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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
84/151

第81話:女王の手記に秘められた仕掛け

8/1 後半部分を変更しました。

引き続き「転移小人」をお楽しみください!

崖の上に座っているのは一人の妖精。

移り変わる景色も色も、生い茂る草木も、常ならば心が満たされるのに。

今の彼女はそれらを視界に入れてはいるものの、思考は別のところにあるようだった。

ぼんやりとした彼女の近くに、誰かが足音を潜ませてやってくる。


「わぁっ!」


『!!!!』


慌てて振り返ると、そこには愛しい存在が。

姿を見る前から、その声だけでわかっていた。


姿を見れば嬉しくて顔が自然と綻ぶ。


だが妖精ははっとして、すぐさま顔を顰める。

そんな妖精を見て困った顔をする存在に胸が痛くならない訳がない。

でも仕方ないのだ。


「もー。そんなにすねることないでしょー?」


『…我を置いて帰るというのに。我を見捨てるというのに。我には傷付かず、すねず、笑顔で見送れと仰るのですか?』


「仕方ないじゃない。私もここにいつまでも滞在するわけにはいかないし、貴方はここの王様だし。貴方だって、ついてこれないでしょ?」


『…………。』


その通りだと認めたくなくて、妖精はプイッと顔を逸らした。

仕方がないと息を吐いた愛しい存在は、妖精にピッタリとくっついて腰をおろす。


「この国を治められるのは貴方しかいない。貴方だって、彼らが大事。私だってそうよ。違いがあるとすれば、私はみーんなが大事だってこと!貴方たちだけじゃなくて、この世界にいるみーんな!」


言葉の意味も理解できない馬鹿ではない。

正しいことを言っているだけだ。

ただ、お前は特別じゃない。特別にはなれない。

そう突きつけられたようで、苦しくなる。


『…分かっております。』


そよそよと風が吹く。


運ばれてくる匂いは、妖精が嫌う花から。

早く彼女を返せと言っている。

せっかく愛しい存在を求めて纏わりつく他の妖精たちが邪魔してこない場所だというのに、なんと鬱陶しい花であろうか。


諸々の鬱憤を花に向けてしまう。

いや、鬱憤の一つは花であるのだから妥当か。


「それじゃぁ、一つ約束をしましょうか!」


妙案だと愛しい存在が手を叩く。


約束?

あなたが?

それは許されることなのだろうか?


「んふふ。ホントはダメよ。とくべつ!」


ニヤリと口元を歪ませて笑うその様は、崇高な存在にはとても見えない。

しかしその眩さはやはり手の届かなさを実感させる。

そんな存在が、たかが創造物に過ぎない妖精と、約束を結ぶというのか。


「え、ちょっと!泣かないで!まだ約束の内容も決まってないのよ?!」


あまりの嬉しさに感極まる妖精をその腕に抱え込む。

愛しい存在の暖かさを受けながら妖精は思った。

今ならあの忌まわしい花にさえ、心の底から感謝できると。


約束の内容を尋ねられ、妖精はおずおずと願い出る。

それを聞いた愛しい存在は朗らかに笑った。


「なぁにそれ!もっとすごいことでもいいのに!欲がないわね!」


それでも不安な顔をする妖精の頭に愛しい存在の手が置かれる。


「良いわよ。約束するわ。どんな姿になっても、どんなに長くかかっても、いつかあなたに会いに行く。」


()()()


世界を超えて響いた声を聞いたのは、一人の妖精と世界のみ。


魂に刻まれ、必ず果たされる約束。


愛しい存在を見送っても、寂しさはない。

自分はただ一人、この世で彼女と約束を得た存在であるから。

他の有象無象とは違う。

呪いなどではない繋がり。


貴方は言った。

欲がないと。

そんなことは、ない。


傍に立つ黄色が大丈夫かと聞いてくる。

安堵させるために笑みを浮かべた。


いつか。いつか。いつか。

貴方が誰の手に渡ろうとも、どのような姿に変えられようとも、我の存在を忘れても。

いつか。

必ず我に会いに来てくれる。

一方通行の呪いではない、互いに課せられた約束。


これを欲深くないと、なぜ言えるのか。









最上階をみた智香子はまず闘技場を思い浮かべた。

国儀という国同士の会合の場となるのなら、それこそ教会のような内部を想像していたが、高い天井はそもそもなく空が広がっている。

中心をぐるりと囲むように客席が用意されている。

感嘆の声を出したのは智香子だけではない。


「いや、なんで貴方も驚いてるのよ。」


『私も初めて来たものですから…。』


多くの妖精から転生を望まれ、侮蔑の目で見られ、屈辱な言葉を投げられる。

道を歩いただけでもそのような状況になるのだから、こういったさらに多くの目に曝される場所に出ることは、エフィエルシーにとって苦痛である。

そのため彼女は最上階に来たことがなかった。


先ほどの妖精王の会話を頼りに、妖精女王の手記を探す。


『あ、あそこです!』


妖精王専用の四つの席。

その下。

丁度智香子たちがいる扉から真反対の場所であった。

案外わかりやすくて良かった。

ほっと息をついたのは間違いである。


『はっけん!はっけん!』

『人間及び不足者を発見したぞー!!』


『先回りされてましたか!』


狼狽えるエフィエルシーとは逆に、智香子は落ち着いていた。


「エフィエルシー。先に行きなさい。」


それは智香子を置いて行けという言葉。


『チカコさん…そんな、そんなことできません!』


「良いから行くのよ!」


『チカコさん…!…絶対に、死なないでくださいね。』


「人の心配するなんて随分余裕があるじゃない。自分の心配をした方が身のためよ?」


背を向け合った二人。

妖精たちは集まり続けている。

息を呑んだエフィエルシーは駆け出した。

そして頭上で集まっていた妖精たちは全て、智香子に向かって行く。

ことはなく、全てがエフィエルシーに向かってきた。


『は?……!!!』


勢いよく振り返ったエフィエルシー。

何かしてくれるだろうと思っていた。

その智香子は、エフィエルシーとは真逆の方向へ全力で走っていたのだった。


『チカコさん?!』


向かってくる妖精を背に名を呼べば、彼女は振り向き親指を上へと突き上げた。


「囮作戦よ!」


所謂グッジョブサインである。


『ふざけないでくださぁぁいぃ!!』


エフィエルシーは叫び声を上げながら、妖精たちから逃げまわる。

向けられた攻撃は、しかし彼女の近くを飛ぶ四人の下級妖精が守っているため、エフィエルシーに当たることはない。


よし、と頷いた智香子は、エフィエルシーが走っていく方向とは逆方向へと走り出す。

円形の場内。

その壁に沿うように動いていく。

遠回りではあるが、全ての妖精をエフィエルシーが引き付けてくれている現在、確実に妖精女王の手記を手に入れる方法はこれしか思いつかなかった。

守ってくれる四人の下級妖精がいるエフィエルシーとは違い、智香子には守ってくれる誰かがいない。

となれば、役割分担は決まってくるだろう。


走りながら『許さないぃ〜!!』と叫ぶエフィエルシーは無視して、女王の手記を目指す。

妖精王専用の座席。

他の席とは違い影を作る屋根があり、椅子の作りも別だから簡単にわかる。

しかし座席の下に、女王の手記が浮いているわけではない。

そこにあるのはただの壁である。

ペタペタと手で触れ、違和感がないか探す。


思い出すのは砂漠に作られた基地へと誘拐され、ウィリアムと共に地下からの抜け道を探っていた時のことだ。

あの時同様、何か仕掛けがあるはず。

高いところから低いところまで触りまくっていると、一つ違和感を感じる場所があった。

例えば、他は損傷や色落ちがそのままなのに、一部分だけ綺麗に修繕されているような。

でも見た目に違和感はない。

錯覚の魔法でも施されているのか、手探りで一度触れた場所を探す。

他の経年劣化とは違い、新品レンガのざらざらとした肌触り。

ここだ!と力一杯押してみる。

一番奥まで押したのに、辺りに変化はない。


(え、もしかして、仕掛けまだあるの…?…こんな状況で?!)


嘘嘘嘘と思いながらも、貴重な物を簡単に取り出せるようにしておくわけがないことは当然のこと。

ここで諦めることも脱力して天を仰ぐこともできない。

急げと自分を急かしながらまた壁を触りまくる。


先ほどの仕掛けがダミーだった。

まだ押さなければ行けない仕掛けがある。

さっき押した仕掛けは別の何かだった。


色々なことが思い浮かぶが、智香子は自分に今出来ることに集中した。

ダミーなら本物を見つければ良い。

押さなければ行けない物があるなら探せばいい。

別の何かだったなら…その時はごめんなさい、だ。


忙しなく手を動かしていれば、先ほどと同様の手触りの壁が一つ見つかる。

押せばまた一つ、また一つと見つかり、最後に四つ目の壁を押した次の瞬間、壁全体が軋む。

驚いて尻餅をついた智香子は、目の前の壁がゆっくりと開いて行くのをただ見ていた。


幾重の壁が開けた先に恭しく飾られているのは一冊の本。


世界が誕生し、創生神によって創られた瞬間から永久の時を生きていた妖精女王の知識が詰められ、読めば万物の知識を得られるとされている。

妖精女王の手記。


なぜだろうか?


め が、はなせない。


智香子の頭の中で、声が響く。


『手を伸ばせ』


『望め』


『その身に溶かせ』


『其方のモノ』


『手に入れれば全てが思うままに』


どこかできいた こえ。どこ だった だろうか。

てに いれなければ。わたし が てに しなければ。


どうしてかしら?


智香子が女王の手記に触れる直前、強く肩を掴まれる。

振り向けば鬼の形相をしたエフィエルシー。


『ゆ〜る〜さ〜な〜い〜!』


「やばぁ」


『なんで、置いていったんですか!』


「あら。でも私言ったわよ?自分の心配をした方が身のためよ?って。」


『っ〜〜悲しいです!寂しいです!死なば諸共でしょぉ?!』


「一緒に死ぬとか死んでも嫌よ!」


『死ぬなら一緒じゃないですか〜!!』


喚くエフィエルシーを黙らせ、智香子たちは女王の手記を見る。

先ほどまで聞こえてきていた声はもう聞こえない。

あの声はなんだったのか。

智香子が意識を逸らしている間に、エフィエルシーはそそくさと女王の手記を開いていた。


「ちょっと!勝手に一人で読むんじゃないわよ!」


『前後の順番は関係ありません〜!』


囮にされた恨みがまだ強く残っているエフィエルシーはフンッと顔を逸らして開いたページに目を向ける。

何の反応もないエフィエルシーを不思議に思い、後ろから手記を覗き込む。

しかしそこには何も書かれていなかった。


「…どういうこと?」


『…妖精女王本人にしか読めない仕組みになっているか、そもそもこれが偽物であるか、といったところでしょう。』


智香子は一先ずここから逃げ出さなければならないと思う。

すぐ近くに迫る、自分たちを殺したい妖精たち。

彼らから逃げなければ。

目的のものは回収できた。

その側でペラペラと本をめくり、他に何か書かれていないのか探るエフィエルシー。

最後に差し掛かった時、ページとページがくっついていることに気づく。


「エルシー!何ちんたらしているの!早く逃げるわよ!」


『ちょっと待ってください!何か、』


くっつきを取ったエフィエルシーの動きが止まる。

中途半端に区切られた言葉を不審に思った智香子が振り向けば、すぐ近くにエフィエルシーが立っていた。

腕には女王の手記が抱えられている。

彼女は智香子、の奥を見た。


『カザネさん!お願いがあります。』


可愛らしい顔でありながら、ふてぶてしく宙を浮くのは風音だ。

恐らく先ほどエフィエルシーに突撃したのも風音で間違い無いだろう。


「ちょ、貴方どこ行ってたの?!」


『ふんっ!別にどこ行ってたっていいだろ!』


「どこに行くのも自由だけど、他人と行動する以上、迷惑をかけないようにするのが礼儀じゃないのかしら。それさえ守れないのはただのクール振りたい自己中なお子様だけよ!」


だが今は言い合いをする暇もなく、二人の言い合いにエフィエルシーが無理やり入ってきた。


『それで、お願いとは。』


『私たちをある場所まで運んで欲しいのです。』


智香子はエフィエルシーが何を考えているのかわからなかったが、とりあえず反対された時の説得を頭の中で考える。

しかし想像に反して、風音は『……いいよ。』と了承する。


「………………。」


『……何?』


「いえ、驚いて…。」


ふん、と息を吐いて風音は自分の周囲に風を集める。


『………貴様に死なれては、気分が悪いからな。』


それってどういう意味なの?

風音が集めた風の塊が、智香子たちに纏わりつく。

彼女らを狙う妖精たちはもうすぐそこだ。

ぐっ、風音が体に力を込めたと同時に、智香子たちの体ごと浮かび上がる。

というか、風音はエフィエルシーが望む場所が分かっているのか?


『まぁ、生きてればその内会えるだろう。』


言葉が終わったすぐ後。

智香子が質問するよりも前に、勢いを付けて投げ飛ばされた風の塊。

緩やかな弧を描いて遠くに飛んでいくそれは、側からみればなんてことはない。

しかし、その渦中にいるものは話が別である。

座るところも、しがみつくところも何もない。

ただ風の中でどこにも固定されずに飛ばされる。

智香子とエフィエルシーは互いに強く抱き合った。

この浮遊感。

覚えがある。

これは、


「ジェットコースターあああああああぃやぁあああああああ!!!!!」


『きゃああああああああああああああ!!!!』


遠くへ飛んでいく風の塊の中、二人は力一杯叫んだ。

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