第82話:女王の手記に秘められた仕掛け②
前回の話の後半部分を訂正しております。
訂正前とは話がズレているので、前話確認の上、お読み頂ければ幸いです。
よろしくお願いします!
集められた空気の中に入れられ、飛ばされた智香子たち。
智香子とエフィエルシー。
二人の悲鳴が通り過ぎていく。
「ちょ、これ、どこに向かってるの?!」
『っ〜〜〜これ、は、!もうすぐ、です!』
街を抜け、自然豊かな森を過ぎ。
見えたのは一面美しい花畑。
エフィエルシーが自力に蝕まれ意識を失っていた際に来た場所である。
ここに何があるのか。
気になったが、智香子はそれ以上に気になることがあった。
スピードが緩むことのないこの空気の集まり。
そして、作り出した本人である風音はいない。
どうやって止まる?
「も、も、もしかしなくても、自然に止まるわけ、じゃ、ないわよね…?」
『…………………こんな方法で運ばれるとは思ってもいませんでした。』
望みをかけてエフィエルシーを見れば、滑らかに逸される顔。
智香子の顔が青ざめる。
「うそ……。」
体がずっと浮いているのでわからないが、恐らく地上であれば分かりやすいほど体全てがガクガク震えていたことだろう。
気絶できたらどれほど幸せか。
やがて飛ばされた時と同様に、弧を描き始める。
下降の気配を察して、智香子とエフィエルシーは互いを再び強く抱きしめた。
かかる重力。重力。重力。
「『いやぁあああああああああああ!!!!!!!」』
ぶつかる、と二人が全身に力を入れた。
しかし待っても待っても衝撃は来ない。
力を入れると同時に目も閉じていた二人はそっと開く。
思わず天国に来てしまったのか?と考えたが、目の前には大きな花。
そして、自分たちを四つの光が包むようにしていることから、彼ら四人の下級妖精が守ってくれたことに気づく。
心の底から感謝を述べながら地面に降りる二人。
『……貴方たち、そんなに力使って大丈夫なんですか?』
おおよそ下級妖精が使える自力を明らかに越えている四人。
日頃、自力を使ってもらう際にはエフィエルシーが限度を予想して調整していたのだが、本来の彼らはもっと力が使えたということだろうか。
『(でも今日一日で使った分だけで、中級、いや上級ほどに及びそうですよね…?)』
うーん?と首を捻るエフィエルシー。
思考の海に沈みそうになったが、智香子から呼ばれたため、すぐさま少し離れた場所にいる彼女の元へ向かった。
「それで、あの女王の手記は、本物ではないということでいいのかしら?」
風音により飛ばされている最中。
恐怖のあまり手記をどこかに落としたと思っていたが、四人の下級妖精がきちんと持っていたらしい。
何と優秀なのだろうか。
もっと褒めろと言わんばかりにエフィエルシーに突撃し、『うふぅ!』と変な声が出てはいるが。
攻撃された場所を手で押さえながら、エフィエルシーは親子の言葉を肯定する。
「なら本当の女王の手記はどこにあるの?」
『あの時はなんとなくここ!っていうのが分かっただけで、どこにとまでは…。』
地道に探していくしかないということか、と智香子が意気込む。
探し出そうとしたところで、下級妖精たちが二人の前に進み出た。
じっと見つめてくる四色の光。
誘われるままに彼らについていく。
彼らが向かったのは、少し離れた所にあった丘。
丘のてっぺん。その少し前に足を踏み入れたエフィエルシーの体が不自然なほどに揺れた。
「エルシー?!」
『っ、だい、じょうぶ、です…!!』
脳の中を何かが駆けていく。
ガツンと何かで殴られた痛みがガツンとずっと続いている。
思い出せ。早く。早く思い出せ。
そう急かされているような。
四人の下級妖精たちから受け取った、今は胸に抱えている偽の女王の手記をもつ手に力が入る。
頭痛を我慢し目を開けたエフィエルシーには、なぜか一箇所だけ、光が見えた。
「エルシー?」
智香子の呼びかけが、耳から通り抜けていく。
ふらふらと歩き出したエフィエルシーは、持っている偽手記がじんわりと熱くなっていることに気づかない。
足元が、おぼつかない。
見つけた。
頭が、クラクラする。
早くしろ。
気持ちが悪い。
荒く呼吸を繰り返し、エフィエルシーは光の元に辿り着く。
手前にはない。
もっと奥に、彼女が求めているものはある。
偽手記を落として、エフィエルシーは自分の手で穴を掘り始めた。
爪の間に土が埋まり、時々埋まっている小石に勢いよくぶつけた手から血が出ても、気にしない。
気にならない。
ただ一心不乱に光を求めて土を退ける。
急げ。急がないと、間に合わない。
また、失うことになるぞ。
それは、それだけは、いやだ。
土に被って現れたのは、薄汚れた一冊の本。
エフィエルシーはそれが何なのか、理解できていなかった。
しかし理解していた。
だから手を伸ばして、触れる。
溢れる光。
かつて彼女が、この世に創られてから眠りにつくまでの長い長い時間をかけて経験し、思考したこと。
学び得た膨大な知識。
感じ得た豊かな感情。
関わった多くの者たち。
エフィエルシーの脳に、記憶に、流れ込んでくる。
あまりに多過ぎた情報量は、短い生しか生きていないエフィエルシーには大きく、耐えられるものではない。
『あぁあぁあああああああああああ』
見合わない知識はエフィエルシーの体を蝕んだ。
スライドショー式に流れていく記憶。
見せられる映像はもはや早過ぎて断片的にしか見ることができない。
赤の狂気。
青の未練。
黄の傲慢。
紫の不憫。
橙の隠蔽。
白の暴虐。
黒の真実。
そして、心の底から欲した、愛しい、大切な存在。
脳が焼ける。
まさしくその表現が適している。
彼女の記憶だった。
彼女の知識だった。
彼女の感情だった。
だが同時に、それらが自分のものであったと認識が変わっていく。
ーーあぁ、わたし、そうなのですねーー
「エルシー!!」
傾くエフィエルシーの体を支える智香子。
地面を掘り出したかと思えば、急に意識を失ったエフィエルシー。
相変わらず訳が分からないことばかりである。
今できることを一つ一つ。
とにかくエフィエルシーを休ませなければ。
木陰に運ぼうとした智香子は、エフィエルシーが掘った場所からそう離れていない所に、もう一つ掘り起こされた場所を見つける。
何が植えられていたのか気になったが、丘のてっぺんに立ち、見えた景色に息を呑んだ。
見える景色は移り変わり、姿を変える。
空だけではない。生い茂る植物や転がる岩までも色や姿が変わっていく。
その変化はいくら見ても飽きそうになかった。
ずっと美しく、ずっと見ていたい。
まただ。
また、どこかで見たことがあるような気がする。
夢の中で見た話を思い出せない感覚に、モヤモヤする智香子。
エフィエルシーを運びながら思い出そうとした智香子は、動きを止めた。
智香子の喉に突きつけられた、火・風・水・土の矢。
『動くな。』
下級妖精たちのような、雰囲気ではない。
動けない智香子の前に飛んできたのは、妖精王よりも一回り小さく、しかし上級妖精よりも大きい妖精。
最上級妖精たち。
それに付き従う、上級妖精、中級妖精、下級妖精。
『魔力を持たぬ人間。及び、族長の娘。両者を、妖精女王陛下の手記を持ち出した罪で捕える。』
智香子の意識が消えていく。
エフィエルシーを離すまいと、彼女を抱く腕に力を込める。
二人を連れていく妖精たち。
一方で、持ち出された手記がどこにあるのか、と探す妖精たち。
しかしエフィエルシーが落とした偽手記も、光の下にあった一冊の本も。
はじめから存在していないかのように、跡形もなく消えていた。




