第74話:祝福のお守り
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年もどうぞ、よろしくお願いします!
日が昇る前、目を覚ました智香子。
眠い瞼を開けた先にはなぜかドアップのエフィエルシーの顔があった。
「?!」
『あ、良かったです~!また1日中眠ってしまわれるかもしれないって心配だったんですよ!』
室内は暗く、光がない。
確かに起きているかを確認するためには顔を近づけなければならないだろう。
「それでもあんなに顔を近づける必要はなかったわよ…。」
すみません、と項垂れるエフィエルシー。
光をつけるにはどうすれば良いのか聞いてみたら、家主の力がないとつけられないそうだ。
当の家主である風音は今、床の上で静かに眠っている。
可愛い寝顔を見せられては無理やり起こすなど、到底できる話ではない。
風音が起きるのを待とうと思ったのだが、エフィエルシーが出かけようと言い出した。
『我らに代々伝わりし、悪を退ける力を持つ秘宝を生み出すのに、この光と闇が交わる刻時が最も適しているのだ…。』
「つまり?」
『妖精のお守りを作りたいので、その材料を集めに行きましょう。』
妖精のお守り
その名の通り、妖精が作るお守りである。
効果は作り手である妖精によって様々であるが、病を打ち消す、怪我を防ぐ、呪いを弾く、運を呼ぶ、のいずれかが必ず現れる。
一度しか使えないものではあるものの、下級妖精が作ったお守りでも十分な効果を発揮するため、人の国では高値で取引されることがほとんどだ。
過去、火の上級妖精が愛し子のために作ったお守りによって、愛し子の親が患っていた不治の病が立ちどころに消えたという逸話がある。
以降、上級妖精以上の妖精によって作られたお守りはこの世に出回ったことはない。
もし上級妖精、いや、妖精王の作ったお守りが外に流れてしまえば、戦争が起きてしまうかもしれないと危惧されている。そのため上級以上の妖精たちはお守りを安易に作らないようにしているそう。
『それが、今から私たちが作ろうとしている妖精のお守りになります。』
まだ薄暗く、足元もぼんやりと見える程度の道を歩く二人。
気温の変化がなくてよかった、と昨日も眠る前に思ったことをしみじみと噛みしめながら智香子は息を吸い込んだ。
「え、私たちそんなやばいものを今から作ろうとしてるの?」
『はい!』
「ばかじゃないの?」
不安がる智香子に何を思ったのか、エフィエルシーは自身の胸を叩いた。
『大丈夫です!私、このお守り作りだけは昔から得意でして。基本的に一人の妖精が作るお守りの効果って一つしかないんですけど、私は四つの効果をつけることができるんですよ!』
だから安心して作りましょう!と言うエフィエルシーは良い笑顔をしている。
繰り返すが、下級妖精が作ったものでも、お守りには十分な実的効果が備わっている。
それらは高値で取引され、戦争の引き金になりかねないものだ。
人間の国との交流のため、定期的に外へ卸しているが、それでも数はとても少ない。
一つの妖精的判断で小さいとされる効果しか持たないお守りでさえ、そのような扱いをされるのに、四つも効果をつけられたお守りなんぞ、それこそ妖精王が作ったお守りと同等の扱い方をされるだろう。
「それがばかだって言ってるのよ…!」
エフィエルシーのあまりの思い違いに、智香子は思わず掌で顔を覆ってしまった。
材料は全部で五つ。
フルムルゥの花。ゥヤーベ草。ベンダダの石。ダクリックトの水滴。そして、トープォーの羽。
どれも日が沈んでから上るまでの限られた時間にしか見られない、貴重なものである。
『お守りは作ると効果が付与されてしまいますが、材料だけでは効果はありません。あくまで妖精が持つ自力を混ぜ合わせることで出来るので。ですので、人の国との貿易にはこちらの材料を主に使っているんです。妖精のお守りの材料に使われているものとして、これまた結構高めに売れるんですよ。』
妖精の国でしか採れないというブランド性も相まって、中々高額で売れる。
妖精というファンタジーで幻想的な存在から、金という現実の生々しい話が出てくる。
面白い話が聞けたことへの喜びと同時に、智香子から妖精への理想が崩れ落ちた。
『特にトープォーの羽は、………』
言葉を突然止めたエフィエルシー。
不思議に思った智香子が顔を覗き込むと、彼女の表情は固まっている。
「エルシー…?」
呼びかける声に反応したエフィエルシーは、慌てて何か言葉を発しようと目を泳がせる。
歩いていた足を止め、目の前に智香子が来ることで、観念したように笑った。
『…トープォーの羽は、光の当たり方によって色を変える、大変美しいものです。朝日には黄緑、昼日には水緑、夕日には赤緑、月光には青緑、のように。その色の珍しさには自力が関係していまして、光がよく当たる深い土の中で、微力な自力を自分の体内へとゆっくり吸収させることで出来ていると考えられています。妖精のお守りに必要とされる材料の中でも、最も入手が困難なものですね。』
木の影で咲くフルムルゥの花を採る二人。
フルムルゥの花は光に弱く、当たればすぐに灰となるため、採取の際は月の光にさえ当たらないように気を付けなければならない。
次はゥヤーベ草である。
「…その入手が大変っていうのが、あなたのさっきの表情と関係しているのかしら。」
『そうですね、そうだって言ったら、信じてくれます?』
「…………。」
ただ目を見る智香子に、エフィエルシーは『正直な人ですね。』と小さな声で呟く。
『トープォの羽には別の名前が付けられています。』
ゥヤーベ草はフルムルゥの花からそう遠くない場所、小さな石の上に生えていた。
そしてその小さな石が、ベンダダの石。
採り方が最初に石、その次に草という順番で採取しなければ足が生えて逃げてしまうので、注意が必要である。
『”女王の羽”。私たち妖精の頂点にして親である、妖精女王様の羽の特徴と、とてもよく似ていることが由来なんだそうです。』
石を土から離すと同時に草を土に埋める。そして草を抜く。
エフィエルシーは手慣れているのがわかるほど、その手つきは素早いものだ。
同じ作業を繰り返すエフィエルシー。
その後ろで智香子は待つ。
『……………。』
ブチっと草が切れた。
エフィエルシーが持ち、土から離れた方の草に足が生え、そのままどこかへと消えてしまう。
『…彼女は、私たちの頂点だなんだと言っておきながら、大事なものを探しにも行かず、女々しく待ち続け。挙句の果てには私たちを見捨て、どこかへ消えてしまった。…一説には眠っているだけだとされていますが、その記録は千年も前の話。その間に白の民が攻め込み、私たちの国は壊滅状態になったことだってあったんですっ。…そんなに会いたいなら、自分から会いに行けば良いのに…。無責任で、非常識。知識欲のない、ろくでなし。全て持っているくせに、何も持っていないみたいに思っている。』
エフィエルシーは立ち上がった。
ゥヤーベ草も、ベンダダの石も、お守りづくりには十分な量がある。
『……彼女を貶めるような発言をすることは、この国では誰であろうと死罪になります。ですから、私のこの発言は、聞かなかったことにしてください。』
「…えぇ。」
五つの内、三つの材料が集まった。
残りは二つである。
日が昇るまであと少し。時間はあまりない。
先を急ぎましょうと前を進むエフィエルシーに、智香子は問いかける。
「あなた、妖精女王が嫌いなのね。」
『…はい。』
きらい、どころではない。
それはもう、だいきらい、なのだ。
彼女の話が出るだけで、誰かが彼女を称えるだけで、腹の底から憎しみが沸き起こる。
腹のムカムカを何とかしようと、かきむしりたい欲求を必死で抑えるほどに。
『だいきらいです。』
意志を持った時から、いや、なんなら生まれた時から、エフィエルシーは妖精女王がきらいだった。
彼女のことを知れば知るほどに、訳が分からないほど彼女をきらいになった。
残りの二つを探しに行こうとしたエフィエルシーは、ふと思う。
そういえば、彼女への感情は、ムカつきは、なんだか智香子への感情に、感覚に、とてもよく似ている気がする。
『……行きましょう、チカコさん!もう時間はないですよ。』




