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転移小人の奮闘記  作者: 三木 べじ子
第1章
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第75話:祝福のお守り②

ダクリックトの水滴は比較的簡単に手に入る。

ダクリックトと呼ばれる獣から採るのだ。

彼らは単独で行動する動物である。採取の際に起きているわけでもないし、巣穴は特に変化しない。

だが初めて採る者は、少し抵抗感がある。


その理由は、2つ。

一つは、彼らの体がとても大きいことだ。巣穴である洞窟の中で眠るダクリックトだが、頭の上まで智香子がおよそ5人分、尻尾は遠すぎてうっすら見える程度。この迫力に尻込みしてしまう。

そして二つ目だが、水滴は、彼らの鼻水であるからだ。


「いやー!」


『頑張ってください!できます!』


全力の拒否を示す智香子。ちなみにダクリックトを起こさないよう、声は最小限である。


『私では背がちょっと届かないんですよ。』


「同じくらいでしょ!?」


『いえ、微妙にチカコさんのほうが大きいです。』


「微妙なら変わらないわよ!」


ぐいぐいと背中を押すエフィエルシーの力は、今までにないくらい力強い。

こういう時に限って、あの下級妖精四人は不在である。

結局、時間がないということで諦めて採りに行く覚悟を決めた。


ポッ………チャン…………


何とか鼻水…基、水滴を入手することに成功。

しかし、離れようとした所でダクリックトの毛が鼻に入ってしまい、


「っ、ぅっく、っ、ックション!」


『っ…………!!』


洞窟内に木霊する音。そして、目を覚ますダクリックト。

智香子の上半身ほどある黄色の目が、目の前の生き物を捕らえる。その前に、智香子とエフィエルシーは全速力で逃げ出した。

息切れながらも、ダクリックトが追ってこなかったことに安堵する二人。


残る材料は、一つ。

ダクリックトの巣穴の近く。

全ての光がよく当たる、開けた場所。

トープォーの羽を採るためにそこへ足を踏み入れた智香子は、驚きの声をあげる。


光がよく当たる深い土の中で、土の中を伝わる微力な自力を自分の体内へとゆっくり吸収させる。

そうして、光の当たり方によって色を変える不思議で幻想的な羽となるのだと。


エフィエルシーが事前に言っていた通りなら、トープォーが飛び回る、美しい光景が広がっているだろうと思っていた。

しかしあるのは美しい羽を持つ生き物でもなんでもない。

大量の穴である。


「なにこれ…。」


落とし穴のような大きな穴が、そこかしこにボコボコと掘られている。

尋ねようとした時、智香子よりも大きな声が響く。


『まずいです!!』


「?!」


驚き、次に空を見て納得し、慌てるエフィエルシー。


『急ぎましょう!時間がない!』


穴に向かって走る背中を追いかける。


「なにがまずいの?」


『トープォーの羽が五つの材料の中で最も採取困難な理由は、数の少なさでも危険度でもありません!地上での滞在時間です!』


トープォーは、蝶である。その大きさは智香子の頭くらい。

地中深くに眠り、やがて成熟すると地上を目指す。

しかし地中深くから地上へ出るとなると長い時間がかかり、1年どころではなく10年はかかる。

地上にようやく出られたとしても、彼らは寿命を迎えてその生は終わる。

長い時間をかけて切望した空を飛ぶからこそ、彼らは幻想的であり、その別名に妖精女王の名を頂けたのだ。


『彼らが地上に出ることができる時間は、わずか1分』


「1分?!」


寿命を終えたトープォーはどうなるのか。

穴の中を見てみると、そこには灰と化したトープォーが。

死体の灰は地に染み込み、栄養となり、次なる命の助けとなる。


『トープォーの羽は生きている短い間に、しかも交渉で頂かないといけません…!』


「え、交渉?」


まさかの取引であった。

しかしどこを見ても生きているトープォーは見当たらない。

日はもう昇りかけている。


空が明るくなるのを見て、エフィエルシーはもう見つからないだろうと力を抜いた。

別に今日作る必要はない。

明日にでも採りに来れば良いのだ。

ただ智香子が明日もいるか分からないから、なるべく早く作りたかっただけで。


『…チカコさん、今日はもう諦めて、』


「エルシー!」


大きな、それでいて嬉しそうな声が呼びかけてくる。

それだけで、彼女が目的のものを見つけたことが分かった。

走って近づけば、膝をついた智香子の前に、地面に横たわったギリギリの状態のトープォーが。

諸々考えず、彼らの目線と合わせるためにエフィエルシーは地面に寝そべる。


『長きに渡る生が生み出した、美しく、艶やかで、幻想的なアナタの羽を、どうか我等に頂きたい。』


『ーーーーーーーーーー』


トープォーが何かを発する。

智香子の耳には、ただジーッという音しか聞こえなかったがエフィエルシーは違った。


『…その願い、エフィエルシーの名において聞き届けよう。』


弱々しく光っていたトープォーの羽が、美しく輝きだす。

想像していたよりも、ずっとずっと美しい。

羽の複雑な模様も、赤青黄水と色を変える様も。

目を閉じてしまいたいほど眩しいのに、見逃すのが惜しくて閉じたくないと、懸命に目を開く。

光はそのままに、ふわっとトープォーの羽だけが浮き、エフィエルシーの手に落ちる。

羽がなくなったトープォーは他のものと同じように灰になってしまった。

しかしその羽だけは、輝く。


『あぁ、間に合いました…。』


安堵するエフィエルシーは、同じように息を吐く智香子を見る。

朝日によって色が黄緑となっているトープォーの羽を見て綺麗だと、面白いと笑う。


『…ありがとうございます、チカコさん。おかげで、お守りが作れます。』


風音の家へと戻った時、四つの光が二人を迎える。

優しい、とは言えないお迎えだったが。

四人の下級妖精から強烈な突撃を受けてもだえるエフィエルシーをそのままに、智香子は家の中に入る。

風音はまだ眠ったままだった。


『羽を休めているのでしょう。』


いつの間にか回復していたエフィエルシーが近くに来ていた。

妖精のお守りの材料を抱えて、首を傾げる。


『先に作ってしまいましょう!』


フルムルゥの花。ゥヤーベ草。ベンダダの石。ダクリックトの水滴。そして、トープォーの羽。

それぞれの材料の扱い方に注意して、一先ず全ての材料を水で洗う。


フルムルゥの花は袋に入れながら、ゥヤーベ草とベンダダの石、トープォーの羽は一つ一つ丁寧に手洗いだ。

ダクリックトの水滴は水を弾く性質を持つので、同じように手洗いだ。

ただ色はついていないので、水と間違って飲み込まないことが重要だ。


「間違って飲み込んでしまうと、どうなるの?」


ダクリックトの水滴を「これは鼻水だけど鼻水じゃない。これは鼻水だけど鼻水じゃない。」と自分に言い聞かて洗いながら、横でフルムルゥの花を洗うエフィエルシーに聞いてみる。


『あー…、水を弾く性質からか、体内で消化されることもなくずっと残り続けます。動くたびに体の中でうにょうにょとした感触が伝わって、気持ち悪くなり、やがて嘔吐をしても吐き出せず、長い苦しみを味わうことになります。』


説明を聞いて、ぞっとした。

またエフィエルシーの言い方的にも、彼女は恐らく経験者なのだろう。

思い出して顔が青ざめているエフィエルシーの背中をさすった。


『体内に入ったダクリックトの水滴は取り出すのが難しいです。そのため、専門の方に見てもらいます。』


青ざめた顔が少し回復したエフィエルシー。


全ての材料を洗い終えたので、手順に沿ってお守りを作っていく。

まずはベンダダの石をダクリックトの水滴の中に入れ、揉み込む。

ベンダダの石が粘土のように柔らかくなるので、広げて、フルムルゥの花びら数枚を素早くベンダダの石の中へ入れて、光が入らないように石をもとの形に戻す。


『人間でいうところの医者、ですね。自力の流れを見て、捉えて、そして操る能力に長けている妖精のことを、私たちの国では操妖精(シャプ)と言います。ダクリックトの水滴の中にも自力はあるので、体内に入っているダクリックトの水滴を見つけて取り出す。あ、水滴を触ったら一旦水で流し洗いしてください。入念に洗わないと残っちゃうので、気を付けてくださいね。』


妖精のお守り作りには自力が必要なため、魔力さえ持たない智香子はエフィエルシーのお手伝いだ。

フルムルゥの花ビラ数枚が入ったベンダダの石をダクリックトの水滴から取り出し、水洗い。

綺麗にダクリックトの水滴を落とせたら、ベンダダの石も固まる。

ゥヤーベ草をすり潰し、それを水が付いたままのベンダダの石に満遍なく振りかける。


『ただ操妖精(シャプ)に取ってもらうからと言って、痛くもなく、確実に完璧に取れるなんてことはありません。体の中を何かが動いている感触は気持ち悪いし、喉を通るときは痛いのに声は出せないし…。体内に水滴が残ってしまって何度も同じことを繰り返す羽目になったときは操妖精(シャプ)を心底憎みました…。』


専門家であるのなら、無痛で完璧に素早く処置してほしいと、エフィエルシーはぼやく。

気持ちは何となく分かるので、智香子はとりあえず「大変だったわね」と言葉をかけた。


お守り作りもいよいよ終盤である。

振りかけたゥヤーベ草がベンダダの石を覆っていることを確認出来たら。

トープォーの羽の模様、に見えていた、羽の筋を丁寧に剥がす。

ここで筋が中途半端に途切れてしまうと効果はなくなるので注意が必要だ。

手慣れたものでエフィエルシーは簡単に筋を取る。

きらきらと光る筋をベンダダの石に巻いていく。

最後に紐を付ければ完成だ。


トープォーの羽によりキラキラと光るお守りは、付与されている効果がなくても十分人の目を引き、皆が欲しがるものであった。


目を輝かせる智香子の手に、エフィエルシーはそのお守りを乗せる。


「……?」


『これ、チカコさんに上げます。』


「!え、」


『元からそのつもりで作ろうとしていたので。』


突然妖精の国に連れてこられた智香子。

エフィエルシーは彼女と過ごす時間がとても楽しく、嬉しく、幸せで。

いつか帰ってしまう智香子との繋がりを持つために、智香子が自分のことを忘れないために、お守りを渡したいと思った。


『それに、トープォーと約束しました。守りたい命の為になりたい。私はチカコさんの命を守りたい。だから、どうか、貰ってください。』


智香子は貰うのに抵抗があった。

国を揺るがすほどの宝、皆がこぞって欲しがる一品。

それだけではなく、大変な思いをして作ったものだ。

貰うのに申し訳ないと思ってしまう。

しかし、エフィエルシーの話を聞いて、突き返すのは逆に失礼な行為だ。

彼女の思いに応えることが、今智香子に出来ることであるのなら。


「わかった。大事にするわ。」


『フフッ。もし命の危機が訪れたら、遠慮なく使ってくださいね!』


「むぅ…もったいなくて使えないわよ…。」


『その時は新しい物をお渡ししますので、ご安心を!』


また材料を集めるのは大変だ、と思ったのだが。

残った材料の多さを見て、かつその材料で量産を始めたエフィエルシーを見て、そこまで大変じゃないのかもしれないと思った。


量産を始めたころ。

草を踏みしめる足音が聞こえる。

誰だと見てみれば、そこにいたのは見知らぬ中級妖精。


『わしはしがない操妖精(シャプ)。こちらにお住まいの妖精様を訪ねて来たのですが、お見掛けせん顔。もしや、家主が変わられたのでしょうか?』


彼は帽子を取り、一礼すると、細い目でこちらを見た。

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