低く。

その周りをぐるっと囲むように用意された客席が高く。

最後に妙な装置が置かれている場所一つだけが高い構造になっている。

装置は細長な扉の形で、緑色の光が漏れている。

それは天井まで届き、広い室内を照らしていた。


『この、場所は、ティムニヒッカ。意味は、再生と循環の(あいだ)。…妖精が、転生後に還ってくる場所であり、』


エフィエルシーの体は恐怖で震えている。


『…罪深き妖精の転生を、行う場所でもあります。』


ザワザワと騒がしかった会場が静まり返る。

そこで智香子は自分たちが大勢の妖精や人間たちに囲まれていたことに気づいた。


『これより、大罪を犯した者を浄化し、新しく生まれ変わる正当な儀式を執り行う。尚、国の一大事のために全国民がこの場の行末を見届ける証人となる。証人は責任と慈愛を持ち、我らが同胞の転生を見届けることを誓う。』


この国にいる全ての妖精だけではなく、連れてこられた人間たちも皆一同に集まっている。


『魔力を持たぬ人間。及び、族長の娘。彼らは我らが妖精女王陛下の手記を持ち出すという大罪を犯した。それだけに及ばず、我らが同胞を殺害していた…!』


「は?!ちょっ、」


『黙れ!』


グッと無理矢理押さえ付けられ、加えて自力で声を取られる。


『以前より多発していた、国外での不自然な死滅。今日、それが偶然でも事故でもなく、意図的であったと判明した。更には、自力を持たぬことで同胞を恨み、嫉妬した族長の娘エフィエルシーが今回の妖精殺しを企てていたこと。そして、そこの人間と協力していたことが、分かった!大罪を犯せば身は不浄のものとなり、身も心も自然とは逸脱してしまう!自然の母の元生きる我らにとって、逸脱したものには教育を施さなければならない。儀式によって罪を償わなければならない!』


確かに智香子とエフィエルシーは女王の手記を盗んだ。

しかし、妖精殺しの話は知らない。

訴えようにも、この場で大罪人とされる者は発言を許されていないため、弁解することさえできない。


「(これのどこが正当な儀式っていうのよ…!!)」


微力ながら必死に抵抗する智香子に呆れ顔の妖精。

彼女らを囲む妖精たちは、先の女王の手記を盗んだということだけでも十分すぎるのに、加えて妖精の殺害まで行なっていたとされる智香子たちに、一切の同情も感じてはいなかった。


『誓いの儀式は妖精王の承認を持って成される。』


儀式を進める最上級妖精の声に合わせて火・水・風・土が現れ、妖精王が姿を現す。


『転生の儀なんて久しぶりじゃね?』

『前は、確か100…?』

『…255年前だった…と思う。』

『…………。』


煌々と光る四色に皆がひれ伏した。

智香子も同様に頭を押さえつけられる。

しかしエフィエルシーだけが抵抗した。


『カルパト!ヤーレン!フェリカ!ザラーク!』


彼女の声が会場に響いた。

儀式の途中で罪人が発言することも、それ以上に王たちが許可をする前に動いたことも、王たちの名を呼ぶことも、全てが無礼であり禁忌。

慌ててエフィエルシーを押さえつけようとするが、彼女は諦めずに四人の妖精王へ声を向けた。


『みんな!覚えていますか!私、私です!エフィエルシー…じゃなくて、リグル!リグルです!』


彼女の口を塞ぐことが出来ず、慌てる妖精。

妖精王は静かに手を挙げ、彼女を抑え付けていた妖精を下がらせる。


『リグル…?それって、妖精女王様のお名前では…?』

『なんであの不足者がその名を口にしているの?』


智香子の耳に入る疑問の声。

エフィエルシーは妖精王たちが覚えていてくれたのだと、分かってくれたのだと嬉しくて、彼らに手を伸ばした。


『遅くなってしまって、ごめんなさい。こんなにも、みんなを待たせてしまって…、でも、それでも、見捨てずにずっと待っていてくれたことが、私は本当に嬉しい…!』


火の妖精王カルパトが、彼女に手を伸ばす。


『…なぜ…』


『それは、妖精女王の手記のおかげです!あれを触った瞬間に、私の過去のことやみんなとの思い出が私の頭の中に入ってきて、それで思いだしました!まぁ、あやふやな部分も多々あるのですが…。それでも!みんなとの楽しくて、辛くて、でも幸せな時間、全部じゃないけど思い出せました!…こんなに遅くなってしまって、随分待たせてしまって、顔向けできないなと思ったんです。でも、それじゃダメだと。みんなが私の願いを守って、この国をずっと守り、維持してくれたなら、私もそれに応えなきゃいけないと、そう思ったんです。』


エフィエルシーの言葉を聞いたカルパトの顔は見えない。

丁度、影になっていた。


エフィエルシーは顔を綻ばせる。

思い出せた時はなんて地獄だと思った。

嫌いな人物と自分が同一人物だったなんて、どんな拷問か、と。

でもこうして大切なものも取り戻すことができたのだ。


『みんなと、こうして会えて、本当に良かった…!』


伸ばされたエフィエルシーの手に、カルパトも同様に手を伸ばして。


彼女の腕を切断した。


『へ。』


最初は感じなかった痛みが、じわじわと彼女を蝕む。

響くエフィエルシーの叫び声に、悶絶する彼女の姿に、見ているものは顔を顰めた。

それらの瞳に同情の色は変わらずない。


『はぁーー。何を言うかと思えば、とんだ法螺吹きめが。俺たちの名前を不躾に呼ぶだけじゃなく、女王の名を語るとは、死んでも償えぬ罪だぞ。』


『ち、違います!私は本当に』


『大概にしていただきたい…。聞くに耐えん内容だ。』


頭を抑えて水の妖精王ヤーレンが、痛みに耐えるエフィエルシーを上から見下す。


『貴方は、我らが女王ではない。どこから手に入れたかは知らないが、女王の魂を手に入れ、その身に宿しただけ、謂わばただの盗人だ。そんな者が、自分を女王だと…?笑えない冗談も過ぎると笑えてくるようだ。』


『そんな、そんな、ことない!私は、本当に妖精女王で…。だって、みんなとの思い出が、』


『…それは、違う。』


ふわふわと浮いた風の妖精王フェリカが地に伏すエフィエルシーの周りを飛ぶ。

まるで今そこで死ぬ虫を観察しているような目で。


『貴方は、殿下の魂の一部を持っている…と思う。だから、殿下の手記を手にしたとき、魂に反応して、殿下の知識を得ることができた…だから、貴方は殿下じゃない…と思う。』


『っ、そ、それでも、信じて、し、信じてください!わ、私は何も、嘘は、嘘は、言っていません!』


煩い!という怒号にエフィエルシーの喉はひりつく。


『お前は妖精女王じゃない。その証拠に、お前は、知識も、記憶も、あやふやで!そんで極め付けは、自力!殿下の持つ自力は俺ら四人を合わせた量よりも多かったのに、お前、すっからかんじゃねぇか!記憶を取り戻したのなら、なぜ力を取り戻していない!なぜ元の姿に、あの目が眩むほどの緑を纏った美しい御姿に、戻っていない!なぜだ!理由は簡単だ!お前が殿下じゃなくて、偽物だからだよ!!』


自力が、彼女の体に溜まっていく。

苦しい。苦しい。

おかしい。溜まるのが、早すぎる。

呼吸さえ満足にいかないエフィエルシーを転がしたカルパトは、倒れた彼女の肩に足を乗せる。


『殿下の残りの魂と身体は、どこにある。どこにあるかって、聞いてんだ!』


どく。どく。どく。どく。


体の中を、何かが走り抜けている。


知らない。そんなの、知らない。

でもカルパトは信じない。

他の妖精王も、信じない。

周りで見ている彼らも、信じるわけがない。


唯一、智香子だけが信じてくれている。

彼女だけが、信じている。

エフィエルシーの異常に気づいた智香子が、なんとか脱出しようともがくが力で敵うわけがない。

相手は体格も力も上の最上級妖精なのだから。


自分は妖精女王ではなかった。

あの記憶は、私のものではなかった…?

そんなわけがない。

そんなわけがないと分かっているのに、彼らが突きつけてきた事実が、納得させる。

記憶が戻ったのに、力も姿も変わらない。

その通りだ。


では、彼らとの苦しくも楽しい日々は、別のものだと言うのか。

その中で得た感情は、私の、エフィエルシーのものではないと言うのか。


なんで、そんなもの(女王の記憶)を私に見せたのか。感情を、与えたのか。

彼女の欠片を私に入れたのか。


自力もない。扱えない。

羽もない。不足者。

女王の欠片を入れられて、でも女王じゃない。

本当の、女王の私を愛してくれる人は、家族や四人の小さな下級妖精たち以外にも沢山居たんだと嬉しくなって。

女王の記憶と感情を与えられて、自分のものではないのに勝手に喜んで。


どうして、こんなことになったのだろうか。

私が何かしたのだろうか。



私が、悪いのだろうか。



自力が体に溜まって、今にも息耐えそうだ。


彼らはどこだろう。

小さく、暴力的で、でも温かくて、生まれた時からずっとそばにいてくれた四つの光。

彼らがいなければ生きていけない、この苦しみから解放して欲しい。


でも出てこないで。


自分は今ここで死ぬだろう。

女王の手記を盗んだだけではなく、妖精を殺害したというよく知らない罪までつけられ、尚且つ女王の名を騙った。

大罪人に力を貸していたことがバレれば、彼らもタダでは済まされない。


『…どう、か、に、げ て…』


『はぁ?何言って、…仲間が別にいるってことか…』

『その仲間が欠片や体を持っている、もしくは隠し場所を知っているのかもしれない。』

『……厄介…と思う。』


『であれば、それ以上傷つけても意味はないだろう。』


土の妖精王ザラークの言葉にカルパトは『わかってる!』と荒々しく足を退けると、雑に儀式の承認を行った。


『そうだ、殿下な訳がない…。殿下なら、なんで、』


なんでもっと早く迎えに来てくれなかったんだ


エフィエルシーにだけ届いた言葉。

彼女にはそれが、妖精王の怒りにも、切望にも聞こえた。

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