第78話:変装は十分な準備をして②
眼前に聳え立つタティーピトに、智香子は息を飲む。
アドリオンで遠目に見たお城は大きく、日本で見た城を彷彿とさせた。
広い土地を悠々と使い、権力を示すかのような大きさ。
だがタティーピトは縦に長い。
遠目であれば見えたそのてっぺんが、真下では全く見えないほどに。
自分何人分の高さなのだろうかとと呆けていた智香子の体が引っ張られる。
エフィエルシーに引っ張られて草陰に入れば、近くを妖精たちが通って行く。
自分たちが今、彼らに追われて命の危機に面していることを思い出す。
智香子は妖精国から出る方法を、エフィエルシーは自力の扱い方などを探るため、女王の手記を手に入れる。
その目的を達成するためには逃げることなど出来ないのだが。
「ユースティースさん効果が消えてしまったわね。」
『どちらにせよここは国の中枢で、妖精もその分多く集まる場所なので、仕方がないと言えば仕方がないです。』
目指すはタティーピトの一番上。
頂上に保管されている女王の手記を入手するため、ここはいわば始まりに過ぎない場所。
始まりが最も困難であれば、そもそも始めることさえできない。
だというのにそれ以降にどうやって挑めば良いのか。
頭を抱える智香子に、エフィエルシーは向き合う。
笑顔でも泣き顔でもなく、何かを決めた表情のエフィエルシー。
名前を呼ぶ声は、やはりいつになく真剣だ。
「どうしたのよ。」
『お願いがあります。』
エフィエルシーが懐から取り出したのは、一つの鍵と手紙だ。
『私の父と母に、この手紙を渡して欲しいんです。魔力が魅力ではありますが、2人とも超上級妖精で自我も理性もあります。きちんと話せばわかってくれる方達です。そしてこの鍵は、上へと通じる隠し通路を開けるためのもの。入り口から真っ直ぐ進んで突き当たりを左に曲がってください。扉のイラストが描かれた壁が立ち塞がるはずです。しかしイラストの鍵穴に鍵を差せば、イラストが動き出して上へと通じる扉が現れます。あとは無心でただ駆け上がってください。」
押し付けられた智香子はただあたふたとするばかりだ。
「ちょっと、何勝手に進めてるのよ!」
「すみません!でも、これしか手段がないんです!」
草陰から手を引かれ表に出る。
今までにないほど強く握られた手は、エフィエルシーの熱を智香子へと移した。
連れ出されたかと思えば、入り口に向かって走り出すエフィエルシー。
急な加速に足がもつれないよう懸命に走る。
走ることに意識を向けながら、智香子は近づくことでよりタティーピトに目を奪われた。
レンガで作られた歴史的建造物。
壁には緑が纏わりつき、色とりどりの花が所どころに咲いて鮮やかだ。
頭を下げて顔を隠さなければならないことは理解していたが、それでも入り口を抜けてタティーピトの内部を目にした時、現状を忘れて魅入ってしまう。
天井までレンガでできた壁。
多種族向けか、さまざまな物が売られている店。
キラキラと輝きながら飛び回る大小様々な妖精たち。
可愛いを詰め込んだ世界だった。
エフィエルシーに手を引かれていなければ、そのまま足を止めてフラフラと興味のあるものへ近づいていただろう。
最初は何事かとただ見送るだけだった妖精たちだが、入り口を抜けた辺りで2人の正体に気づいてしまう。
『まりょくなし!みりょくなし!』
『不足者じゃないか!』
『見つけたぞ!捉えよ!』
『思ったよりも見つかるのが早かったですね!』
追いかけてくる妖精たちを背に、エフィエルシーは走る。
入り口は広く、先ほどエフィエルシーが言っていた隠し通路に到達するまではまだ時間がかかりそうだ。
「何か策はあるの?」
徐々に後ろの妖精との距離が縮まりつつある気がする。
後ろを気にしながら智香子がたずねると、手を引いて走るエフィエルシーが『はい!』と横から飛んできた妖精を避けつつ答えた。
『みんな!守って!』
エフィエルシーが叫ぶ。
声が響渡る前に、エフィエルシーから四色の光が飛び出して、2人を包む透明な壁を作った。
するとどうだろう。
追いかけてきていた妖精たちは壁に塞がれ、2人に近づくことができない。
こんな能力を持っていたのか、と感動する智香子の手をぎゅっと握りしめる。
『チカコさん、聞いてください。この壁は長くは持ちません。いいですか。先ほど私がお話した通り、ここを真っ直ぐ行って、突き当たりを左。進んだ先にある、扉のイラストが描かれた壁が、上へと通じる道になります。父と母に出会えたら、お渡しした手紙を届けてくださいね。』
智香子の手を一層強く握りしめる。
エフィエルシーの言葉はまるで、自分はその先へ行かないかのような意図を感じる。
「あなたは、あなたはどうするの。」
『私はここに残ります。妖精たちを引きつけている間は、チカコさんだけなら自由に動くことができるはずです。この壁が限界をむかえて崩れた瞬間、この子たちにお願いしてチカコさんを階段に続く通路付近まで飛ばします。そしたら、走ってください。』
徐々に壁に亀裂が入り始める。
もうすぐだ、とエフィエルシーは息を吐いた。
今からのことを考えれば、辛く苦しいだろうに、心はなぜか軽い。
父と母へ、手紙を書くことが出来たからか。
自分の生を諦めたからか。
どちらも違う気がする。
まだ握られている手からじんわりと伝わる熱。
『(そっか)』
未だ自分が抱くこの人への感情は不可解なものばかり。
好きなのか嫌いなのかも曖昧。
ただ短い時間を過ごした、ただの人間にすぎない人。
しかし確実に、友達だと言える人。
初めての人間の友達がそばにいて、生まれてからずっと一緒にいてくれた4人がそばにいる。
『(私の道のりは、悪いものではなかったんですね。)』
亀裂が広がり、割れた。
襲いかかってくる妖精たちはもうエフィエルシーの目に入らない。
真っ直ぐこちらを見てくる黒い瞳のみ。
力強い、瞳。
『チカコさん。あなたに会えて、良かったです。』
死に行くというのに勇気をもらえる。
そばに来ていた4人にエフィエルシーは申し訳ないと思いつつも願う。
『みんな、お願い!』
小さい体の4人を酷使するようなことをしてしまった。
大丈夫だと言っているかのような光に、つい甘えてしまう。
本当に、感謝しかない。
智香子の体が浮き上がる。
エフィエルシーは迫る妖精の影に目を閉じた。
「さよならなんて、言わないわよ。」
グッ、と引っ張られる感覚に、エフィエルシーは目を開ける。
見合った瞳はやはり黒。
繋がれた手を、力を抜いたエフィエルシーとは反対に智香子は力を込める。
離さなければどうなるかなどわからない訳がない。
4人の力で飛ばされる智香子に引っ張られ、エフィエルシーも一緒に空を飛ぶ。
妖精たちの上を飛び越えて地面に着地する。
すぐに智香子はエフィエルシーの手を引いて走り出した。
先ほどと立場の逆転してしまった状態にエフィエルシーはなんとかついていく。
目的の扉に到着し、鍵を取り出す智香子。
鍵穴を探している間に後ろからは妖精たちが迫っていた。
鍵をイラストに当てれば、イラストに刺した部分が吸い込まれる。
鍵穴を始めとして、光がイラスト全体に広がっていき、現れたのはイラストに書かれていた通りの扉。
重い扉を2人がかりで開けて、扉の中に転げ込む。
すぐに扉を閉めて、なんとか寸でのところで妖精たちから一時的にではあるが逃げることが出来た。
ドクドクと速くなり続ける心臓、荒い呼吸。
心配して周囲を飛びまわる四色。
「さよならなんて、言わないわ。」
エフィエルシーと同様に、息を整える智香子。
「勝手に終わりを決めて、勝手に他人に託して、自分だけ勝手に死ぬことなんか許さない。最後まで足掻いてからじゃないと、許さないわ!」
『ごめん、なさい…。ムゥ!』
頭を下げた瞬間、智香子に頬を摘まれて持ち上げられる。
見た智香子の顔を見てエフィエルシーは思わず小さく悲鳴を上げた。
般若。
例えるなら今の智香子の顔は般若であった。
「第一ねぇ、私だけで攻略できるわけもないのにやめてくれないかしら?!それも相談もなしに…!ほんと無責任にも程がある!これから先を進んでいくにあたって、どうしようもない時に必要になるでしょ?あなたの力が。私が知らないことたくさん知っているし、その4人とも仲がいいし。1人じゃなければ、誰かと一緒なら、出てくる知恵も、力も、全部プラスどころか倍以上よ?1人よりもずっといいことづくしなんだから!いいこと?いざとなったら逃げる!1人で決めない!そして、何かあったら相談する!覚えていなさい!」
息を吐き、落ち着きを取り戻す智香子。
『……相談、してもいいんですか?』
「ん?もちろんよ。だって私たち、友達でしょ?まぁ私じゃ力になれないことがほとんどだから、あなたの親とか周りの人に聞いた方が良いと思うけど。」
『そんなことありません!』
「ぅぉ!」
突然の大声にびっくりしたのは智香子だけではない。
声を出した本人もびっくりして、すぐに謝罪を口にする。
『チカコさんが力にならないことなんかありません!』
「あらそう?ま、あなたみたいな鈍臭い妖精よりも、私の方がより役に経つのは当然かしら。」
『ふふっ。はい!』
座り込んでいた2人は上へと続く階段を見上げる。
さすが隠し階段。
扉からわずかに漏れていた光も届かなくなった今、階段は暗闇だ。
手探りで一歩一歩登っていく2人。
幸いだったのは、虫や罠がなかったことと、4人の妖精が淡く光っていたことか。
おかげで完全な暗闇を進まずに済んだ。
登り続けて数十分。
四色以外の光が目に入る。
「出口だわ!」
喜びに体は勢いよく進むが、しかし慎重さを忘れてはいけない。
階段の終わり。
光は壁から漏れ出たものだった。
壁を押してみると石と石が擦れる音を立てて、小さな道が出てくる。
それは智香子とエフィエルシーが四つん這いで通れるほどの大きさだ。
「ここ、どこかしら…?」
秘密通路なのはわかる。
秘密、にしては埃一つないけれど。
『この塔は最下層以外は天井や壁が特殊な素材で作られていまして、埃が落ちていないのもその効果かと。他にも、魔法を防ぐ防魔効果、我々妖精の自力を防ぐ防自効果、あとは防音、防撃などでしょうか。』
「贅沢すぎるわよ。」
魔法の世界はやはりなんでもありだなと思う智香子。
細い道だったのが、開けた場所に出る。
恐らくどこかの部屋の天井裏。
キョロキョロと辺りを見渡して、一つだけ、下からの光が漏れ出ているところを発見する。
天井板が一枚だけズレているようだ。
わずかにずらして、より中が見えるようにする。
『どこですかね、ここ。』
首を捻る2人の耳に、数人の足音が聞こえてきて、慌ててずらしていた板を元に戻す。
その際少し開けておくのを忘れない。
部屋に入ってきたのは、ダミアンたちと同じくらいの大きさの人たち。
誰だ?と首を傾げる智香子とは違い、エフィエルシーは顔を青ざめさせた。
「どうしたの?」
震える手で智香子の手に触れたエフィエルシーの声も震えている。
『あ、あの方達は、妖精女王が不在のこの国において、最も高い位を持つ、至高の、方達っ…!』
それぞれ、土、火、水、風。
4つの属性を持つ妖精たちの頂点に立つ存在。
『妖精王ですっ… !ここは、妖精王様たちの、執務室の天井裏ってことです…!!!!』




