第77話:変装は十分な準備をして
妖精女王の手記があるとされるタティーピト。
国の中央にあるそこへ行くために、妖精の国の街へ来ていた智香子たち。
エフィエルシーが望む、羽を生やす薬の製造方法や自力の扱い方について、妖精女王の手記を手に入れようとしている。
そんな彼女たちは今、全身を覆うマントで身を包みながら、市場に来ていた。
「何か買うの?というかこんな隠れる必要あるのかしら?」
小さな声で隣にいるエフィエルシーへ問いかける。
答えるエフィエルシーの声も小さい。
『もちろんですよ!まず、私は族長の娘なのに不足者ですから、多くの妖精たちに生まれ変わりを望まれています。正体がバレたら捕まって、生まれ変わり一直線です。次にチカコさんは、望まれてないのに来ちゃった魔力なし魅力なしの人間です。普通余計なことさえしなければ、見向きされないだけで終わるんですけど、なんでかチカコさんは嫌われています。加えて自分たちのテリトリーにそんなチカコさんがいたら、どうなると思います?』
「…追い出される?」
『違います。殺されます。』
「ひどい!」
『魔力なしは生きてる必要ないって思ってるので……。』
そんなわけで気合を入れて変装しますよ!と意気込むエフィエルシーにつられて拳を握りしめたのは良いものの、しかしあんまりな扱いすぎると智香子は項垂れた。
智香子の服は人間の服と丸わかりなので、まずは妖精の服を買うところから始まる。
エフィエルシーの家には戻れず、風音の家には服がなかったからだ。
妖精の服、というのがよくわからない智香子だったので、エフィエルシーたち妖精陣にお任せしようとした。
しかし。
『ふむ。この漆黒、全てを飲み込むほど深い色だ。他の色も飲み込み、やがて世界を飲み込まんとする。良い!』
『にんげんのふくをどうしてぼくがさがさなきゃいけないの?もうはだかでいけば?』
前者は好み丸出しで、後者は何も着るなという。
流石に口を挟まないと最終的にとんでもないことになりそうだったので、周りにいる妖精たちの服を参考に、智香子は自分で選んだ。
次は羽と耳であると人間向きの観光店で商品を選ぶ。
人間向きなら妖精はいないんじゃないのか?と思ったが、妖精の姿がちらほら。
羽の模様や耳の形などを変えることはちょっとしたおしゃれなのだそう。
また人間は、妖精の国に連れてこられた人以外は国儀の時にしか来ないので、疑われることはないのだそうだ。
色は何色かと品物を見ていると、隣で同じように選んでいたエフィエルシーがポツリと呟く。
『…妖精女王の手記とか、ほんと嫌なんです。吐きそうなくらい、嫌なんですけどね、でも、万物の知識を得ることができるかも、という点に置いては、実は正直なところ、読んでみたいなって、思ってたんです。ちょっと、ほんとにちょっと、ですけどね!』
照れや恥が滲み、頬が赤く染まっている。
可愛いなぁと見る智香子の視線から外れ、他の商品を手に取る。
『それに!私のこと以外にも、もしかしたらチカコさんが元の場所に帰れる方法も乗ってるかもしれませんしね!』
そう。万物のことを知ることができるのなら、帰る方法の一つや二つ、乗っているはずだと踏んでいる。
早く、帰らなくては。
きっと心配してくれているだろうから。
「えぇ。そのためにも手に入れるわよ、妖精女王の手記。足引っ張ったら容赦しないから。」
『はい!』
服を買い、羽を買い、耳を買い。
変装を済ませた智香子とエフィエルシーは、タティーピトへと続く道に立つ。
目の先にあるのは、そびえ立つ一つの塔だ。
最上階に、彼らが求めるもの。
妖精女王の手記があるとされる。
「行くわよ。」
険しい道のりとなる、第一歩目を踏み出した。
しかし、その数十秒後。
『魔力なし!魅力なし!』
『ふそくものはっけん!じょうきゅうさまにでんたつ!でんたつ!』
『生まれ変わりだーーー!!!』
変装はあっさりと見破られ、数多の妖精から追われていた。
「だから言ったのよ!あんな準備もへったくれもない、文字通りとってつけただけの変装じゃすぐにバレるって!」
『じゃぁあれ以外にどんな方法があったって言うんですか!』
「知らないわよ!妖精について詳しく知ってるのはエルシーの方じゃない!考えなさいよ!」
『なすりつけとかよくないです!そうやって誰かの幸せの下で誰かが不幸になるんですから!』
「あっ、ちょ!肩掴んでんじゃないわよ!」
『もう色々と限界なんです!』
「はぁ?!あなたその妖精たちに補助してもらってんじゃない!こっちは自分の足だけなのよ!」
『カザネさんにでも頼めば良いじゃないですか!』
「どこか行ったのよ!というか、足引っ張らないって元気に返事してたじゃないの!」
『あれはただ返事をしただけです!足引っ張らないとは言ってません!』
「びっくりするほどの屁理屈!」
角を二つ曲がり、積まれた荷物の影に隠れる。
バレるか、と思ったが、追ってきていた妖精たちは気付かずに通り過ぎていった。
息を吐く2人。
今のうちに呼吸を整える。
『本当であれば、タティーピトに一気にいける隠し通路があるんですけど、あの三体にバレてたから多分全部塞がれてるかと。となると、徒歩で行くしかないんですよね…。』
やるしかない。だが今は、ひとまず妖精たちを巻くのが先だ。
気配をそっと忍ばせていると、通りとは逆の方向から足音が聞こえてくる。
まずい。他の妖精だ。
智香子とエフィエルシーは息を詰めた。
すぐにこの場から離れなければ。しかし通りに出てしまうと、まだ追ってきていた妖精たちがいるかもしれない。
混乱する2人に、足音は近づく。
「あれ、君は…。」
声を掛けられ、驚く。だが智香子はその声に聞き覚えがあった。
「ユースティース、さん…?」
妖精の国に連れてこられたとき、出会った人だった。
いつも通り周りに妖精たちを侍らせ、彼はほっと息を吐き出した。
「良かった、こんな所に妖精が蹲っているのかと思ったよー。」
安心するのは智香子たちの方だ。
一気に力が抜けてへたり込む。
どうやらこの道はユースティースの家から街への最短経路らしい。
『よくよく考えれば、妖精に足音はありません…。』
エフィエルシーが族長の娘だと分かったユースティースは礼を取る。
必要なものは妖精たちが揃えてくれるのだが、街へは運動の意味も込めて、食材などを買い物に来ているユースティース。
「じゃぁ、行くね。」
智香子たちもぐだぐだしていられないため、すぐに会話を終えることが出来たのは嬉しい。
通りへ足を向けるユースティースに、智香子はふと気になって疑問を投げる。
「ねぇ、ユースティースさん。」
「ん?」
「貴方の側にいた、あの妖精たちは今どこにいるの?」
智香子と一緒に川で遊んだ妖精たち。
彼らの姿が見当たらない。
智香子を見るだけで嫌悪の言葉を吐く彼らが、今はいなくて、他の妖精たちがそばにいる。
まぁその妖精たちも、智香子に嫌そうな目を向けているのだが。
「あの妖精たち…?…あぁ。彼らは今、家にいるんだよ。お留守番してくれているんだ。」
確かにずっとそばにはいないか。
川で追いかけっこした時も、ユースティースから離れていたのだから。
ありがとうと礼を言い、妖精を連れた彼の背を見送る智香子。
『チカコさん。もしかしてなんですけど、妖精の区別ができるんですか?』
「ん?当たり前でしょ?一人一人違うんだから、見分けられない方がどうかしてるわ。」
『いや、私たち妖精は、互いの違いを理解できますけど、人間にとって違いはあまりないはずで…』
何やら呟くエフィエルシーだったが、智香子に腕を引かれて口を噤む。
「見て。ユースティースさんが通ったことで、妖精が彼に惹きつけられてる。今ならいけるんじゃないの?」
『たしかに!我が道が開かれた今こそ、最大の好奇!』
素早くマントを被り、道の端をコソコソ歩く。
ユースティース効果は絶大だ。
智香子の前を歩くエフィエルシー。
『…先ほどの方、私と会う前に会われてたんですよね?』
「?ええ。そうよ。」
エフィエルシーが川で溺れていた所を助けた智香子。
つまり、ユースティースからしてみれば、客人が突然いなくなったことになる。
『急にお客様がいなくなったら、心配するものではないのでしょうか?』
「まぁ、そうね。それか妖精たちから話を聞いていたとか。」
しかしエフィエルシーは納得の色を見せない。
「今はそんなことどうでもいいわよ。さっさと歩きなさい。急がないとまた見つかるわよ。」
後ろから急かされ足を早めるが、エフィエルシーはあの人間が、何故か気になった。
魔力が魅力と感じる妖精の特徴は、エフィエルシーには当てはまらない。
正確には分からない。
魔力の匂いや色は分かるのに、他の同族たちが言うような魅力は分からないのだ。
だからこれは、あの人間に魅了されている訳ではない。
では何が気になるのか。
そういえば、彼が横を通り過ぎた時、何かが匂った。
魔力の匂いじゃない。
あれは、なんだ?
匂いと記憶を結びつけようと脳を動かしていたエフィエルシー。
「エルシー。エルシー。あれよね、タティーピトって。」
気づけば目の前には、目的のタティーピトがそびえ立っていた。




